第五話〔続き新規再生文〕

 その夜──パジャマ姿の真央は、夢の中で霧に包まれた場所にスニーカーを履いて立っていた。

(あっ、これ夢だ)

 創作をする者の中には、自分が夢を見ているコトを認識している夢を見る時もある。

 その時は、夢の中で映画でも観ているような感覚で、丸々一本映画鑑賞を夢でしたような得した気分になる。


 真央が立っていたのは自分の前後一メートルほどしか見えない細い道だった、前と両側が濃霧で包まれ。後ろの道は闇に包まれていて見えない。

 ふいに、真央は横から親しげな女性の声で呼びかけられた。

「よっ♪」

 真央とよく似た顔立ちをした『魔王様が、勇者をプロデュースするそうです』に登場する、女性魔王だった。

 ノベルの表紙に描かれているのと同じ魔王の服を着ている。


 魔王の足下は霧で隠れて見えないが、そこに地面があるように女性魔王は、腕組みをして立っていた。

 真央よりも自信に溢れた表情をしている魔王が言った。

「踏み出さないと、先へは進めないぞ……一歩、踏み出してみろ」

 真央が足を踏み出すと、進んだ分だけ新しい道ができた。

「もしかして、人生の道?」

「さすが、魔王せんせー物分かりが早い」

 真央の顔をした魔王が言った。

「過去は、終わった闇の中……良い思い出は、頭上の空に浮かんでる。つかめないシャボン玉」

 真央が霧の空を見上げると、そこに良かった思い出が浮かんでいた。

 過去の闇の中を、目を凝らして見ていると。ぼんやりと過去の悪い記憶が浮かんできて、それは次第に明確になってきた。

「そうやって、立ち止まって過ぎ去った過去の後悔ばかり見て前に進まないヤツ……

頭の上の高い空に浮かんだ良い思い出だけに浸りすぎて、歩みをやめるヤツもいる……歩け真央」


 真央が歩くたびに新しい道が延びていく、歩いている前に平行移動している魔王が語る。

「徒歩でも、自動車でも、自転車でも、電車でも速度や方法はなんでもいい……目指している場所が同じなら、時間は関係なく必ず辿り着けるさ」


「でも到着するなら、早い方が良くない?」

「のんびり各駅停車で向かった方が、人との出会いや発見があるかも知れないだろう……真央は真央、人は人だよ」

 やがて道は二又に分岐していた。

「どっちに進めばいいの?」

「どちらでも好きな方へどうぞ、真央が選んで進む道に、間違った道も正しい道もないよ」

 真央が片方の道を選んで進むと、選ばなかった方の道は消えた。


 さらに歩んでいくと、階段上になった山道へ続く道と、平らな道の分岐があった。

「いろいろな道があるね……平坦で楽な道があれば、悪路や険しい道もある、川を渡り損ねて下流に流される道もある……たまには先へ進めない通行止めの道だったら、少しだけ来た道をもどって歩き直してもいい……疲れたら休憩してまた歩き出してもいい。

真央が選択した、真央だけの道だから……真央はどっちの道を行く?」


 悩んだ末に真央は、少し登坂の道を選んで進んだ。

 道は段々と急になってきて、真央は息を切らせながら一歩づつ、一歩づつ登る。

「はぁはぁはぁ」

「苦しい真央? 嫌ならやめてもいいよ。真央が選んだ道だから」

「ううん、このまま進んでみたい……さっきよりも少し楽になったから、体が山道に慣れてきたのかな」

「そっか、がんばれ」


 少し平らな段のような場所で真央は休憩する。

 魔王が言った。

「今、登ってきた道を振り返って見て」

 額の汗を拭った真央が、振り返って登ってきた山道を見ると、そこには平らな道を歩いていたら、見るコトができなかった世界が見えていた。

(あたし、いつの間にか気づいたら、こんな高い場所まで来ていたんだ)


 前を向いた真央の目に、さらに高い階段の山道と横へ続く平らな道が現れていた。

「ムリムリムリ、これ以上の登りはムリ!」

「だったら、横の平らな道を進めばいい……一段高い道は登れる体力がついた時に現れたら、チャレンジすればいい」

 真央は横の平らな道を進む。

 歩くたびに霧の中から現れる真央だけの道。

 歩んでいる真央に、魔王の真央が言った。


「予言してあげる『魔王様が、勇者をプロデュースするそうです』は近々、コミカライズとアニメ化する……かもね」

 霧が夢の中に広がり、真央はカーテンの隙間から射し込む朝日で目覚めた。

「変な夢を見た」

 上体を起こしたパジャマ姿の真央は、伸びた自分の髪を触って呟く。

「髪……切ってみようかな」

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