第19話:場違いな男

「——ふむ、なるほど。

魔王残滓による魔王化現象によるものと思われます。

落下した欠片が小さく魔力含有量も然程ではなく、また、元々のこの地域の魔獣化も進んでいないため、影響を受けたのが低級魔獣のみだったのは幸運だったかと」

「それでも、人的被害が出ているのを幸運の一言で済ますのはいけませんわ。

魔王化した魔獣の処理が終わり次第、調査班を投入。被害確定と補償手配を」

「魔王化の処理は?この規模なら勇者様単独でも問題ないかと思われますが」

「いいえ、既に当地ギルドでも討伐命令が発令されているとのこと。

軋轢を残さぬためにも、情報共有くらいはしておいた方が良いかと」

「ならば聖教会にも顔出した方がいいわね」

「……そ、そうですね」

「ではジョゼ、広域走査ののち、情報を持ってギルドへ。マックスも連れて行って」

「はい、王女殿下」

「かしこまりました殿下」

「聖教会へはリリアナさんお願いしますわ。クラリスさん一緒に行ってあげて」

「は、はいぃ……」

「わかったわ」


 女王様の差配で流れるように指示が下された。

 思惑はともかく、勇者隊とやらの統率力は大したもんだ。

 言ってることは半分も分からんがな!

 魔王種魔力による進化を魔王化というらしいってことぐらいか。

 エリカはそんなこと言ってなかったが、知らなかったのか?

 彼女の方をちらりと覗くと、目を逸らされた。

 ……忘れてたか。

 ポンコツ勇者様が。


「なあ」

「勝手に口を開くな平民、斬るぞ」

「斬るなよ。てか散々喋らさせといて今更なんだよ」

「そういうところが平民なのだ」

「悪かったな平民の中の平民みたいな平民で」

「まあまあ、そのぐらいでマックス」

「はっ、女王殿下」

「それでレダさん、何がお話がおありで?」


 女騎士が喰いつき、それを女王様が諫めた。

 きっと、いつもこんなことしてるんだろうなあ。

 皆の目が、生温かいのに気付いてないのか女騎士。


「ギルドへはこい——勇者様同伴の方が手間がなくていいんじゃないのですかね」


 情報共有の役に立つかといえば不安だが、顔繋ぎなら行くべきじゃねえのか?

 王女様はオレの問いに溜息で返す。


「Bランク冒険者レダ、勇者様のお姿はね、妄りに衆人の目に晒すものではないの」

「はあ、そういうものですかね」

「そういうものなのです」


 まあ、あれを一目見た領主がどうなったか考えれば仕方ないことか。

 道中でも似たようなことあったしなー。

 先日顔合わせした、暁の連中の反応の方が、レアか。

 もっともあれは、オレが隣にいたからこそというのもあったな。

 こいつらの転移能力と、エリカの勇者力の前には誤差の範囲でしかないのだろう。


++++++++++


 各人が指示通り部屋から退出したのち、オレたちはやや手持ち無沙汰になった。

 エリカと女王様の間に弾む会話もなく。

 オレはそもそも王女様に話しかけて良いわけでもなく。

 その逆もまた、あり得なく。

 オレがエリカと口をきけば、なぜか女王様が睨んできた。

 そんな三竦みの気まずい空気。


 しばらくして、屋敷の使用人が茶を持ってきた時、ようやく転機が訪れた。


「お腹空いたわ。食事は出ないのかしら、ここ?」


 腹ペコ勇者エリカ様のKY発言キターっっ!!!

 使用人は、顔を青くして部屋から飛び出していった。

 すぐさま執事長が飛び込んできて、非礼を詫びつつもご説明。

 今晩、勇者隊歓迎のための晩餐を準備しているとのこと。

 そのため、すぐさま食事は用意できないが、茶菓子の類ならばと執事長の説明のさなかに菓子が盛られたカートが運び込まれてきた。

 それを見てエリカが一言。


「足らないわ。しょっぱいもの欲しいわね。

屋台で買ってきてちょうだい、お金は払うから」


 執事長は、お金を頂くなんてとんでもないと固辞して、さっきの使用人と同じ顔になって飛び出していった。

 皆の顔を青くさせる女、それが勇者エリカ!

 そこに痺れねえし憧れもしねえよ、下々に気ぃ使ってやれよ……


 カートに盛られた菓子がほぼ全部エリカの腹に収まった頃、それこそ控えめに言っても大量の屋台ものが部屋に運び込まれた。

 それを端から美味しそうに頬張る彼女のはち切れんばかりの笑顔。

 オレと王女様は、それを揃って苦笑いで見届けるだけだった。


「ところで、Bランク冒険者レダ」

「なんでしょうか王女様、Bランク冒険者やめてもらえませんかね」

「不敬ですわよ」

「不敬以前に失礼じゃねえか王女様」

「舐めた口ききますのねBランク」

「冒険者なくなっただけかよ!」

「唾を飛ばさないでくださいましBランク。ところで確認したいことがありますの」

「なんだよ」

「貴方は、その、エリカと……ず、随分と仲がよろしいようで」

「はあ」

「……一体どんな関係なんですの?」

「どんなって、なあ……」


 そこら辺の事情はさっきの聞き取りというか尋問というか、そんな感じのやり取りで説明したはずなのに、何を聞きたいんだこの王女様は。

 オレはエリカを見た。


「ん、何?」


 エリカは膨らんだ腹を丸出しにして気持ち良さそうにさすっていた。

 そういやローブの下、ほぼ全裸だったなあいつ。


「オレとお前の関係だとさ」

「んー、なんだろうね。……戦友?でもないか。命の?恩人とかそんなの?」

「エリカの命救った覚えはまるでねえが、どっちかていうとエリカのお陰で生死の境は彷徨ったか」

「そんな事もあったわねーあははー」

「……その顔、たった今まで忘れてただろ」

「そんな訳あるわけないじゃない。この目を見てよレダ」

「嘘ついてる目だな」

「ひどーい、王女様も何か言ってよこの男に」

「……」


 オレとエリカのやり取りを睨んでくる王女様。

 何それ怖い、何の地雷踏んでるの?逆鱗触れてるの?


「こほん」


 王女様の咳払い、場をリセットする合図だ。

 そして王女様はやや頬を赤らめ、続けた。


「まあ……良いでしょう特にその、男とお、女の関係とかそういう……」


 ああ、それは気になるわな。

 何しろ女勇者様、数日とはいえ、どこの馬の骨とも知れない男と二人旅。

 そこには何も起こらないわけもなく。

 ……って、ないない、ないわー。


「安心してくれ王女様、誓ってそういのはありませんでしたよ。

オレもほら、刺客送り込まれても困りますし。

あのボーイッシュ女騎士さんめっちゃ怖そうですし。

美人なのにもったいないすね、彼女も」

「ねー」


 そこ同調すんなよポンコツ勇者。

 やっぱりジト目で睨んでくる王女様。

 オレとエリカの、息の合いっぷりが大層お気に召さないであろうことは理解した。


「そういうことでしたら……」


 一応この場では、矛を収めてくれたようだ。

 その後、今回は予定外訪問なため過度な歓待は無用と王女様が伝えると、明らかに失望した領主の顔が見れたことも付け加えておこう。



++++++++++


「うぇ……オレもう帰っても、良くない?」

「駄目よレダ、彼らが来るんならあんたいてくれなきゃ。

それこそ針のむしろじゃないの」


 晩餐が食事会になったそうだが、そもそもオレはエリカと行動を共にしていたことに対する供述をするためだけにここに連行されたわけだし。

 そろそろトンズラしようと思ってたとこに、ギルド組の2名が戻ってきた。

 明日からの魔王化魔獣討伐への随行として、ギルド幹部と、現在調査討伐任務にあたっている冒険者PTが選ばれた。

 オレがまさかと思ったところで——ビンゴ。


「Bランク冒険者PT暁が来るそうそうです」


 と、メイド姿のジョゼフィーノ嬢。

 ……マジかー。

 暁以上の実力者PTは他国へ遠征中だしなー、仕方ないよなー。

 けど、会いたくねええええええ。


「レダさんの話をしたら、大層会いたがってましたよ?」


 ニコリと微笑み爆弾投下。

 うわー、ばれたかー、逃げてえぇぇぇぇぇぇぇぇ。

 で、挨拶ついでに今夜の食事会にギルド幹部と暁も参加するらしい。

 まあ、暁には領主ご令嬢もいるから、ごく自然な流れだわな。

 うん、オレがここに留まる必要全くナッシング!

 さ、あとは若い人たちだけでオホホとばかりに、席を立とうとした。

 ……が、世の中上手くいかないことの方が多いわけで。

 本日主賓、かつオレの共犯者であるところのエリカ嬢にせがまれ現在に至る!



「レダ!久しぶりだねえ、会いたかったよ。怪我はないかい?睡眠はちゃんととれてるかい?それと——」

「うるせえよ2日ぶりだよどんだけ心配性な母ちゃんだよっ」


 僅か2日ぶりのイケメンスマイルがめっちゃ眩しいわ。

 別の理由もあって目が合わせられねえよっ。


「それはそうと、セリカさんはやっぱり勇者だったなんだねぇ」

「やっぱり?どいうこった」


イケメンの背後にいるPTメンバー。

その隅に立つ領主ご令嬢が、手を合わせて申し訳なさそうな顔をしている。

ああ……なるほど、少しだけ合点がいった。


「いやいや、ディベラを責めないで欲しい。

切欠はディベラの気付きだったかもしれないが、それを詳しく聞き出してしまったのは僕らなのだからね。」

「あ、ああ」

「しかし酷いじゃないかレダ。僕らに相談をしてくれても良かったのに友達だろ?」

「それは……すまん」

「ああ、今のは冗談だよ、真に受けないでほしい。

レダがセリカさん、じゃなくて勇者エリカ様だったかな——の存在を隠そうとした気持ちは理解できるしね」


 そう言うと、イケメンはエリカの方をちらりと見て微笑んだ。


「だって、こんなに美しい女性が、それも勇者様だというのだろう。

それならば、他の男の目に触れさせたくないという、君の気持もよーく分かるよ」

「はぁ?何言ってんだウィルっ。そんなんじゃ」

「はっはっは、照れなくてもいいよ」

「照れてねえわっ!」


 こいつ……全っ然分かってねえ。

 ちゃんと説明したのか眼鏡メイド。

 銀縁眼鏡のメイドを探すと、王女様の背後で微笑んでやがる。

 その顔にざまあみろって書いてあるのが見えるぞてめえ。

 絶対説明してねえなっ!!

 エリカも、どうしたもんかと苦笑いしてるだけで役立たず。

 王女様と女騎士は苦虫噛み潰したような顔になってるし。


 オレは、領主ご令嬢を除いた暁メンバーに背中をバンバン叩かれた。

 いてえよ、勘弁してくれよ。


 そんな状況が落ち着いたころ、聖教会組2名が戻ってきた。

 公爵令嬢はオレとイケメン、そして暁とのやり取りを見れなかった事にいたく憤慨して、地団駄を踏んで悔しがった。

 もう一回やりなさいよとか無茶苦茶言いやがるし。

 こいつはこいつで何をしたいんだか。

 その、八つ当たりというかとばっちりを食らった小動物(リリィ嬢)は、やはり小さくなってエリカの背後に逃げ込んだ。


 ちなみに、領主ご令嬢の気付きとは、やはりエリカの顔。

 隣国、ナジャ共和国で勇者によるヴォルケーノドラゴン鎮静が成され、その火山の中腹にある鉱山都市での凱旋パレードで、勇者と勇者隊を目にしていたそうだ。

 あの強さと美貌、そして名前。ついでにオレと知り合った経緯とか、いろいろ思うところがあったらしい。

 そこを敢えてスルーしてくれた、彼らの優しさが痛すぎるわー。

 ……次はもうちょっと頑張ろう、と思いました

 次があればな!!


 結局、オレは流されるまま、半ば強制的に勇者隊歓待と討伐顔合わせの食事会に参加させられることになったが、領主のとっても嫌そうな顔見て、留飲を下げた。

 ぐぬぬってやつな。


 

++++++++++

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