第2話 ループDKとバイト(前編)
ばっちゃんはごく普通の男子高校生だ。
1週間のループに囚われただけの、ごく普通の男子高校生だ。
ばっちゃんはアルバイターである。
駅前のネカフェで週に3回、月水金の放課後に5時間だけシフトを入れている。
4月1日は月曜日である。
537回目のループでも、揺らぐことなく月曜日である。1回くらい唐突に曜日が変わったりしないもんかと思うが、変わる訳が無いだろバカか。
安田やミスターと比べて、ばっちゃんはループする1週間を続ける事に対して多少否定的である。叶うならさっさとループから抜け出したいと思っている。
何故かって、簡単な、とてもシンプルな理由がある。
ループし続ける限り給料が入らないから。
にも拘らず、何故ループから抜け出す方法を探そうとはしないのか。
それも簡単な理由がある。
先月25日に給料が入ったばかりで、金銭的に困っていないからである。前回の給料日から1週間も経っていない。当然、ばっちゃんは実家暮らしである。これが1人暮らしなら話は変わっただろう。実家暮らし、約束されし飯代と約束されし住居。まあ、金を使わん。だからばっちゃんの給料は専ら漫画とゲーム、買い食い、時々服に消えるのみ。前はスマホゲームに課金もしていたが、ループ中に課金してSSRを引いてもあまり意味が無いと気付いてからは止めている。
だから、安田やミスターと比べてループに否定的ではあるがそれは相対評価。ばっちゃん個人の絶対的評価は、別にループしてても良いや、だ。
「おはざまーす」
「おいす~」
「おはよう馬場君」
俺がシフトに入る時間帯、一緒に入る事が多いのは2人。
女子大学生のサキさんと30歳フリーターのジロウさん。件のフミさんは週に1回だけ被る。
「どっすか今日は」
「空いてんね~、マジで暇」
「マジっすか」
「でもアイツ居るぞ」
「田崎?」
「1個上の、どこだっけな」
ジロウさんが受付内側のPC画面を覗き込む。
田崎、52歳男性。
ネットカフェ「アットマーク」の常連客だ。
3~4日に1回来店するから、夕方から夜にかけてシフトを入れているメンバーはみんな奴の顔と名前を憶えている。
「俺アガるまで帰んないでほしいな」
「勘弁してよ~、女子大生としてはその部屋の清掃には行きたくないっすからね」
「最悪朝番まで残しとこ、そこの清掃」
「鬼畜かよ」
田崎は臭い。使用後のルームはフケが散らばっている。ゴミ箱の中にはティッシュの山、間違いなくコトに及んでいる。
だからと言って出禁にする訳にもいかないので、俺達バイトは「今日は来ませんように」とただ祈ることしかできない。
俺はこのバイトのおかげで気付けたことがある。
それは「ループするからと言って全く同じ出来事を繰り返す訳ではない」ということだ。
ループの度に、この月曜日に田崎が来る日もあれば来ない日もある。
それを躍起になって安田とミスターに教えたら「知ってるわ」「2回目で気付いた」と言われ凹んだ。そこはお世辞でも褒めてくれても良いのに。だから安田には彼女が出来ないんだ。
「んじゃ、私見回りと空きルームの清掃行ってきまーす」
「あざす」
「よろしく」
サキさんが清掃道具の入ったミニバスケットを持って受付を離れる。
俺が出勤する夕方、ネカフェではかなり忙しい時間帯のはずである。入る客もいれば出る客もいる。あとフードの注文も多い。とはいえ近所の系列店にはダーツやビリヤードを置いてる店もあるから、そっちに客が吸われているだけありがたい。
だからアットマークは常に暇だ。なのに時給は1000円オーバーとそれほど悪くない。俺やサキさんみたいな学生にとってはこの気楽さが丁度良い。何せ疲れない。
「馬場君、ミズノさんに会った?」
聞いたことの無い名前だ。他の時間帯の人でもグループチャットには入ってるから大体名前は知っている。時折カラオケに行ったりもするし。
「新人すか?」
「そうそう、馬場君と同じく夕勤なんだ、女子高生」
537回目のループにして初めての事だ。
とはいえ、似たような事例は何度かあった。夕勤に限らず、朝や深夜の時間帯に新人が入ってくるというイベント。
だからまあ、驚きはしない。
「へー、会えるかなそのうち」
「会えると思う、確か金曜かな、シフト入ってたよ」
「マジか、指導馬場さん?」
「いや、サキちゃん」
「俺じゃないなら何でも良いっすけど」
「それはそう。ミズノさん、めちゃくちゃ可愛かったよ」
「マジすか!!?!???!?!!!!?」
さっき言った通りこれまでのループで新人が入ってくることはあれど、可愛い女子高生の新人が入ってきたことは1度も無かった。
うわぁ~、今週でループ終わんねえかなぁ~。
「反応やば」
「うるせっ」
「なんかこの春引っ越してきたらしくてさ、華園女子っつってたかな転校先」
「おー、華園女子。いくつっすか」
「馬場君と同い年」
「ヒュー!」
ジロウさんといつも通り歓談していると、サキさんから内線が飛んで来た。
『ちょっとどっちか来てもらえます?』
「どしたー?」
ジロウさんが答える。俺はとりあえず聞いてるだけで良いや。
『お客様対応なんですけど、パソコンがネットに繋がらないとか何とかで。──田崎なんで変わってもらえません?』
後半は小声だった。
「了解、馬場君が行くって」
「えぇ!?」
「俺機械苦手だから」
嘘である。ジロウさんは歴戦のネットゲーマーである。
『ありがとう待ってま~す』
無慈悲にも内線が切られた。
「殺したろうかな」
「田崎?」
「テメエをだよ!」
「こわ~いってら~」
俺、このお客様対応が終わったら、新しいゲーム買うんだ。
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