第3話 カウンセラー

 202x年6月7日 午後3時45分 カウンセラー


「困ったね。外の世界実社会じゃ。コミュニケーションためのセックスなんて理解されないよ? ここを出たら、逸洲いつしまは出会う人に片端からセックスして回るかい? 不可能だろ。だから、カウンセリングや訓練は必要だ」


 白い壁、白い床、白い椅子に腰かけた白衣の女。カウンセラーの牟臥恵むがめぐみ調整官だ。


「それともなに」


 ここは安全だ。セキュリティのある本部棟は、関係者以外入ってくることはできない。安全だ――。

 


「セックスしないと、アタシのいってることもわかんない?」

「いえ……」


 白衣に包まれた牟臥の身体を盗み見る。

 その筋張った手と、尖った顎には、萎えるだけだ。


「だろうね。行っていいよ。医務官には連絡を入れておく。医務室でいつものカプセルを受け取りなさい。処方された量は守ること」


 けだるい。

 かいは、それでも希空のあにもらった「水色のカプセル」のことを考えていた。希空がそばにいてくれないのなら、あのカプセルがほしい。


「それから……これは忠告だけど。瑞樹希空みずきのあに深入りするのはやめろ。セックスを福音に、収容者という花のあいだを飛び回る蝶々瑞樹はトラブルメーカーだ。おまえのためにもならない」


 希空は、愛着障害からくるコミュニケーション不全を抱えているのだと牟臥は説明する。「逸洲が視線不安をもっているのと同じ」。解放区の収容者は、皆なんらかの困難を抱えてここにいる。


「瑞樹は絶望を抱えている。『じぶんは愛されるはずがない』と思い込んでいるんだ。セックスをしている間を除いては。だからこそ彼女はそれに依存する。だれだって、だれかに愛されているという実感は欲しいからな――」 

「ありがとうございます……失礼します」


 どうだっていい、そんなこと。

 希空に欠けているものがあるのなら、それは界が埋める。

 視線の不安を希空が吹き飛ばしてくれるように。

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