第4話 彼女が私を突き飛ばした理由③

 ……は?何で、私?

 こないだ、私はユーフェリアに突き飛ばされたばかりだというのに、この教師は、空気が読めないどころか、ひどい……。

 国の歴史を学ぶために使用した地図などを、王子と一緒に、「社会科準備室に戻しておくように」と言われ、私は困惑していた。

 ユーフェリアの視線が背中に突き刺さって痛い……。

 メイに助けを求めようにも、パーティーなどの、学園以外の関係者も多数出入りするイベントでもない限り、従者や侍女の学園への出入りは、校則によって禁じられている。そのため、命の危険を感じながらも、私は、このピンチを自分で何とか切り抜けるしかなかった。

 このマナヴィア王国の第1王子、アレクシス王子は、重いものも自分から持って下さる優しい方なのだけど、私はユーフェリアの視線が怖かった。

 いや、私だけではない。

 王子に声をかけられ、頬を染めただけでも、ユーフェリアに厳しい視線や言葉を浴びせられる恐怖に、この学園の女子達は耐えていた。

 ーーユーフェリアの不安も、王子が一度でも、恋人宣言をしてくれれば、減るのかも知れないけど。今のところ、王子にその気はないらしく、このマナヴィア学園の生徒たちはみんな、緊張に満ちた学園生活を送っていた。

 教師に指示されたように、さっさと重たい地図や地球儀などを持って、教室を出ようとする王子の後ろに続きながら、私は王子に「ありがとうございます」も言えずにいた。

「……王子、ありがとうございました」

 ようやく、私が王子にお礼を言えたのは、社会科準備室に教材を戻し、別々に教室へと戻る頃だった。

「……何が?」

 突然呼び止められて、王子は不思議そうな顔をしていた。

「あの、重たいものを持って下さって……」

「ああ、それだけのことか」

 とアレクシス王子は笑って、

「別に大したことではないよ」

 と言った。

 ユーフェリアが王子に執着する気持ちも分からないわけではない。

 アレクシス王子は、何というか、黒髪に大きな切れ長のエメラルドグリーンの瞳が美しく、五月の薫風のような方だった。

 私も、いつか、そんな方を独り占め出来たら……とは思う。とはいえ、人が群れを作って生きている以上、それは出来ないことで、特に私たち貴族は、支配者層として、出来る限り、民に、自分達より下の者達に対して、公平に振る舞う義務があった。ーー第1王子ともなれば尚更だ。

 ユーフェリアも、それは分かっているのだろう。

 だから、特に、この学園の女子達に対して、アレクシス王子のことを名前で呼ぶことも許さないのだろう。

 ……そんなことをしても、無意味だと思うんだけど……。

「……どうしたの?まだ、どこか具合でも悪いの?」

 いつの間にか、ため息が零れてしまっていたらしく、王子が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

 近い!近いです、王子!

 どこかでユーフェリアと取り巻き達が見ていないかヒヤヒヤしながら、私は気づいた。

 王子は全て知っているのだ。

 ユーフェリアの嫉妬深い性格も、それに振りまわされて、学園中の女子達が怯えていることも。こないだ、私が王子と談笑しただけで、バルコニーから転落しかけたことも……。

「……どうにかなりませんか?」

「え?」

 気づいたら、言葉にしていた。

「ユーフェリア、リアも、もう少し、王子との関係に自信が持てれば、落ち着くと思うんです」

 言葉にしながら一方で、私は、それは違うとも思っていた。

 ユーフェリアが今よりもっと大人になって、王妃にでもなってみなければ分からないけど、厄介なことに、彼女のあれは性格だ。

 王子は肩をすくめて、まるでお手上げだというように首を振った。

「僕には、どうにも出来ないよ。少なくとも、今の僕にはね。君も知っている通り、 この学園では、全てが平等だし、結婚のことは、父や宰相たちが決める」

 王子の目は、まるで、君も、貴族の息女なら、理解していることだろう?とでも言いたげだった。

「理解はしてますけど……。私は、王子と喋っただけで、視線があっただけで、緊張を強いられるような学園生活には耐えられません」

 自分でも分かるほど、声が震えていた。

 ーー自分でも、無茶を言っていることは分かっていた。

 先ほど、王子も言われたように、この学園では、全てが平等だし、第1王子だからといっても、出来る事と出来ない事があるのだ。

 何故、王子の有力なお妃候補として、誰よりも身近にいながら、ユーフェリアには、それが分からないのだろう?

「リアが、君みたいだったら良かったのに……」

「……え?」

「君の言いたいことは分かるよ。僕だって、リアをもう少し安心させてやりたい。でも、それは、出来ないことなんだ」

 王子は私ではなく、どこか遠く、廊下の窓を通して、別の世界を見ていた。

「彼女は、僕の幼なじみでもあるしね」

 王子はもう、それ以上は、言葉が見つからないようだった。

 私も、かける言葉がなく、前を歩く王子の後ろを、何となく歩いてしまっていた。

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