ループDK

R(oo)M(ee)

第1話 ループDKと537回目の春

 安田とミスターとばっちゃんはごく普通の男子高校生3人組だ。

 安田は間が空けば「彼女欲しい」と言っちゃうところが普通の男子高校生指数が高いし、ミスターは眼鏡をかけているところが普通の男子高校生指数が高いし、ばっちゃんはファミレスでバイトをしているところが普通の男子高校生指数が高い。

 あとはに気付いてさえいなければ完璧だったのに。


「クッソ彼女欲しいわ」


 教室の窓から風に乗って桜の花びらが入って来る。

 満開の桜を見たのはもう2週間前、いや、俺達にとっては10年も前のことだ。

 世界は4月1日から4月7日までの1週間をループしている。それに気づいたのが確か535週間前の4月1日きょう

 本当はそれよりも前からループしていたのかもしれない。けれど俺が認知したのはその時からだから形式的にそれを2回目という事にした。

 100回目あたりで俺達3人は頭がおかしくなり、授業中にド下ネタを叫びながら全裸になって教室を走り回った。あの時のクラスメイトの表情は今でも忘れられない。500回記念にもう1回やった時は委員長の島田さんが泣いてしまい、3人で島田さんの家に謝りに行った。島田の親父はマジでやばい、イカツすぎた。和製ジャンボ鶴田。


「安田、今週は誰狙いなんだ?」

「華園女子はコンプリートだっけ」


 コンプリートぜんめつと書いて全滅コンプリートと読む。


「2周目いっちまえよ」

「3年の眼鏡の先輩、ちょっとイケそうだったよな」

「どこにでも居そうな感じの顔のあの人か」


 唯一週末にデートに行けた人だ。1番上手くいってその程度だった。500人超誘って1人って。500人超誘って1人って。

 500人超誘って1人って。


「ばっちゃんのバイト先の人はどうなんだ?」

「フミちゃん?」

「彼氏居ないんだろ?」

「募集中らしいしなぁ」

「ポニーテールじゃん、タイプだろ?」

「年上だしなぁ」

「アラフォーじゃねえか、論外」

「ダメかぁ」

「じゃあやっぱ華園女子2周目しかねーぞ」


 ミスターがバッグから一冊のファイルを取り出し机の上に置く。パラパラと捲るのを俺とばっちゃんは横から覗き込む。


「1年はダメだな、年上好きだろ安田。やはり3年から攻めていこう」

「おっ、ちょっと戻れ戻れ。違う違う、C組だよ」


 ページを捲るミスターの手をばっちゃんが止め、2ページ戻す。


「この人だっけ、安田がデートできたの」

「違うわ、ちょっと貸せ」


 ファイルを奪い取りページを捲って捲ってもう一度捲る。

 開いたのはF組。


「これ」

「ちょっと戻してくれよ」


 ミスターがC組のページに戻す。


「ばっちゃんが間違えたのこの人だよな?」

「そう」


 ミスターがF組のページまで捲る。


「こっちが本物?」

「そうだけど」


 またミスターがC組に戻る。

 それからもう一度F組へ。

 C組、F組、C組、F組。繰り返して、見比べる。


「2人居るじゃん」

「居ねえわ」

「流石に分かろうぜ」


 ミスターがスマホを取り出しC組の先輩とF組の先輩をカメラに収める。


「C組のページに居るから違うって言えるんだよ、絶対分からないから。ほら、これどっちよ」


「F」と俺が答え、「C」とばっちゃん。


「はいやっちゃいました安田さん~、どう見てもCです~」

「バカがよォ、こちとらいっぺんデートしてんだ間違えるわきゃねえだろ」


 これだからばっちゃんはバイト辞めらんねえんだよ。


「正解は?」

「ミスター、このハゲに教えてやれ」


 ミスターは真顔で気持ち悪い程に間を取ってくる。


「正解は──────────」


 生唾を飲み込む、ばっちゃんも飲み込む。

 嫌に教室のアナログ時計の秒針の音が大きく聞こえる。こういう静寂でこそ窓から吹き込む風の優しさに気付けるし、校庭から聞こえる運動部の喧噪に煌めきを見る。校外を走る季節外れの焼き芋売りの声も、親子烏の会話も、木々の独り言も全部。

 ありがとう、地球。


「────俺の姉貴でした」


 安田とミスターとばっちゃんはごく普通の男子高校生3人組だ。

 1週間のループに囚われただけの、ごく普通の男子高校生だ。

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