第22話:恋とか愛とか

 せめて部屋を片付けるために時間をくれと懇願したオレに対し、男のくせに細かいこと気にするなと一刀両断。


「レダぁ……悪いこと言わないから掃除くらいしなさいよ、けほ」

「魔界のアレのほうがマシね、けほ」

「こ、こじんまりして、落ち着けそうな部屋……ですね、けほけほ」

「だから言ったじゃねえか……」


 半月戻ってねえんだ、埃くらい溜まるわっ!

 ついさっき戻ってきて、荷物広げっぱなしだしなっ!

 魔界のアレって何だよっ!

 リリィ嬢の気遣いがかえって痛ぇわっ!

 あと君ら、オレの下着見て顔赤くすんのやめてっ!


 ご令嬢達はは、ある意味満足したらしくゲストルームに場所を移した。


 そこで語られたのは耳を覆いたくなるような醜聞。

 勇者と勇者隊の周囲で渦巻いていた欲望。

 大人の権力争いに巻き込まれた、悲しい子供たちの物語。


「——で、勇者の交替を狙っていたのは、第3王女グレイティア派ね。

その中でも、勇者殺害を企ててたのは、一部の過激派。

彼女自身はどこにも属してないけど、どちらかと言えば穏健派に近い考え方を持っているはずよ」

 

 勇者の伴侶となり、子を成す事を最大の目的としたハーレム軍団、勇者隊。

 幼少より、いずれ現れる勇者を支えることのみを求められ、育てられてきた者達。

 だが、その運命の相手である勇者が、同性であったなら。

 伴侶となることも、子を成すことも不可能であると知った時。

 彼女たちの絶望はいかほどのものだったろうか。

 本来、勇者隊は男女どちらの勇者が現れても問題ないように、男女一組ずつ準備されるのが習わしだ。

 だが、悲しいことに当代勇者出現時には、男の勇者隊候補が誰一人いなかった。

 権利を持つ貴族王族に男子が生まれなかったり、幼少に死亡したりと事情は様々。

 その裏に、なにがしかの陰謀があったと噂されたが、それを証明することはできなかった。


 かくして当代勇者隊は女勇者に仕えることになった。

 勇者の任期は平均5年、最短では2年という記録もある。

 その任期の間に必ず、世界の脅威が訪れ、それを勇者が退ける。

 理由は諸説溢れているが、必ずそうなっていた。

 つまりは2年から5年の間勇者隊を勤めれば、当代勇者はいなくなる。

 誰もがそう考えた。

 しかし、2年経っても5年経っても、世界の脅威など訪れなかった。

 当初8名いた勇者隊も、次々と脱退者が出始めた。

 結成当時からのメンバーは王女様、眼鏡メイド、女騎士の3名のみとなった。

 そこで補充されたのが、リリィ嬢と公爵令嬢。

 最終的に5名のまま運用出来ていたのは、残った者たちが極めて有能だった故。

 その頃から当代勇者廃絶の動きが強くなったそうだ。


 世界の脅威が来ないなら、勇者を交替させてしまえばよい。

 それが過激派と呼ばれる連中。

 対する穏健派とは、あくまで勇者の使命全うが第一。

 ただし、やむを得ない事情があれば勇者交替もやむなしと。

 勇者の死亡、もしくは結婚出産による引退。

 どちらも、全くの机上の空論とうか推論。

 勇者死亡で終わる勇者譚は存在しないが、死亡した勇者の勇者譚が作られていないだけではないのか。

 勇者譚の結末は結婚、そして女勇者であれば子を成して終わっていることが多く、ならば子を成せば勇者ではなくなるのではないのか。

 結果、勇者の食事に毒が盛られ、所属不明の暗殺者が現れ、偽の情報で魔獣の巣へ送り込まれたりした。

 しかし、その全てを勇者は難なく回避。

 毒は効かず、暗殺者が近づく前に察し、魔獣など相手にならず。

 また、勇者を篭絡する為、美男を何人も送り込まれた。

 しかし、その誰もが勇者の偽りの美貌に囚われ、勇者の心を奪うことなど誰一人として叶わなかった。

 無論、力づくを試みる愚か者がいなかったわけではないが、結果は言わずもがな。

そして10年、リリィ嬢と公爵令嬢が加入して5年が経っていた。

 公爵令嬢が見ていた限りにおいて、王女様は、勇者が勇者としての任を全うすることを心から願っているように見えた。

 加入時より勇者しか見ていなかったリリィ嬢もそれは否定しない。


 しかし、ここ1年ほど勇者支援機構の不具合が頻発するようになった。

 支援術式や敵阻害術式の不発、結界術式の誤作動や攻撃術式の過剰発動などなど。

 それらは支援機構の長期運用による経年劣化とも考えられた。

 支援機構の改修の為、勇者隊の活動を一時中断する必要が出てきた。

 しかし運悪く、時を同じくして魔界の活性化が始まり、支援機構の不具合が解消されないまま、勇者隊による魔界侵攻作戦が開始された。

 そして——。


「なんとか、騙し騙しやってたんだけどね。

第4魔王との戦闘でとうとうしくじったのよ。防御結界が、起動しなかった」

「それで、か」

「そ、そのあとはアンタの方が詳しいわよね、レダ」

「けど、それじゃあ支援機構とやらの故障ってだけの話じゃねえのか?」

「違うわ。続きがあるから。

エリカ様を失った、死んだと思ったあたしたちは緊急離脱して魔界とのゲートを封印したわ。そして国へ帰った。その時出迎えた連中がね、笑ってたの。

これで勇者がいなくなった、成功したってね」

「……そうか」


 言葉が見つからねえな。

 エリカを見ると、思うところがあるのか感情のない顔。

 リリィ嬢はエリカに寄り添っている。


「それ聞いたあとの王女殿下の怒りようは凄かったわー。

マジ殺されるかと思ったもん。アレが演技だったら最優秀女優賞ものねっ!」


 公爵令嬢が、当時を思い出しながら興奮している。

 リリィ嬢も、うんうんと頷いていた。


「そっかー……王女様が。王女様、あたしの事嫌ってると思ってたわ」

「え、嫌いでしょ?ていうか大嫌いなんじゃないの?アンタのこと」

「え?」


 エリカの漏らした呟きに、さも当然とばかりに言い切った公爵令嬢。


「え?じゃないでしょうエリカ様アンタ馬鹿?

そもそも、私は5年しか見てないけど、アンタ王女殿下とまともに話してるとこ見たことないわよ」

「だって……王族だよ?お姫様だよ?」

「そりゃそうかもしれないけど、向こうからしたってアンタ勇者様なのよ?

おいそれと話しかける訳にはいかないじゃないの」

「その上、結婚夢見てたら現れたのが女のアンタ。

仲良くしようってのがどうかしてるわ。

けど10年、10年もよっ!アンタに仕えて勇者隊仕切ってさ

どんだけ頑張ってたと思ってるのよ」

「そ、それは……」

「とっとと世界の脅威やらやっつけて、勇者交替してほしいわよ。

替わりの男勇者来てほしいわよ。

けど、勇者交替したところでさ、私達の国に現れてくれる保証どこにもないじゃん。

私達が勇者隊続けられる保証もどこにもないじゃん。

それなのに10年よ。乙女の10年返せって思ってるんじゃないの?きっと」

「それ聞くと、なかなかエグいな勇者隊」

「でしょう。私たちはともかく、あの3人はもう行き遅れよ?

眼鏡はメイドだからまだいい。

マクシリア様は……ああ、あの方脳筋だから何も考えてないかも。

だとしたら、王女殿下だけ可哀そ過ぎるわ」


 最初から嫌な予感はしてたが、いいのかオレこんな話聞いてて。

 国家機密とかそんなちゃちな話でなくなってきてるぞ

 他国王女の行き遅れとかヤバすぎんだろ、どうでも良い話なのにさっ!

 バレたら眼鏡メイドと女騎士に殺されかねん。


「それは……なんかゴメン」


 エリカは謝った。

 公爵令嬢はふんと鼻を鳴らす。


「それにさぁ、それによ。死んだと思ってた勇者様がよ、落ちた先で自分達の知らない間にちゃっかり幸せになってたとか、どうよ?

そりゃあ……不機嫌にもなろうってものよ」

「しあわせ…なんのこと?」


 エリカが首を傾げた。

 公爵令嬢は、オレを一瞥。


「使命ほったらかしで、男とくっ付いてたんじゃ怒りたくもなるってことよ。

それも、こんなどこの馬の骨だか分からない底辺冒険者よ」

「もしかして、それってレダの事?」

「あったり前じゃないの。他に誰がいるって言うのよ」

「えー、レダはそんなんじゃ……ないわよ。ねえレダ」

「お、おう」


 オレに振らないで!!

 てか言い淀まないで、そこで。

 認められても困るけど、主にオレがっ。

 頬少しだけ赤くなってるし、ああもう可愛いなこんちくしょうっ

 なんとなく分かってたんだよ、王女様のあの視線。

 勇者様の近くに底辺冒険者がいるのが気に入らないだけだとも思ったよ。

 それならまだ良かったけど。

 まさか、エリカに嫉妬してるかもしれんてことかよ。

 ある日突然男連れで戻ってきた勇者様にっ!!


「一応、王女殿下が勇者様に惚れてるって可能性も、無くはないわね」


 まさかの百合展開の可能性。

 ありえないとは言わないけどさっ、聞きたくねえわそんな話!


「あ、あたしは……エリカちゃんの事、す、好きよ」


 リリィ嬢は黙っとこうね、今は。

 その好きとは、多分違うからね。

 エリカもそこでリリィ嬢の頭撫でるなよ。


「私は面白ければどっちでもオッケーだけどね。

行き遅れが、先越されてて歯噛みするでも、寝取られて歯噛みするでも」


 公爵令嬢が、扇越しにけらけら笑った。


「クラリス様も勇者隊だろうがよ……いいのか、そんなんで?」

「え?私はいいのよ、元勇者隊っていう箔が付けば。

大体、勇者ハーレム要員と言ったって、王女殿下始め錚々たる顔ぶれ。

運良く、男勇者が来たって正妻の目なんて端からないじゃないの。

何号さんとか嫌よ、私は」

「お、おう……」

「だからね、勇者様には悪いけど、勇者様の生き死にはどうでもいいの。

結婚焦る歳でもないし、面倒な社交もしなくて良し。

夢にまで見た冒険と刺激的な毎日、最高じゃない」

「あ、あたしは……エリカちゃんのそばにいられれば、それで……」

「まあ、ようやく魔王とか出てきたわけだし?

ここらで、パァっと派手に一発ぶちかましてハッピーエンド、とかにしてくれると物語として美味しいわね、とは思うわよ。

幸いにしてアンタが登場してくれたしね、舞台に」


 公爵令嬢がパァンと閉じた扇でオレを指した。


「オレ?なんでよ」


 オレの問いにふんと鼻を鳴らす公爵令嬢。

 そんなことも分からないの?って顔だ。

 ……訳がわからねえ。


「ねえ勇者様。最近調子いいって言ってなかったっけ?」

「ええ、それがどうかした?」


 エリカも分かってねえようだ。


「それがレダのせい、かもしれないとしたら?」

「余計に分からねえよ」

「ある国の勇者に関する記録にこういう記述があるのよ。

似たような記述は、他所にもいくつかね。

——勇者は神託によって目覚める」

「そりゃ知ってるよ。」

「こう続くのね。

——そして、愛によって真へと至る……ってね」

「愛ぃ……?」


 オレとエリカは顔を見合わせた。

 そんな馬鹿なと呆れるオレとは裏腹に、エリカは頬を染め、目を逸らした。


「マジか……」

「ち、ちがうもん!あたしは勇者だし。

魔王倒したらどっかの貴族と結婚させられるのよ、それくらい分かってるしっ。

そりゃ……嫌いじゃないけどっ、けどそんなんじゃぁ……」

「勇者様の気持ちとかは、今はどうでも良いのよ」


しどろもどろになってるエリカに、公爵令嬢はぴしゃりと言い放つ。


「どうでもって、そんな」

「愛ってのもね、いろいろあるの。

男女の愛だけじゃなく、情愛、親愛、家族愛、そしてもっと大きく博愛とか。

真に至るための愛が何なのかまでは明確にされてないわ。

親愛ってなら、なんとなく認められるでしょ?勇者様」

「え、ええ」

「でね、大事なのはその先。男女で愛し合ったら、何をするのかしら?」

「え……?えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ???」


 エリカが耳まで赤くなった。

 隣のリリィ嬢は分かってないようで、これはこれで心配だ。


「やることやったらね、混ざり合うのよ」

「な、なにが?」

「魔力が、よ」


 やることやったらとか言い方が下品で大変貴族らしくなくて結構。

 しかし魔力?やることこととか別に……ん?


「えーと、キスでもいいのか?」


 オレは思わず口に出した。

 ハッとするエリカと顔を赤らめたリリィ嬢。

 公爵令嬢は何故か睨みつけてきた。


「アンタ、まさか勇者様を傷物に?」

「いやいやいや触れただけだぞそれ以上してないぞ、なあエリカっ」

「え、ええ。そうよね、うん、そう」

「怪しいわねえ。ま、いいわそんなこと」

「え……いいの?」

「ええ、心底どうでも。

ねえアンタ達、もう忘れたの?勇者様とレダの魔力が混じったの」


 エリカとオレの魔力が……混ざり合ったこと?

 思い出した。


「エリカが生き返るとき……」

「よくできました。そ、アンタはともかく勇者様の中にはね。

出会ったときからアンタの魔力が混ざり合ってるのよ」

「あたしとレダの魔力が……」

「だから、普通の色恋とは逆の順番が起きてる可能性がある。

アンタ達二人の距離感?温度差?みたいなのが、その証明みたいなものね」

「……そっかーそれで、か」

「エリカちゃん……」


 エリカが自分の薄い胸のあたりに手を置いて、納得するように頷いた。

 リリィ嬢はそれを心配そうに見つめる。

 オレがエリカに魔力奪われたせいで、エリカはオレに恋心を?

 いいのか、そんないい加減なことで。


「それじゃあ、やっぱり勘違いみたいなもんじゃねえか」

「そう…よね」


 オレが否定すると、エリカもそれに倣う。

 少しだけ、寂しそうに。


「切欠なんてどうでも良いでしょう勇者様。

大事なのは、勇者様の中にある、この底辺冒険者の魔力!

それによって確実に底上げされた、勇者の力。

その事実だけをお認め下さい。恋だの愛だのは、その後の話で結構。

さすれば、やるべきことはおのずと見えてくるはずです」


 ばっさり言い切った。

 恋だの愛だの、そんなものとは無縁の結婚観を強いられる貴族様らしい。


 エリカは、少し考えた末に黙って頷いた。



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