第25話:眼鏡メイドは突然に
「——でな、こんなことしてて良いんかなぁとか思うわけよ」
「レダにしては珍しいじゃないか。弱気になるなんて」
馴染みの定食屋でジョッキ片手に零したオレに、イケメンが答えた。
「ダンジョンが目の前にあるって言うのに……ワクワクしねえなってさ」
「ああ、それ何となくわかるわー」
嫁さん(マドンナ)が同意し、隣に座るご令嬢も頷いた。
「あのような美女がいなくなればテンションも駄々下がるのも分かりますなぁ」
「いや、それ違うから。あんたはそればっかだねボロック」
見当違いな生臭坊主にツッコむドワーフ女子。
違うが、微妙に違わねえかもしれねえのがイタいところだ。
「なんですと!?それ以外に何があるというのかねレダ?」
「いや、オレにそれ聞くなよ……」
話を振られて、苦笑いする。
皆にとっては美女でもオレにとっては違うしなあ、と考えた。
言われて思い出すのはあの顔。
笑って、怒って、泣きそうな顔。
どこにでもいそうで、ただ一人の可愛い顔。
「うん、彼女が美人というのは、論ずるに値しない事実だけど、あれだけの実力を見せつけられてしまうと、それはそれで悩ましいところではあるねえ」
オレの逡巡に、イケメンが話を引き継いでくれた。
流石イケメン惚れそうだわ。
「しかし、彼女たちには彼女たちにしか出来ないことがあるように、僕たちは僕たちが出来ることをすべきなんじゃないかな?
英雄譚に記されることはなくとも、子供に聞かせる話ぐらいにはなるよ、きっと」
実にイケメンらしい割り切り方だ。
「いいこと言うねえウィル。けどアタイには子供どころか旦那もまだなんだけど」
「ん?拙僧で良ければいつでもお相手いたしますぞ」
「あんたに頼むくらいならレダの方がましさね。どうだいレダ、今晩あたり」
「やめときなよバルバラ、レダにちょっかい出すと殺されるわよ、レダが」
「……オレがかよ。今ならあり得なくねえのが嫌だなー」
「あはは、違いないねっ。いやー勇者様の男寝取るのは流石に怖いわ」
ドワーフ女子の軽口に生臭坊主が乗っかり、それを嫁さん(マドンナ)が窘めた。
いつも通りの流れるような会話には笑うしかねえ。
「拙僧なら殺されてでもお願いしたい相手ではありますが」
「ボロックはお店の子で我慢しときなさいよ……」
「いやいや、拙僧の両手はまだまだ空いておりますゆえに」
「ボロックさんは、月のない夜道には気を付けた方がよろしくてよ」
ご令嬢の一言が生臭坊主を凍り付かせた。
当のご令嬢は気にもせずジョッキをあおっている。
……冒険者だっていいじゃない、だってにんげんだもの。
ポエミーな一節が、頭に浮かんだ。
Bランク冒険者達の夜は、まだまだ賑やかだ。
++++++++++
ダンジョン解禁から半月、オレ達暁は3日ぶりにダンジョン攻略を始めた。
低ランクから中ランクまでのアストン在住冒険者が、こぞってダンジョン攻略に励んだため、ギルドの依頼受注が減った。
それをフォローする為、オレたちはダンジョンへ潜る頻度をやや減らしていた。
もっとも、当初ギルドより依頼された第1階層の地図の作成は終わっていた為、急
いで攻略する必要がなくなった、というのもある。
解禁から一週間ほどで第1階層は安定した。
オレたちの作成した地図は、ギルドにて現在販売されている。
本来、地図だけでなくダンジョンに関する情報は、それ自体が財産であり無闇に提供される代物ではない。
しかしながら、アストン領はダンジョン未経験者がほとんどであったため、特例として第1階層の地図のみ販売することにしたそうだ。
未開地の開拓よりも冒険者の実力向上を目的に、という理由らしい。
しかし、それによって弊害も発生した。
地図が購入可能になったことで、ダンジョンの攻略難度を見誤った哀れな犠牲者が、発生し始めたことだ。
死と隣り合わせが常の冒険者とはいえ、誰かの死はやはり残念でならない。
オレたちも、先人の屍の上に立っていることを、久々に思い出した。
ダンジョン内で、負傷者を抱えるPTと遭遇した時は、彼らの持つ魔晶石や金銭と引き換えに回復魔術やポーションを融通もした。
決して一方的な施しはしないとうのは、冒険者の不文律というやつだ。
このダンジョンは異質だ。
ダンジョンの成長——つまりは拡張の速度が早い。
魔獣の再生成の周期が短い。
魔晶石のドロップ率が高い。
これらは、ダンジョンが生まれたばかりだということで説明できる可能性はある。
しかしもうひとつ。
それは、オレたちが初回攻略時に感じた視線、とうか殺気とも言えない違和感のような何か。
それは、未だに感じられるだけでなく、他の攻略PTからも報告が上がっていた。
どうやら、比較的危険感知能力の高い者は感じられているらしい。
「魔王化魔獣が原因かもしれねえんだよなぁ」
「そうね、勇者隊に処分してもらったほうが良かったかも」
「だったとしても、僕らのせいじゃないさ。それ含めて領主とギルドの管理だよ」
魔王化魔獣によって発生したダンジョン。
魔王種の魔力は消えているが、何か起こる可能性は残っている。
そう言い含められた上で、領主はダンジョン所有を決めた。
有事の対応は現場のオレ達がしなきゃならんが、責任はやつだ。
「父が、申し訳ありません」
ご令嬢が頭を下げた。
「いや、ディベラが謝る事ではないよ。
ダンジョンに限らず、この世界何が起こっても不思議じゃない。
ある日空から勇者様が降ってくるぐらいだ。
それに、なんと言ってもウチにはその勇者様を拾った『持ってる』男がいるんだし」
「オレに振るなと言いたいところだが、その通り。
あるかどうかも分からない落とし穴避けて、お宝取り損ねるのは冒険者のやる事じゃねえよ」
「それ調べるのあんたの仕事じゃないの」
「ものの喩だ馬鹿野郎」
「馬鹿とは何よレダのくせに」
「すぐに拳振り上げるのやめてくんない?痛いよそれ、知ってる?」
「ふふふ……」
ご令嬢が笑った。
オレたちも釣られて、笑った。
「ほら行くぞ、前向け。今日は第3階層まで行くんだろうがよ」
「分かったわ。生意気よレダのくせに」
「何そのフレーズ気に入ったのっ?やめてくれよリーシャ……」
「リーシャに口答えなど、生意気ですぞレダ」
「殴るぞボロック」
「何故に拙僧だけっ!?」
++++++++++
第1階層は洞窟風。
第2階層は森林風。
そして第3階層は……。
「この階層、このあたりだけは安心するんだよね」
「足元が安定してるってだけで落ち着くわね」
オレ達は石造りの壁に囲まれた石畳の迷路を進んでいた。
流石に第3階層ともなると生成される魔獣もCランク時々Bランクと言ったところ。
オーガがゴブリンアーミーとオークメイジを従えており、少々苦戦はする。
これがロード系が指揮した一団になると一気に難敵になるので曲者だ。
効力な再生能力を持つトロール単体のほうが、余程戦いやすい。
回復不能な傷こそ負わないものの、戦闘そのものの時間、そして終了後の休息と、攻略時間は余計に必要となってくる。
さらに下層への階段とそこまでの最短ルートを見つけるまでは、牛歩の如き攻略速度になるが、仕方ねえ。
そしてこの第3階層は、途中から景色が一変して、さらに難易度が跳ね上がる。
周囲が毒々しい色の蔦に覆われ、それが常に動いていた。
奇妙な花弁を広げた花からは不快な臭いが出て、血の色をした実は弾けて、血液に似た色で足元を濡らす。
「何度も通りたい場所じゃあ、ないわねえ」
「まったくだ」
うんざりしながら先を進む。
ディベラも無理に先行するのをやめ、フロートライトの灯の中で口を押さえつつ歩いていた。
どこからか悲鳴が聞こえるが、オレたちはそれを無視した。
前回攻略時、悲鳴の元に向かったが、そこには人の顔をした瘤が浮かび上がった花が咲いていただけたったからだ。
「ほんと、気持ち悪い悲鳴だねえ」
「いかに女性の悲鳴といってもこれは遠慮したいものですなぁ」
突然足元が大きく揺れた。
「地震??」
皆、身体を低くして身構えた。
揺れはすぐに収まった。
だが、壁一面を伝う蔦が大きく波打ち、そこから何かが飛び出してきた。
それは何かと問われても、一瞬言葉に詰まる異形。
そう、あの時見た異形に近いものが、オレたちの前に幾つも現れやがった。
「まずい、こいつら魔王種だ!!」
「魔王種ってっ、勇者様が倒したっていうっ?」
「魔王軍のやつらよりは小せぇし怖くねえが、雰囲気はそっくりだ」
「……僕らに倒せそうかい、レダ」
「魔王軍だったら……逆立ちしても無理だな」
「じゃあ逆立ちすればイケそうだね」
「どっちにしても1、2体はなんとかしないと退路もないわ」
「では、行きましょう皆さん!」
魔王軍と勇者の戦いをこの目で見たオレとしては、正直勘弁してほしい気分だが、ご令嬢すらやる気だしてるんじゃあ、やるしかねえか。
「よし」
オレも背中の矢筒から矢を抜いて、構えた。
————レダさん!!
オレの頭に声が響く。
この声——眼鏡メイドか?
————眼鏡メイドとは失礼ですね。不敬ですよBランク。
うるせえ心の声聞くなよ恥ずかしい。
一体何の用だよ、こっちゃ楽しいトークする余裕なんぞねえんだよ。
————そちら、魔王種が出ましたよね。
おい、何故知ってる。
————説明は後ほど。エリカ様が、やり過ぎました。
++++++++++
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