第20話:こんにちはダンジョン

「ダンジョン化、ですと……?」

「はい、恐らくはこれ……タイラントウィードが原因かと」


 ダンジョン化とは魔獣化——つまり魔力集積による変異——が土地そのものに起こ事によって発生する、とされている非常にレアな現象。

 冒険者であれば、初期研修の座学で必ず教えられる事であり、冒険者の憧れ。

 日々成長し、変化し続けるとされているそれは、学者の間では迷宮魔獣とも呼ばれているとかいないとか。

 ダンジョンは、発生したその土地に本来は存在しえない魔獣と宝を生み出し、それを求める者を誘う。

 そこから生み出されるであろう莫大な資産は経済を潤し、土地を発展させる。

 故に、冒険者は一獲千金を求め、ダンジョンに挑む

 故に、施政者はダンジョンを管理し、それによって得られる利益を夢見る。

 ちなみにアストン領にはダンジョン跡とでも言うしかない、枯れたダンジョンが一つだけ存在してる。

 非常に小さなダンジョンで、低ランク魔獣のゴブリンやオークが外部より入り込みねぐらにしている為、同様に低ランク冒険者の腕試しの場としてはなかなか盛況だ。


 さて、ちと横道逸れちまったが、話を戻そう。

 翌日から開始された、レイスーフ王国勇者隊と冒険者ギルドの合同討伐。

 オレは何故かBランク冒険者PT暁の一員として参加させられた。

 領主殿の一身上のご都合で、オレが追放されたという噂を払拭するためらしい。

 まったくもって100%事実だというのに、納得がいかない。

 領主ご令嬢が申し訳なさそうな顔をするので、オレはあえてそこにツッコむのはやめておいてやった。

 

 合同討伐とは名ばかりの、言ってしまえば勇者様見学ツアー。

 あらかじめ、眼鏡メイドの行使した広域走査とやらでチェックした場所へ跳んで、始末するだけの簡単なお仕事。

 余りに圧倒的な勇者パワーに、暁含むアストン領冒険者ギルド側の参加者は、口々に感嘆の言葉を漏らす。

 既に見慣れた光景に、オレは欠伸を漏らしながらとぼとぼと後を追った。

 一撃で倒されたBランクの魔王化魔獣の脇で、エリカがドヤ顔してやがる。

 可愛い顔して、まあ憎たらしいことこの上ねえな。

 だが、他の連中にこの笑顔がどう見えているのかと、そっちの興味は尽きない。

 皆一様に、うっとりした眼差して勇者様を見つめていた。

 一方勇者隊は、さも当然といった視線を送っていて、その温度差はなかなかだ。

 勇者隊は、果たして勇者の素顔を知っているのだろうか?

 昨日バタバタしてて聞くの忘れてたわ。


「エリカ様、この程度の相手に力み過ぎですわ」

「えー仕方ないでしょ。一応見たことない魔獣なんだし」

「彼我の力量の差ぐらいは、いい加減察していただきませんと」


 ダメ出しまでしてるよ王女様……キビシイのう

 エリカは口を尖らせて抗議するが、相手にもされてねえ。

 倒した魔獣の素材はギルドに譲られ、被害者補償の一部に充てられるそうで、ギルドから持ってきた、お高いらしいマジックポーチの中に収められた。


「さあ、次いってみようかー♪」


 エリカは呑気な掛け声と共に、剣を高々と掲げた。


 強敵を避ける程度の知能がある魔獣は、エリカの勇者パワーを察して近づく素振りすらない。

 移動することがない植物系、鉱物系魔獣との遭遇が数度あったが、それは勇者様の手を煩わせるまでもなくオレたちが片付けていった。

 勇者の力では低ランク魔獣は跡形も残らず、素材回収も出来そうにないとのギルド幹部の判断だ。

 オレ達の勇者見学ツアーは順調だった。


 眼前に広がる、一面の枯草、ただの枯草なら気にすることもない。

 だが、その枯草に絡み取られものを目にすると、そ言う訳にもいかなくなった。

 無数の魔獣が枯草に巻き付かれ、身動きが出来ないまま萎れ、死んでいた。


「なんだこりゃ……?」


 見たことのない光景に、オレは零した。


「タイラントウィード、でしょうか。枯れて、というか死んでますが」


 しゃがみ込んで足元の枯草を掴みながら、領主ご令嬢が言った。


「出発前に大きめの魔王化反応が見えた場所ですが……今は、消えているようです。

何か異常が起きた可能性もあるので、皆さん注意してください」


 眼鏡メイドの警告に、意識を引き締める。

 勇者隊は支援と防御結界の準備を始めた。

 オレたちも、武器を持つ手に力を込めつつ後を追う。

 進んだ先には、背丈の倍ほどまで盛り上がった枯草の山。

 そこには、地下へと進む穴が開いていた。


 そして冒頭に戻る。


「魔王種魔力の影響で、タイラントウィードの誘因能力が上昇した結果でしょうか。

大量の魔獣を寄せ集め、限界を超えたのではないかと。

それによって、自らの死と引き換えに、ダンジョンとなったと考えるのが妥当かと」

「本当ですか、ジョゼフィーノ様」


 禿げ頭のギルド幹部が聞くと、眼鏡メイドはやや自信なさげに頷いた。


「タイラントウィードの魔王化は記録にはありませんが、魔獣の大量死によってダンジョンが生まれたというのは、ままある話ですので」

「これが、ダンジョンだとして、探索は可能なのですか?」

「いえ、それは——」

「お止めになった方がよろしかと。

生後間もないダンジョンは猛烈な勢いで成長しますわ。

下手に侵入すれば巻き込まれかねませんわよ?」


 眼鏡メイドの言葉を奪って縁起でもないことを言い切った王女様。

 おいおい、子供の成長期かよ……。

 学者の、迷宮魔獣という表現もあながち間違ってねえってことか。


「で、どうするの?今ならあたしが倒せるけど」


 エリカが事もなげに言った。

 ダンジョンを……倒せる、だと?

 意味が分からねえよ勇者パワー。


「いや、せっかくの申し出ですが、これがダンジョンであれば価値の高い資産。

領主と相談せず、ギルド独断での判断はできかねます」

「そうですか、ではこの件はアストン領の方々にお任せしてもよろしくて?」

「有難うございます」


 こうして、アストン領はダンジョンを手に入れた。



++++++++++


「疲れたーレダごはんー」

「オレはご飯じゃねえっ、そこに幾らでも美味そうなもの揃ってるじゃねえか」


 領主が提供してくれたらしい豪華な料理が、携行テーブルに並べられていた。

 ちなみに配膳は、眼鏡メイドが行っていた。

 本来勇者隊には、随行する使用人部隊というものも存在しているらしいが、今回は本国に待機しているそうだ。

 ……さすがは貴族ご令嬢軍団勇者隊。


「こんなんやだー、レダのがいいのーいいのー」

「お前とだけならともかく、こんなとこでオレが飯出せるかっ。

勇者隊とか超が付くお貴族様だろうが、不正罪でオレの首が飛ぶわ」

「え、エリカ様だけ特別扱いかい?親友なのにつれないねえ」

「ウィルてめえ割り込んでくるんじゃねえよ、そんなこと言ってるんじゃねえ」

「ウィルはねえ……あなたの食事が出なくなって寂しいのよ。察してあげて?」

「リーシャ、お前も自分の飯が不味いからってオレに丸投げするな努力しろや」

「僕の奥さんの料理が駄目だなんて、酷いじゃないかレダ。

ほんのちょっとだけ、君にはかなわないだけだよ」

「ウィル……あなたちょっとこっちに来ましょうか、ねえ」

「痛い痛いハニー愛してるよっ。助けてくれよレダァ——」


 イケメンは嫁さん(マドンナ)に耳を引っ張られてどっかに行ってくれた。

 纏わりついたままのエリカは諦めるとしても、一安心。


「あら……なんですの騒々しい。それにしても随分仲がよろしいようで」


 一難(イケメン夫妻)去ってまた一難(王女様)。

 ジト目で睨んできた。


「ああ、王女様。これは——」

「レダがご飯作ってくれるってさ!!」

「おいこらてめえっ——じゃなくてエリカ様っ……何をおっしゃいますやら」

 王女様に睨まれて言葉遣いを改めなきゃいかんのは面倒すぎる。

 どっかいてくれよエリカ……。


「へえ……Bランクごときが料理を?」

「料理にBランクとか関係ねえ……でございますですよ、王女様」


 オレは耐える、頑張れオレ。


「レダのご飯はね、美味しいのよっ♪」

「ほう」


 エリカはオレの忍耐と努力を台無しにしやがる。

 引きはがそうにも微動だにしないのが情けない。

 王女様も興味持ち始めてんじゃねえよ、迷惑だろっ。


「と言いましても、所詮は平民上がりの冒険者料理。

とてもとてもお貴族様のお口に合うようなものでは、ございませんよ、はは」

「冒険者料理?ねえ、知っているかしらマックス」

「いえ、私は従軍遠征時にも専属料理人が帯同しておりますので……食したことはありませんが、下級兵卒が摂る食事がそう呼ばれる事もあったかと存じます」


 ボーイッシュ女騎士が丁寧に説明する。

 それに対し、なるほどと納得してる王女様

 そうそう、そういう下品な料理でございますことよオホホ。

 冒険者料理ってのは、冒険者や狩人が作る食材現地調達料理の総称だが、軍隊でも作ることがあったとは初耳だ。


「わかったわレダ、じゃなくてBランク。昼餉はそなたの冒険者料理とやらを所望するわ。よろしくて」

「……マジかよ」


 いちいちBランクとか呼び直すなよ。

 ここにはBランク他にもいるよ紛らわしいわ。

 しかし、他の暁メンバーは、領主ご令嬢含めそれを微笑ましい眼差して見ていた。

 何故なら!王女様は他の暁メンバーに対してはちゃんと名前で呼んでいるからである、それも「さん」付けでっ!!

 ……解せぬ。


「いやぁ、折角のご指名光栄ではありますが、今から食材を確保するとなると——」

「あたしがひと狩りしてこようか?」

「いえ、エリカ様はお疲れでしょうからご遠慮くださいませ。

ねえBランク…マジックポーチに入っている物では駄目なのかしら?」


 入ってましたね、たっぷりと。


「しかし今日は調味料も、香草の類も——」

「用意もせずに出てくるとは、勇者様のお供とは言え気が抜けてますわね。

仕方ありません。ジョゼっ、すぐさま街へ跳んで調味料を調達に——」


 そんなもん取に行かせるのに転送とか使わないで!

 眼鏡メイドも言われた通り石板取り出さなくていいからっ。

 無駄にアクティブすぎるわ、この勇者隊。


「いやいや冗談です王女様っ、手持ちでなんとか出来ますから、しますからっ!!」

「……最初から素直にそう言えば良いのですわ。これだからBランクは」

「王女殿下に虚言を吐くとは何事か」

 冗談がまるで通じねえ女、約2名。

 怖いから剣を抜こうとするのはやめて、ねえ?

 

「レダごはんー早くー」

「……はいはい」


 結局、オレが全員分の飯を作る羽目になった。


 王女様は、何故か不満たらたら不味そうな顔をしながらも食べ切り、更にお代わりまで要求してきた。


 「不味いわね。もう一杯寄越しなさい」


 食いたいのか食いたくないのかどっちだよ……。



++++++++++

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