第24話:迷宮協奏曲

「よう、暁の。久しぶりだなあ」

「やあ、ベルテ開拓団じゃないか。いつ戻ってたんだい?」

「アストンにダンジョンが生まれたって噂聞いてな。昨日街に着いたところだ」

「ああ、けど、生まれたばかりだし、君らには物足りないんじゃないのかな?」

「そう言うなよ暁の。女もダンジョンも、初物は味わってこそ、だぜ」

「ははは、一部承服しかねないが、気持ちはわかるよ」

「すまんすまん、奥さん睨まんでくれよ。そんなわけで、ワシら暁の後に攻めさせてもらうから露払いはよろしく頼むよ」

「露払いだけで終わりそうな気もするけどね」

「そりゃ違ぇねえぜ、わっはっは」


 そんなこんなでダンジョン解禁日。

 秋晴れの空も爽やかな風が吹き抜け、まさにダンジョン日和と言ったところだ。

 アストン領久々のダンジョン発見とあって、アストンを拠点とする冒険者のみならず、周辺の街、果ては他領へ遠征中の高ランクPTまで戻ってきた。

 現地はまさにお祭り騒ぎの様相だ。

 ギルドとしてもあらかじめ参加者を募っていたが、あまりに多すぎるため、ダンジョン攻略は抽選となった。

 それでも、今後のためダンジョンの情報を欲する冒険者達が、抽選に洩れたにもかかわらずここに集まるらしく、屋台まで出店している有様だ。

 先日の討伐に参加した功績と、ギルドからの推薦もあって、オレたち暁が初回攻略の栄誉を受けることに、そしてBランク代表として先ほどイケメンと挨拶を交わしていたベルテ開拓団。以下Cランク、Dランクと続く。

 ちなみに冒険者のランク付けとしては最低がFとなるが、そもそもFランクPTにはダンジョン攻略は推奨されず、続くEランクでも予備知識があってぎりぎりとされている。

 当アストン領では長きにわたって生きたダンジョンが存在しなかった為、冒険者の間にもダンジョン攻略知識が広がっておらず、他領のダンジョンへ遠征可能なだけの実力をもたないPTはダンジョン攻略経験を持っていない。

 ゆえに、浅層であれば不測の事態であっても実力差で攻略可能であろうランク以上のPTからの選出となった。

 無論不満は出たが、そこはギルド幹部の一喝で黙らせた。


「では、行ってくるよ」


 イケメンが手を振ると黄色い声援が飛び交う。

 流石イケメン、ギルドのアイドルは伊達じゃないね。

 低ランクPTの婦女子がらの人気は絶大だ。

 嫁さん(マドンナ)もこんなところで目くじら立てない程度の分別は持ち合わせているし、何より嫁さん(マドンナ)自身が、イケメンと同じくらい人気なのだ。

 こうして暁は皆の期待を背負いつつダンジョンの入口を潜った。

 


 タイラントウィードにぽかりと空いた穴を潜った先は、なだらかな下り坂。

 地上部分にはどう見ても階層は存在しないので、地下1階が第1階層と呼ばれることになるだろう。

 地上からの光が届かなくなるあたりで、嫁さん(マドンナ)が灯りを点す。


「フロートライト」


 浮遊灯と呼ばれる呪文で発生する光球は術者を自動で追尾する優れものだ。

 彼女はそれを天井に近い空間に発生させた。

 先頭はニンジャである領主ご令嬢ディベラ。

 職能として隠密行動と暗殺術を使いこなす危険人物。

 辺境とはいえ、貴族ご令嬢がこんなんでいいのかと思わなくもないが、東方へ留学中にたまたま出会ったニンジャマスターの技術に一目惚れ。

 そのまま強引に師事してきたというのだからこれも驚き。

 結果帰国が大幅に遅れ、領主の頭髪を薄くさせたことは笑うところだろう。

 隠密行動と言えば夜目にも優れ、月明りがなくても自在に活動可能。

 しかし、彼女曰く、真の闇が見通せなければ師匠の足元にも及ばないとのこと。

 師匠すげー、てか……真の闇ってなに!?

 闇に隠れて生きるナントカみたいなもの?

 そんな彼女であるので、フロートライトの明かりを必要とせず、その恩恵を受けない距離を先んじて進んでいる。

 無論、無音。


 彼女の暁加入前、そのポジションはオレだったのだが、総合的にどう転んでも逆立ちしても斥候能力で勝てないので、泣く泣く譲ったのだ。

 しかし、そんな彼女にも不得手とするものが一つだけあった。

 それは、罠解除。

 地面に仕掛けられていたり、壁に仕掛けられていたり、扉に(以下略)、宝箱に(以下略)なアレ。

 ちなみに、彼女は暁加入当初、罠解除は大得意だと言っていたそうだ。

 彼女の危機回避能力は、目を見張るものがある。

 物理系罠であれば、そのほとんどを発動後回避または抵抗してしまうのだ。

 察しの良い諸君であればお気づきであろう。

 彼女の得意とする罠解除方法。

 それはいわゆる漢解除——つまり、あえて罠を発動させることによって罠を解除するという荒業だった。

 ……そりゃ皆びっくりするわ。

 意気揚々、扉に近づいて自信満々蹴り開けた途端、槍衾発動してさ。

 開けた本人だけが無傷だったんだと。

 落とし穴にも本人だけが落ちなかった。

 落石も(以下略)。

 宝箱の毒針は刺さったのにケロっとしてたそうだ。

 ここまでやってくれれば、皆おかしいと思うわな。

 その武勇伝の数々を聞いて、オレが笑い転げてた部屋の隅で、彼女が恥ずかしそうに小さくなってたのも良い思い出。


 「あの……罠の発見はできますので、解除の方は、レダさんの方でお願いできますかしら?」


 今回のダンジョン攻略前に、申し訳なさそうに言われたよ。

 オレは笑って肩を叩いておいてあげた。


 新生暁の隊列は以下の通り。

 先駆にディベラ(ニンジャ)

 前衛にイケメン(アッタカー)、ドワーフ女子(タンク)

 中衛に嫁さん(マドンナ)(魔導士)、生臭坊主(ヒーラー)

 後衛にオレ(斥候)

 華々しい先行斥候ポジを奪われたが、殿に配置されたことによって後方の危険察知と、弓による遠距離攻撃も可能になったことを考えれば、結果オーライだろう。

 後衛で斥候名乗りはちと残念ぽいので、射手(アーチャー)にでも変えようかね。

 しかし、先日領主ご令嬢からディベラ呼びにランクアップ?したはいいが、彼女一人だけ名前では、逆に特別扱い感がひしひしと。

 このままでは彼女に気があるでは?と思われると物語的にアレなので、ディベラ改めご令嬢としておこうか。

 領主が付くと蔑称ぽいけど、喋り方がご令嬢!って感じだしな、うん。



「ダンジョンだね」

「ダンジョンだな」

「ダンジョンね」

「ダンジョンでありますな」


 口々に異口同音の感想が漏れるほどのTHE☆ダンジョン。

 下り坂が平坦になった先に現れたのは、そうとしか言いようのない空間だった。

 一見すると天然洞窟のように見えるが、空気感というかそういう何かが違う。

 こっちゃ来ーい、こっちゃ来ーいと洞窟の奥から誘っているような感じだ。

 一同、背中を伝わる冷たいものに生唾を飲んだ音が重なった。

 この久々の緊張感が心地よい。

 冒険者かくありき、みたいな?

 最近特に自分の存在意義見失ってたしな、主に人類最強な女子のせいで。


「浅層だからといって油断しないようにね、みんな。

ディベラは余裕だからと言って先行して全て倒さなくていいから、敵の退路を断つよう行動。それじゃ行こうか、後輩にお手本となるような話を持って帰るよ」


 イケメンのイケメンな台詞でBランク冒険者PT暁のダンジョン攻略が開始された。



++++++++++


「ダンジョンだったね」

「ああ、ダンジョンだった」

「ダンジョン、でしたわね」

「そうでありましたな」

「だねー」


 口々に異口同音の感想が漏れるほどのTHE☆ダンジョン。

 攻略前と全く同じ感想になるのも致し方あるまい。

 浅層らしい低ランクモンスターの歓迎から始まり、徐々に上がる難易度は、同じく低ランク冒険者PTにとっては恰好の修練場所となる事だろう。

 宝箱も出現するが所詮は浅層、ガラクタ程度がほとんどだが、運良くランクの高い品を手に入れたPTもいたらしい。

 しかし、何より特筆すべきはモンスタードロップ。

 ダンジョン生成モンスターは、討伐されると特定の部位のみが残され、他はダンジョンに吸収されるように消えるのが常。

 そして特定部位以外に極稀に落としていくのが、魔晶石と呼ばれる魔力結晶だ。

 魔晶石は、内包された魔力を体内魔力の代替として魔術発動に使用可能なほか、魔道具と呼ばれる特殊な道具の燃料となる

 魔道具は、術式を知らない者でも道具に刻まれた魔術を行使できるとい素敵アイテムだ。

 ダンジョン都市ともと言われるダンジョンを中心にした街では通貨代わりにも使用されているらしい。

 しかしこのダンジョン、魔晶石発生衣率が若干高いような気がした。

 あくまで体感では、とうレベルに過ぎないので、初回ボーナスの可能性はある。


「ああ、ワシらも結構出たぞ、魔晶石」


 ベルテ開拓団のリーダー、髭達磨もそう言った。

 後続PTからも同じような話が挙がったことにより、見物者一同から歓喜の声が挙がったが、ぬか喜びにならぬことを願うばかりだ。


「ところで暁の。違和感は感じなかったかね」

「そうだね、僕たちもそれを確認したいと思っていたんだ」


 ダンジョンで感じた違和感。

 ひとつは、ダンジョン成長の早さ。

 分かれ道に戻ったら道が増え、何もなかったはずの壁に扉が発生していた。

 初回攻略した限りでは道が消えているなどの変成型ダンジョンの可能性は見えなかったが、生まれたばかりのエリアに迂闊に進んで、成長に巻き込まれる危険もあるので、それは重要事項としてギルドへ報告しておくことにした。

 浅層が完全に定着するのにもまだ時間がかかりそうだ。

 もうひとつは、完全に違和感としか言いようのないもの。

 常に、誰かに見られているような気がした。

 オレも最初は気のせいかと思っていたが、前方を進むメンバーの挙動が怪しいため、皆の足を止めさせて確認したところ、皆も同じように感じていたようだ。

 これに関してはベルテ開拓団では数名、後続ではいなかったため、先行PTのみが強く影響を受けたんだろうという話になった。


 ともかく、本日のダンジョン攻略に関していえば、魔晶石のドロップがそれなりにあり、死者も出なかったため上々の結果と言えよう。

 第1階層がいまだ成長している為、全容は掴めないものの、明日以降は上限数を絞りつつ攻略希望PTをダンジョンに向かわせることとなった。

 暁は最優先と勇者隊の眼鏡メイドに言われていたので、暁相当であるBランク以上は上限数に含めず、自由に攻略可能としてもらった。

 しかし、下層への攻略が出来ないと旨味も少ないので、高ランクPTの攻略参加はもう少し経ってからになるだろう。

 言い忘れたが、発見した第2階層行きの階段の先から地響きが聞こえたので、オレ達は満場一致で引き返してきた。



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