転生したらゾウリムシだった件 ~目すら見えないけど、微生物ならではの力で無双します~

犬童 貞之助

第1話 転生、ただしミジンコ以下

 ゾウリムシ。


 ばかアホ間抜けでニートな俺でも耳にしたことがある、とっても有名な微生物だ。


 外見は細長くやや捻じれていて、しぼった雑巾ぞうきんみたいな形状。草履ぞうりの名がつくものの、扁平へんぺいさは欠片もない。一方で、全長は髪の毛の直径とそう変わらないくらいである。


 つまりめちゃくそ小さい。


 同じく微生物として著名な存在──ミジンコに比べ、このゾウリムシは十分の一にも満たない大きさだという。罵倒ばとうでもなんでもなくミジンコ以下である。名前からすると、割と大きい感があるのに。


〈この期に及んで分析なんて、随分余裕ぶっこいてるね~? ニート君。そこ、君より大きい微生物の楽園だから。ぼやぼやしてると食われるよ?〉


 思考中、突如脳裏に響く軽薄そうな男の声である。


 声音こわねだけでも品性がうかがい知れる、神経を逆なでするような響き。 右往左往うおうさおうする俺を見て楽しんでいるのだろう。この男の声には隠しきれない愉悦がにじむ。


〈脳裏に響くて。ゾウリムシに脳なんて無いよ? 単細胞生物じゃん〉


 うっせーバーカ! お前が「面白そうだから」とか言ってゾウリムシに俺の魂ぶち込んだんだろうがッ!


〈そうだっけ? まあ何でもいいじゃない──あ。君の同期、食べられちゃったよ。ほら、クリプトの子。君よりずっとすばしっこかったのに、やっぱり小さいとダメだね〉


 淡々と語る脳内の声に、我が身に生える繊毛せんもうがぞわりと総毛立そうけだつ。


 同期といえば、俺と同じようにして微生物へと転生させられた連中だ。


 鼻息の荒く汗をしたたらせて興奮していたデブ。タバコの臭いを充満させていた挙動不審なハゲ。目を充血させてどこぞの部族みたいなクマを作っていた女の子。


 思い出せる顔は幾つもある。ほんの数分前まで、白くだだっ広い空間で一緒にいたというのに……。今や全員訳の分からん微生物として、池(?)の中に放り込まれている。


 その人物(微生物)が死んだというのに、男の声は酷く軽い。いやむしろ、さげすむ色さえわずかに滲む。この程度で死んでしまうのか、と。


 ……この悪辣あくらつさ。神というより邪神が近かろう。


〈そういう認識もありかな。ぼくは力ある故の神であって、君たちが思い描くような絶対的善性があるわけでもないし。それはそうと、君、そろそろ食べられそうだよ?〉


 邪神の声が響くと同時。

 体をおおっている繊毛がを捉える!


 おおらかなる水の流れとは異なる、ジワジワ迫る波の気配。


 ゾウリムシは目が見えない分、繊毛や触覚器官が鋭い感覚を有しているようだ。すげーな微生物。


 というわけで、知覚したなら即逃走。

 ゾウリムシたる俺に闘争なんぞ不可能であろう。コマンドは「逃げる」だけである。


 俺の体にはヒレや力強い筋肉など存在しないため、センサーの役割を果たす繊毛を使って移動する。毛で泳ぐといえば間抜けだが、体そのものが小さいため毛というより舟をかいに近い。中々に速度が出るのだ。


 お毛々を巧みに動かしスイスイス~イとその場を離脱。

 ガハハハ。敗北を知りたい。


 などと、余裕こきまくっていると──。


〈あッ。食われた!〉


 ──尻(?)に激痛が走った。


 おぎゃぁぁぁあああ!? 痛えッ! ケツが、穴が増えるぅぅう!?


〈クリプト藻の子が食べられたって言ったじゃん。あの子は長い鞭毛べんもうがあるから、繊毛せんもうでのそのそっと動くよりずっと速いよ。フフフ、ゾウリムシな君が逃げられる道理がなかったね〉


 解説サンキュークソッタレ!


 ちくしょう。目が見えねえから、ぶっ刺しからの丸呑み行動をしてきた相手がどんな奴かわからねえ。


 じわり、じわりと。繊毛を剥がし圧し潰していくような圧力が、ケツから腹の辺りにまでのぼってくる。


 全力で身をよじってみるも、抜け出せる気配は毛ほども生まれない。


 生物としての筋力が絶対的に違う。そう思わせるほどの圧倒的膂力りょりょくの差だ。


 絶望。その二文字が、絞った雑巾のような我が身にずしりと沈む。


 俺はこのまま、訳の分からんまま一呑みにされちまうのか……。


〈君は藻の子より体が大きいから、まだ何とかなるんじゃない? ほら、単為生殖たんいせいしょくというか分裂できるでしょ。身代わりの術だ~的な〉


 身代わりもクソも、単為生殖なら増えた存在も全く同一なんだが……。


 しかしクソ野郎に突っ込んだところで、がっちりホールドされている現状を脱する術は思い当たらない。このままガジガジと食われていくよりは、分裂脱出にたくす方がマシであろう。


 背中の上あたりにある排水器官から水を吐き出し、覚悟完了。


 うねうねともがいて時間を稼ぎつつ、分裂のためのエネルギーを絞り出す!


 ゾウリムシの底力ってやつを見せてやるぜ! うおおおッ!


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