第23話:いい日旅立ち
「で、結局オレはどうすりゃいいんですかね、クラリス様」
領主のお屋敷への帰り道。
嫌がられたが、無理やり護衛という体でついてきたオレ。
前方には仲良さそうに手をつないで歩くエリカとリリィ嬢。
その後ろを行く公爵令嬢に、オレは尋ねてみた。
「何が最善かぐらい、自分で判断でるでしょ?
その上でどうしたいか、自分の胸に聞いてみるといいわ、レダ。
たとえそれが最善でなくても、ね」
「そんなもんすか」
「そんなものよ。本で読んだわ」
「……本かよ」
そんな事を言っていると、領主のお屋敷に到着した。
玄関ホールでは、王女様と眼鏡メイド、女騎士が待っていた。
エリカ達に心配そうな目を向けてから、オレを睨む。
「レダ、あたし……」
エリカが不安そうな目でオレを見た。
オレはそんな彼女の背を軽く押してやる。
「当たってこい。まずはそれからだ」
「うん」
オレは屋敷を去る。
背後からエリカの声が聞こえた。
「王女様、少し話したいことがあるの——」
++++++++++
翌朝、王女様の目が少し赤かったのと、エリカとの距離が近かったような気がしたが、見間違いではないだろう。
討伐そのものはオレたちの出番もほぼなく、問題も起きずに終了した。
途中、力を持て余したエリカが、魔獣だけでなく周囲の岩場まで吹き飛ばして、王女様に窘められていたのはご愛敬か。
討伐目標をすべて片付けた後、万がいちを考え、一昨日までにエリカと暁が倒した魔獣の死骸も処分して回った。
「これで終わりですわね。もうちょっとのんびりしていても良かったかしら」
「そうもいきません王女殿下。結界の維持もあと数日が限界かと」
「仕方ありませんね。エリカ様、体調はいかがかしら?」
「王女様……じゃなくてティア様。だいたい8割ぐらいね。
でも、以前の10割より……たぶん超えてると思う」
「それは良かったですわ。
あちらに出発時、もう1本飲んでいただければ問題ありませんわね」
「うげぇ……」
いつの間にか王女から名前呼びに変わっていた。
眼鏡メイドと女騎士は、そんな二人の姿を慈しむように見ていた。
領主の屋敷に戻った勇者隊一行は本国への報告を済ませ、撤収準備に入った。
と言っても、元々今回は少人数行動だった為、荷物は然程無く、登城用に着替えるだけだという。
本来、湯あみなり風呂なりで身を清めるのだが、時間の都合で浄化魔法で済ますらしい。
早々に着替えを済ませたエリカが小走りに近づいてきた。
平凡な顔立ちに似合わない豪奢なドレスに身を包んだ彼女。
「へへへー、似合う?」
「正直似合わねえな」
「でしょう?嫌いなのよねー、この手の服」
「諦めろ。他の連中が見てるのは、絶世の美女だ。
それに似合う服だっていうならこんなもんだろ」
「だねー、仕方ないわね、こればっかりは」
「ああ、でもな」
「なに」
「どんな服着てても、お前は可愛いよ」
「ん、ありがと」
「それでな、エリカ。昨日の話、ちょっと考えたんだ」
「何を?」
「正直よくわからねえ。まだ、たった半月だ」
「ん、分かってる。あたしのこの気持ちも、嘘かもしれないしね」
「ああ、だからってわけじゃねえけどさ。
全部終わったら、オレのとこ来ねえか?」
「レダのとこ?」
「オレの、じゃねえか。オレたちのとこ。一緒に冒険者とか、どうよ?」
「……悪くはないわね。考えとくわ」
「そうしてくれ」
「ねえレダ」
「なんだよ」
「ぎゅっとして」
「お高いドレスが皴になるぞ」
「誰も見てないわ、そんなの」
「それもそうだな」
オレはエリカを抱きしめた。
周囲の生暖かい視線が刺さるが気にするものか。
「こほん」
背後から咳払いが聞こえた。
エリカを放し振り向くと、そこには無表情な眼鏡メイドが立っていた。
「えっと、ジョゼフィーノ様。なんでしょうか」
「勇者様に、馴れ馴れしくお手を触れませんよう願います」
「それはなんというか、申し訳ない」
「全然申し訳なさそうでない顔で言われましても」
「生まれつきなんで、ひとつご容赦を」
「ふん、これだから冒険者という生き物は。まあ良いです」
オレがとぼけると、眼鏡メイドは大きく溜息を吐いた。
そして、懐から何か取り出し、オレに差し出してきた。
小ぶりの石がはめ込まれた首飾りのようだ。
「これは?」
「貴方と勇者様との繋がりが次の作戦では重要な要素と考えまして。
これは、それを維持するためのものと思っていただければ」
「はあ」
「くれぐれも、肌身離さぬようお願いします。
世界の命運がかかっていると言っても、過言ではありませんから」
「そりゃ過言すぎんだろうが。いくらなんでも重いわ
Bランク冒険者ごときに何背負わせようとしてんだよ、あんたたちは」
反論しつつもオレは手を出した。
これを受け取らないという選択肢は……ねえな。
オレが受取ろうとしたところ、横から手が伸びてそれが奪われた。
首飾りを手にしたエリカが、微笑む。
「あたしが着けてあげるわ」
「そりゃ光栄なこって」
オレは腰を折り、屈んだ。
エリカは首飾りを、オレの首に巻きつけた。
離れ際、オレの頬に温かい感触が残る。
それは、彼女の唇の温かさ。
「行ってくるわ。待ってて」
「ああ、行ってこい」
勇者隊は勇者と共に去っていった。
オレとエリカの冒険は今日、終わった。
++++++++++
翌日から、オレは正式に暁の一員として活動を再開することになった。
ギルドからの要請により、発見されたダンジョンの視察が当面の仕事だ。
眼鏡メイドからの伝言で、ダンジョンが定着するまで約一週間。
その後は、徐々に拡大していくのだそうだ。
加えて、このダンジョンの攻略には暁も必ず参加するようにとのこと。
意味は分からねえが、言われなくてもその予定だったので、問題はない。
そんな、ダンジョン解禁を待ち遠しく思うある日の晩。
「かくかくしかじか——————……なわけよ」
「「「「へぇー」」」」
オレの話に一同驚きつつもなんとなく納得してくれた。
当代勇者エリカとの出会いから別れまで。
もっとも、最後の方は皆そろって見てるわけだが、あくまで主観としてだ。
領主ご令嬢も同席してたが、流石に冒険者とはいえ貴族ご令嬢、他と揃えた間抜けな声を出さず、静かに微笑みながら酒を飲んでいる。
オレ同様、今回を機に暁の正式メンバーになったので、領主ご令嬢改めディベラと呼ぶことにしようか。
彼女は、見た目の清楚さに似合わず酒もかなりイケる口で、暁いちの酒豪、蟒蛇ドワーフことバルバラとの飲み比べて相打ちを果たした豪の者だ。
どう見ても素面で楚々としているが、堆く積み上げられたジョッキが全てを物語っていた。
泣き上戸だという話だが、どのタイミングで泣き始めるのかは未だ分かっていないらしい。
「暁から去った直後に勇者と出会うなんて、つくづく『持ってる』方ですわね、レダさんは。」
「はん、言ってくれるじゃねえかディベラちゃん」
「そうそう、レダ本人は残念なのにねー」
「残念言うな、本当のことでも言われると泣くぞコラ」
「ははは、そんなことはないさ。レダは凄いやつじゃないか」
「じゃあ言ってみてくれよ、ウィル」
「そうだねえ。弓が上手い、罠が張れる、敵に気付く、鍵が開けられる、あと……」
「全部ディベラの方が上じゃねえか」
「そうそう料理が上手い」
「リーシャよりはな」
「ははは、そうそうこの間うちの奥さんがね——」
「あなた、ちょっとこっち来ましょうか。ねえ」
「いひゃいひゃいやめれちぎれひゃうっおくひゃんあいひへるはら~……」
イケメンが嫁さん(マドンナ)に連行され消えていった。
「相変わらず楽しそうだな、あの二人」
「ホント、羨ましいわ」
「羨ましいと言えばっ!レダ殿、まさか貴殿が勇者様の愛を手に入れたとは、拙僧いまだに信じられませぬ」
「手に入れてねえよ、もののはずみだ」
「切欠がそれとは言え、10日もあれば愛を育むには十分ですわよ、レダさん」
「まったくよ」
ディベラの発言にバルバラがうんうんと頷く。
婦女子的にはなにかに触れるところがあるらしい。
二人とも若干目をキラキラさせてやがる。
……酔ってるだけかもしれねえが。
「しかし、まことに美しい方でありましたなあ……」
「女のアタイでもうっとりしちゃったわよ」
「あんな方が世の中にいるなんて……つくづく不公平ですわね」
「おいおい、ちょっと待て。話したよな、中身はそんなんじゃねえって」
勇者の中身についても正直に話した。
皆、訝し気な表情ながら、納得したはずだろ?
「そうは言われてもねえ。自分の目で見たもの以外信じられるかって言われても」
「レダ殿が、彼女から我々を避けるための詭弁だと言われた方が納得しますな」
「そんなレダさんの優しさも分かりますしねー」
「「ねー」」
ねー、とか言ってんじゃねえよ生臭坊主まで一緒に。
「やあ皆、楽しそうだねえ。なんの話をしてるんだい?」
引っ張られた頬が赤くはれているイケメンと、ニコニコ顔の嫁さん(マドンナ)が戻ってきた。
「レダが美しい勇者様のハートを射止めた件についてじっくりとね」
「ああ、確かにあのお方は、いうなれば天上の美そのものだったね。
あ、でもうちの奥さんの方が勿論美しいよ、うん」
「……流石にその表現は褒められてるきがしないんだけど」
「うん?中身比べたら、リーシャの方が間違いなく美人だぞ」
「中身の話は聞いたけど……レダあんたそんなこと言っていいの?」
「いいんだよ。エリカはほれ……可愛いしな」
オレは、何の気なしにそう言った。
皆の目が点になってるが、なんかおかしいこと言ったか?
「勇者様に可愛いとか言っちゃえるやつはあんたぐらいよ、レダ」
「流石レダ、僕の親友だけのことはあるよ」
「あーアタイも可愛いとか言ってもらいたいわ」
「本当ですねー」
「「「「「ねー」」」」」
お前ら、仲いいじゃねえか。
オレのいない間に何がありやがった。
オレは、自分の首に掛かっている、小さな石のはまった首飾りを握りしめた。
楽しい夜は、こうして更けていった。
++++++++++
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