第18話:逃げられない男

「エリカ様、こちらを」


 ほぼ全裸、申し訳程度にしか隠すべきところを隠していない村娘服を着たエリカに豪奢なローブが手渡された。

 エリカは、それを面倒くさそうに渋々羽織る。

 オレは、早々に彼女を見ることを禁じられ、背を向けることを強制されていた。

 今更という気もするが、それを指示する者の気持ちも汲んでやることにした。

 勇者が裸族じゃあ示しがつかないというもんだ。

 ちっとは猛省しろや、痴女勇者。

 周囲のエリカへの視線はヤレヤレと諦め顔、諸君!分かるぞその気持ち。

 オレより遥かに長い時間、君らはこれと付き合ってきたんだものなっ!

 思わず手近な美女の手を取ろうとしたが、下手すりゃ不敬罪だわなと手を止めた。

 オレの動きに、明らかに不審者を見るような視線が向けられる。

 ブラウンゴールドのツーサイドアップ、これは確か公爵のご令嬢だったか。

 絶対零度の視線が心地いいぜ。


 ローブを手渡した女性は白金の鎧を纏った長身青髪美女でボーイッシュ。

 超絶美男子にしか見えないが、歴とした伯爵ご令嬢のマクシリア嬢。

 愛称がマックスらしいのも、さもありなん。

 騎士団女性部隊副部隊長らいいが、顔で選ばれてるだろコイツ。


 エリカのそばに、ぴょこぴょこと小動物のように近づいてきた少女。

 豪奢な、それでいてどこか神々しい聖職者ローブを纏った彼女は、恐らく枢機卿の孫娘でリリィとかいう奴か。

 後ろで束ねられたプラチナブロンドの髪をキラキラふりふりさせながら、嬉しそうな表情でエリカに寄り添う。

 その表情が偽りでないことだけを願っとくとしよう。

 しかし!しかしだ。

 彼女について特筆すべきことが一つ、いやこれだけは言っておかねばなるまい。

 ゆったりとしたローブに隠された双丘、ていうか双球!

 見事すぎるおっぱい、THE OPPAI!!

 まるで隠されてねえし自己主張しすぎだし。

 小柄で幼い容姿とのあまりのギャップに、チラ見どころか2度見3度見当たり前。

 思わず拝みたくなるね、特定の神を御贔屓しないオレですらっ。


「レダ、あんたねぇ……」


エリカが、オレの視線に気が付いて睨みつけてきた。


「しょ、しょうがねえだろっ、こんなご立派なものお持ちになってたりしたらっ」

「え……きゃっ」


オレの発言の意味を察したらしいリリィ嬢が、胸を隠しつつ慌ててエリカの背後に隠れた。


「レダぁ……」

「すっ、すまん、そんなつもりはっ、あったかもしれねえけどそっちの趣味はねえから安心してくれ!」

「安心できるわけないでしょう、あたしの胸もさんざん見ておいて」

「さんざん見せられたの間違いだろこの痴女が!

そっちの、リリィ嬢だっけ?をちっとは見習ったらどうだ恥じらいとかさぁ!!」

「痴女言うなっ」


 背後で怯えるリリィ嬢を置き去りにしての、いつものやり取り。

 周囲の空気が更に冷える冷える、風邪引きそうだわ。


「こほん」


 咳払いに振り向くと、王女様——グレイティア王女様が呆れ顔だ。

 別にこの国の王女様じゃあねえから王女様って付けなくてもいいんじゃね?とも思ったが、チクられて不敬罪くらうのも困るので敬称ぐらいは付けておくか。

 付けて減るもんじゃねえしなっ!


「レダ……でしたか。勇者様への言葉遣いは注意しなさい」

「はぁ」


 お前もついさっきまで呆れてたろうが、思い出したようにマウントかよ。

 ……と思ったけど、ツッコんだら人生終わりそうだわー。


「エリカ様もこのような下々の者、それも男性に、妄りにそのっ……は、肌を晒すのはお止めください」

「えー、面倒だし」


 王女ちょっと恥ずかし気に言ってるわ、存外可愛い系?

 え、エリカそこで王女様に逆らっちゃうの?

 流石勇者様、そこに痺れる憧れるけど真似できないわー。


「エリカ様が良くても、勇者隊の名誉にも関わる問題なのですっ。

エリカ様のお、お肌を目にした殿方たちがどれほど卒倒なさったか」


……え、そんななのっ!?勇者モード全裸エリカって。

うわー、見てぇわーマジ見てぇ。


「レダ黙って」

「なんも言ってねえし、思うくらいいいだろ!!」

「レダとやらもみ、淫らな視線を向けないよう」

「へーい」

「王女様になんだその口の利き方は!斬るぞ」

「物騒すぎんだろなんだよよその国で偉そうに、剣に手を置くんじゃねえよっ!」


 いきなり割り込んできたボーイッシュ女騎士に、思わずツッコんじまった……やべぇ、マジ斬られる、てかKILLられるわ。

 エリカもニヤニヤしてないで止めろよ、助けろよっ。


「マックスやっちゃえー、それ一気っ一気っ♪」


 公爵令嬢まで面白がって参戦してくるんじゃねえよ、煽るなよ。

 だいたいそれ飲み会の掛け声じゃねえか。

 リリィ嬢は更に小さくなって、エリカの背後から首だけひょこっと出してる。

 ああもう、どうしてくれようかこの状況と思ったところで、天から声が。


「皆さん、いい加減になさって下さい。撤収準備を急ぎませんと」


 それはオレの頭に響いた声。

 その声の主はメイド服を纏い、天からゆるりと降りてきた。

 銀縁眼鏡をかけた黒髪美女、それは王女様筆頭侍女ジョゼフィーノ嬢。

 彼女は確か、魔導院の主席だとかなんとかで、いかにもな美貌の持ち主。

 あ、ちなみに『認証します』は王女様の声だったわ。


「こほん」


 王女様がまた咳払い。

 咳払い好きだなこの子。

 それでも、ソレ一つで場の空気をリセット出来るのだから大したものだ。

 誰も、王女様風邪なの?とかツッコんでこねえのは流石だ。


「それではエリカ様、報告と帰還準備のために当アストン領主邸へ転移しますわ。

そののち、リリアーノさんは聖教会アストン支部へ向かってくださいませ。

随行はクラリスさん、お願いしますわ。ではジョゼ、速やかに転送陣の展開を」

「はっ。かしこまりました王女殿下」


 ジョゼと呼ばれたジョゼフィーヌ嬢は手元の石板に、ペンを走らせた。

 ペンの軌跡に光が走る。


「魔導陣初期設定、起動。座標確認、承認。転送予定範囲に起動杭、射出」


 その瞬間石板から10程の光が飛び出し、棒のように伸びてオレたちの周囲を取り囲むように浮かんだ。


「オレはどうすりゃ……?」

「報告書作成のためじんも——でなくお話が必要となりますので、無論同行いただきますわ」

「尋問とか言いかけたよな、王女様」

「そ、そんなの聞き間違いですわ。不敬ですわよ」


 不敬を都合よく使うんじゃねえ、って顔したらボーイッシュ女騎士に睨まれた。

 こえーこえー。

 いつの間にかエリカがオレのそばに寄って来て、オレの腕に触れた。

 その後ろには小動物リリィ嬢、何故だか頬を膨らましている。

 何故だかじゃねえよな、エリカ取られて悔しいか?

 オレは、やれやれと思いながらエリカを小突いて促すと、彼女も気付いたようで、もう片方の手でリリィ嬢の手を取った。

 リリィ嬢の顔がパァっと明るくなる。

 こんな時でも気遣い可能な男、オレ!

 王女様とボーイッシュ女騎士もやや不満そうだが、こっちは理由なんかわからん。

 伯爵令嬢はニヤニヤしてるが、どういうこった。


「範囲確定。では王女殿下、いつでも」


 メイドが銀縁眼鏡をクイっとな。

 王女様はこくりと頷いた。


「発動」


 オレたちは光に包まれ、その場から消えた。



++++++++++


「これはこれはようこそ、レイフール王国勇者隊の皆様。

私はカリストーン連邦が一国、ワッサイム王国アストン侯爵領を治めますトラス・アストンです。噂に名高い当代勇者隊にお目に掛かれましたこと、光栄の至りです」


 屋敷の居間に現れたオレたちに、待ってましたとばかりニッコニコの男約一名。

 片膝ついて仰々しい挨拶を始めた。

 この物語の原因オブ原因、THE領主。

 オレらと話すときはただの親馬鹿っつーか馬鹿親?なのに一端の貴族っぽい話できるのね、ちょっと見直しちゃったわー、許すつもりはねえけど。

 ご令嬢は無論別よ?あの子の健気さ見習えよちくしょう。


「堅苦しい挨拶は結構。突然の訪問、こちらこそ詫びねばならない立場よ。

立ち上がっていただいて構わないわ

こちらは当代勇者のエリカ様よ。」

「ん」


 王女様は面倒くさそうに事態を詫びつつ促した。

 エリカもやや面倒くさそうに首肯。

 領主は、王女様のそんな思惑に気付きもせず秒で足り上がり姿勢を正した。

絶世の美女を見てだらしない顔になりそうなのを必死で隠してるが、まるで隠しきれてねえところも、らしいっちゃあらしい。

 ちょれー、領主マジちょれー。


「今回はイレギュラーな事態故、詳細は追って本国より届くと思いますわ。

一応、魔王軍も出現ゲートも消滅。その後の反応もなし。

現地の土壌汚染は本国より浄化班が来ますので、しばしお待ちを」

「ま、魔王軍ですか。それはまた……」

「ええ、幸いにして魔王は現れませんでした。

しかし、記録が確かならワッサイム王国に魔王軍が出現した事はなし。

イレギュラーではありますが、この国ひいては当アストン領にとっても栄誉となるかもしれませんわね」


 それは暗に勇者譚に記されるかも、って話か。

 エリカが落ちてきた経緯を思うに、そう美味い話でもあるまい。

 領主は栄誉という言葉にニヨニヨし始める。

 わかりやすいおっさんだなあ、オイ。


「そういうわけで、終了した作戦に関する報告書作成のため、部屋を借りたいのですが、よろしくて?」

「それはもう、喜んでっ」


 それはもう、嬉ションでもしそうな勢いで了承した。

 ちょろい、ちょろすぎるよあんた。

 面白そうなのでオレも一声掛けてやるか。


「おい、領主」

「はっ、はい!なんで——おおおおおおっ、お前……はっ?」


 そりゃ、驚くだろう。オレがあんただったとしても、やっぱり驚くわ。


「やあ、久しぶり。1か月ぶりくらいか、領主の旦那」

「お前は……レダ……なんでここに?勇者隊の皆様と?」

「いやいや、オレも今回の関係者なんでなぁ。よろしくな♪」


 オレはニコリと微笑んだ。

 見事なくらい固まる領主。

 エリカが、オレの腕をつつく


「ねえ、この人が例の」

「ああ、例のだ」

「へー」


 エリカは、領主を見て二コリと微笑んだ。

 彼女の言った「例の」が何を意味するか、気付かないほど馬鹿じゃなかろう。

 その笑顔は、領主にとって死刑宣告に見えるだろうか。

 オレもついでに、ニヤリと極上の笑顔をくれてやった。


 アストン領主トラス・アストン侯爵は白目を剥いて、その場に倒れた。

 いやーすっきりしたなあ。

 ちょっと満足したわー。


 ……今度ご令嬢には謝っとかなきゃなー。



++++++++++


 





 

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