第2話 分裂! 食事! よよいのよい!

~もがき始めてから十分経過~



 ぜえ、はあ……。やっと、分裂できたか……。

 ポーンと分かたれるかと思っていたけど、単細胞生物ってのは分裂に時間がかかるものらしい。何とか脱出できたが、本当にぎりぎりだった。


 分かたれた俺は当然小さい。その上、腹も減っていて力も出ない。


 ……あれ? 結構ヤバいんじゃないですか、これ。


 ひとまず謎の捕食者から距離を取ったけど、小さくなっているから大きな距離は移動できない。パワーもあんまり残っていないし、また襲われてしまうかもしれない。ピンチ継続中である。


〈言うて、死ぬよりはマシでしょ。あのままだと確実に食われてたよ、うん〉


 実際、俺の片割れは食われたんだけどな。


 というか、意識も分裂したのか並列して認識できていた。

 つまり食われる最中の感触も共有していたのだ。


 ケツからせまる捕食口。メリメリ剥がされていく繊毛せんもうと細胞質。


 全くの暗闇の中でゆっくりゆっくりまれていく感覚は、人であった頃に体験したどれよりも強烈な刺激。二度とはごめんな、形容しがたいおぞましさだった。


〈へぇ~。分裂しても意識が並列して存在できたんだ。面白いね……群体の多細胞生物化かな。でも、二度とはごめんっていうのは勿体ないなあ。君、それを使えば幾らでも危機が察知できるでしょ。至る所に自分自身がいて、意識が共有できるんだから〉


 神の意見はなるほど道理だ。


 目が見えない状態にある俺にとって、世界を把握する術というのはこの上なく魅力的である。現状、繊毛センサーはごく近い範囲しか気配を探れないわけだし。


 とにもかくにも移動を開始。疲れていようが食われちゃお終いだ。背に腹は代えられぬ。ゾウリムシの場合、背中も腹もあったもんじゃないが。


 もやもやと思案しながらうぞうぞと繊毛を動かし、あてもなく光無き世界を遊泳。ついでに、腹が減ったのだからと口を開けてお食事を開始する。


 ゾウリムシの捕食方法は吸引である。

 ドキュメンタリー番組でクジラがずぉぉぉ~っとオキアミを食べる姿なんかが放映されることもあるが、イメージ的にはアレに近い。


 吸い込むための肺も無いのにどうやるのかと聞かれれば、口部に生えている繊毛を使う。しゃかしゃか動かして水流を作り、極小の微生物を呼び込むのだ。


〈掻いて泳いだり回して呼び込んだり、繊毛って万能だよねえ。というか君、一体誰に説明してるのさ〉


 説明口調で思考していないと気が狂いそうなんだよ……。

 今こうしている間にも、さっき襲ってきた奴や別の捕食者が現れんとも限らんし。全く気が休まらん。


〈そっかー。なんだかごめんね。でも、そうやって苦悩するゾウリムシ……見ててとっても楽しいです☆〉


 よほど暇をしているのか、神様のノリはクソうざい。


 つーか俺一人(一匹)を実況するって、どんだけ暇なんだよ神ってやつは。


〈まさか。君みたいなただのゾウリムシ一匹にかかずらってるわけがないじゃん。ぼくは神だから、並列して沢山のお仕事をこなしてるんだよ。微生物見て笑ってるのなんて、この星で起きてる自然の営みを監視する作業の中で、本当に余裕のある時だけさ。貴重な癒しのひと時なんだよ〉


 等々、益体やくたいのない脳内会話(脳なんて無い)を繰り広げている内に、すぽぽぽーんと口内へと入っていく微生物たち。俺より更に小さいそいつらは俺の体にある消化を担う部位へ移送され、エネルギー源へと変わっていく。


 しばらく食べ歩いているうちに分裂で消耗した体力も戻ってきた。襲われる前にもう一度、いや何度か単為生殖たんいせいしょくはげんでおこう。


 ずもも。体の中心がくびれるような感触を覚える。


 ずももも。くびれが大きくなりだした。繊毛ですいすい動きつつ、体をねじって境目をはっきりとさせていく。


 ずるりん。くびれがぶつりと千切れとび、俺が二つに分かたれた。


 意識が倍増、思考の同調も全くとどこおりない。初めからそうであったかのように、は自在に遊泳する。


 人であった頃でいえば、右手と左手のような感覚だろうか。およそ違和というものが存在しないのだ。


 けれども、倦怠感けんたいかんも二重に感じる。分裂で得られるメリットの前では小さなものだが、俺たちが同時に疲れてしまわないよう気を払っておくべきか。


 とにもかくにも腹が減ってはなんとやらだ。これからしばらくは食事と分裂の時間としゃれ込もう。


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