第21話:やかまし三人娘

 勇者隊のご令嬢達が優雅に食後の茶を楽しんでいた時、エリカがオレに近づいてきた。


「ねえ、レダ。ちょっといい?

「どうしました勇者様。お花摘みでしたらお付き合いしましょうか?」

「ち、違うわよっ、もう」

「そうか。で、だんだ?」

「ここじゃ、ちょっと……」


聞かれたらまずい事ってか。

今でさえ、こっち睨んでる王女様の視線が痛いくらいだが、今更二人で消えたところで対応が大して変わるわけでもないか。


「分かった、じゃあ奥行くか」

「ん」


「ちょっと勇者様がお花摘みだとさ。付き合ってくるわ。」

「ちょっ、何言ってんのよあんたはっっ!!違うってみんなっ」


 オレは勇者隊と暁含むギルドメンバーへ声を掛け、森の奥へと進んだ。

 エリカはそれを否定しつつも、オレのあとを追う。

 皆の姿が見えず、声が聞こえない程度歩いて立ち止まった。



「で、どうした。オレも聞きたいことあったからちょうどよかったけどな。

そうそう、昼飯あれだけで足りたのか?随分少なかったけど」

「あのまっずいののお陰で大分回復したしね。

出力が底上げされた分、消費が減ったのよ」

「ああ、エリクサーか、初めて見たぜ。御伽話の中だけだと思ってたわ」

「一度飲んだら夢にまで出そうな味よ。飲んでみるといいわ」

「そりゃあ……ご遠慮しとくわ、勇者様大変だな。それでだが……」


 言いかけたところで、足音がとてとてと。

 リリィ嬢がやってきた


「どうしたの、リリィちゃん?待っててくれればいいのに」

「エリカちゃんが心配で……その……」

「ありがと、リリィちゃんは優しいね」


 オレがエリカになにかするってか。無理だろう勇者様相手に。

 だが、気持ちは分からんでもない。


「リリアーノ様、ご心配おかけして申し訳ありません。すぐに戻りますゆえ」


 先に戻っててくれねえか、と含みを持たせつつ遜ってみせた。

 エリカは、リリィ嬢の頭を優しく撫でながら、オレを見上げた。


「レダ、リリィちゃんも一緒でいいかな?」

「エリカ——じゃなくて勇者様がそれでよろしいのなら、構わないが?」

「リリィちゃんもいいかな?」


 エリカの問いに、リリィ嬢はこくりと頷いた。

 エリカとは違った、小動物のような仕草。

 そりゃ中身25歳とは違うか。


「本当は、部外者としてのレダに、先に聞いておきたかったんだけどね。

リリィちゃんがいるなら、そっちの方が早いかなって。

ねえリリィちゃん、勇者隊の皆……何かあったの?」

「何かって……?」


 一瞬、怯えたような表情を見せたリリィ嬢は、思い当たる事があるらしい。

 いや、そりゃ何かも何もありありの大ありだろうが。


「何言ってんだエリカ。お前が消えた以上にデカい事件あるわけねえだろ。

たかが10日程度とはいえ。勇者が、この世からいなっくなったんだぜ?

それが大事件じゃなくて何が大事件だよ。」

「そ、そっかー」

「大体お前、魔王討伐の最中だったじゃねえか。

のんびり逃げ回ってて本当によかったのか?」

「ひどっ、一緒になって遊んでたのレダよねっ。

そう思ってたなら言ってくれたって良かったじゃないの!」

「遊んでねえしっ、付き合うの命がけだったわっ。

それに、お前が戻りたくなさそうな顔してたからだからな」

「そ、それは魔力回復のためだって——」

「そんなの言い訳だったろうに。

街戻って勇者隊呼べば、エリクサーで一瞬だったろ?」


 魔王軍の刺客だとかは後付け。

 勇者隊に会いたくなかったんだろ?


「そ、それは……」

「本当は、勇者隊に殺されそうになったんじゃないのか?いや、実際に死んでたし。

あれが生きてる状態とは、とても言えねえよ」


 そう、オレが勇者エリカと出会ったとき。

 彼女は、間違いなく死んでいた。

 彼女が、ただの人間であったなら。

 しかし彼女は勇者だった。

 当代勇者エリカ——人類最強にて人智を超越し得る者。


「あ、あのっ」


 エリカが言葉に詰まっていると、リリィ嬢がエリカの手を握り、口を開いた。


「エリカちゃんを殺そうとしたのはっ……勇者隊の皆……いえ、グレイィア王女殿下ではありません。おそらく……ですが」


「……え?」

「おい、それってどういう……」


 リリィ嬢の衝撃発言に、オレとエリカはそれぞれ間抜けな声を上げた。


「あら~、なんか面白い話してるじゃないの。私も混ぜて下さらないかしらぁ」

「く、クラリス様っ……これは、その」


 そこに公爵令嬢が現れた。

 扇で口元を隠してるが、間違いなく笑ってる。


「クラリスさん……」

「勇者様のお花摘みがあんまり長いものですから、迎えに来ましたのよ?

そしたらまあ、なんということでしょう!リリアーノ様まで。

お三人方でイヤらしいことことされてるのでしたら、是非ご一緒にと思いまして」

「い、イヤらしいことだなんて、そんなっ……」


 リリィ嬢が顔を真っ赤にした。


「まあまあリリアーノ様、イヤらしい事が何かご存じなのね、ほほほ。

エリカ様もレダさんも、そんなに睨まないでくださいな」

「何が言いたいのかな、クラリスさんは」

「こんなところで長話したら余計に怪しまれますわ。

そろそろ戻られた方がよろしくなくて?大事な話は、今晩にでも」


 完全に毒気が抜かれたオレたちは、皆のところへ戻った。

 公爵令嬢は何を知っているやら。



 そんなこんなで、魔王化した魔獣は次々討伐されていく。

 Aランクの魔王化魔獣が出てきた時は、オレもさすがにビビったが、エリカにとっては誤差の範囲らしく、楽しそうに剣を振るっていた。

 

「なんだか最近調子いいのよね、あたし」


 ……なんだランクアップでもしたのか?

 この世界、そんな都合よいシステムねえぞと思ったが、魔獣が魔王化とか言って高ランクになるんだから、勇者様が高ランク勇者様になってもおかしくはねえかもな。


「今なら、魔王だって倒せちゃうかもしれないわね」


 ケラケラと、実に楽しそうに笑う。

 魔王の名が出た途端、アストン領の連中から感嘆が漏れる。

 王女様は顔色を悪くし、女騎士は苦い顔を、リリィ嬢は心配そうに、眼鏡メイドは努めて平静を装って、侯爵令嬢だけは笑っていた。


 こうして、討伐1日目は終わった。



++++++++++


「クラリスさんが、来たわよ!!」


 ばばーんと景気よく扉が開け放たれて、公爵令嬢、リリィ嬢、エリカの3人が入ってきたのはオレたち暁が共同購入した屋敷。

 Bランク冒険者パーティには、やや過ぎた物件ではあるが、領主の思惑やらなにやらがいろいろ絡んだ結果、格安で譲り受けた代物だ。

 オレはひとり、玄関ホールで美女3名を迎え入れた。



 討伐終了後、領主のお屋敷に戻り、本日の成果と明日以降の予定を調整。

 生まれたてのダンジョンの発見に大喜びの領主。

 一も二もなくアストン領で管理する旨を取り付けた。

 その後は勇者隊のみお屋敷で夕食、オレたちは解散となった。

 別れ際、公爵令嬢が、、話があるから今晩オレたちの屋敷に来ると言った。

 屋敷で会うとなると、暁のメンバーもいるのだがと言ったところ。


「遠慮してちょうだい!」


 の一言で決まってしまった。

 公爵令嬢わがまま過ぎんだろうがよう。

 イケメン他メンバーの皆……すまん。

 皆の生暖かい視線が痛いわ。

 そうせならオレも遠慮してえわ、マジで。


 近場の食堂で軽い夕食をとった。

 皆口々に、勇者と勇者隊の凄さを語り合い、あそこまでは無理でももっと上を目指そうと意気込んだ。

 今日最大の成果である、生きたダンジョンについての期待も高まる。

 ダンジョンが成長すれば、他領へ出ている冒険者の帰還や他領からの冒険者流入も考えられ、街も活気づくだろうが、それは先の話になるだろう。

 そんな中、酒が入るとやはり一番の関心事はオレと勇者の関係。

 オレが誤魔化していた部分を根掘り葉掘り聞かれたが、やはり適当に誤魔化さざるを得なかったのは、なんとも心苦しい。

 オレの苦笑いをどう察してくれたかはわからんが、イケメンが、まあまあと話を打ち切ってくれた。

 イケメンマジイケメン。

 生臭坊主だけは食い下がって、勇者隊ご令嬢を紹介しろとか言い始めやがったが嫁さん(マドンナ)とドワーフ女子に殴られてたのはいい気味だ。

 オレが勇者隊と共に領主の屋敷に現れた時、領主が気絶した話をしたら、領主ご令嬢も笑っていた。

 酒そして宴もほどほど、オレはひとり屋敷へ戻った。



「……妙齢のお貴族ご令嬢様がそんな恰好で来るなよ……」


 高級そうなドレスに、高級そうな神官ローブ、全く隠しきれてない美貌。

 一方エリカは値段より丈夫さを優先した物のようだが、何よりその変な仮面!

 オレが渡した仮面付けてくるんじゃねえよ!!


「あら、これでも外出用の安物よ?それに、外套もあるし」

「顔が目立ちすぎるよご令嬢……」

「この街じゃあ勇者隊なんて誰も知らないから、大丈夫よ」


 ふふんと鼻を鳴らす公爵令嬢。

 お前もエリカと同類か。

 ただでさえ小さいリリィ嬢が、困って更に小さくなってるじゃねえか。


「そういう意味じゃねえ。それに何ですか勇者様の仮面は?」

「レダが付けろって言ったじゃないの。忘れないでよね」


 と、エリカはさも当然のように。


「なあクラリス様。エリカの顔隠す物って用意してねえのかね、まさか」

「そんなことありませんわ。けどエリカ様がどうしてもソレが良いと仰られては仕方ありませんもの、ほほほ」


 面白がってやがるな公爵令嬢。

 エリカはうんうんと頷いている。

 オレは溜息を吐いて諦めた。


「で、どうなさいますご令嬢様がた。どちらでお話しましょうか」

「レダの部屋がいいわ」


 エリカがきっぱりと言った。


「ええぇ……流石にそれは」


 オレは露骨に嫌そうな顔をしてやった。


「いいわね、それ。Bランク冒険者の部屋、見てみたいわ。よろしくて?」

「ご令嬢が入るにはあまりに狭くて汚いところなのですが……」


 そもそもこの屋敷だって貴族ご令嬢には汚すぎるだろうに。

 よりによってオレの部屋かよ……。

 なんとかこの事態を避けようとするオレ。


「安心しなさい、レダ。多少の汚さなど、魔界のアレと比べたら大した事ないわ!」

「……はあ、左様ですか」


 魔界のアレって何だよ!

 気になるけど、そんなのと比べないでっ。



++++++++++




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