第16話:おいでませ魔王軍
「なんか、誰か襲われてるっぽい。先、行っていい?」
「おう、行ってこい。顔だけは見られねえようにな」
「ん」
パガロ村を発ったオレたちは街道を進む。
勇者センサーに反応したのは、魔獣、そして人の集団と思われるもの。
人命優先、無論許可を出した。
一瞬にして、エリカの姿は見えなくなった。
……勇者ランすげえなぁ。
そんなことを呑気に思いながら、こちとら凡人代表らしく急いだ。
「蛙」
「グラトニーフロッグだな。これもアレだったか」
「ん。ねえ、これは美味しいかしら?」
「悪くはねえな。てか蛙、食ったことねえか?」
村にいた頃は常食じゃあねえにしても、わりとご馳走だったぜ、蛙は。
駆け出し時代だってそうだ。
「あんまり好きじゃなかった。見た目嫌いだし」
「そうか?ちゃんと下処理すりゃなかなかだぜ」
「……期待しとくわ」
どうやら、襲われていたのは商人と護衛冒険者の一団だったようだ。
オレが到着した時には散乱した木箱はあらかた回収され、荷馬車の修理がされている最中だった。
商人と思われる小柄な男に声を掛け、先行した仮面村娘の同行人だと説明すると、ほっとしたような表情をした。
声かけづらいのは分かるわ、オレだってできねえよ知り合いじゃねきゃ。
ピンチに突然現れて、一撃の元に強敵を始末する仮面の村娘。
……こええよ。
下手な事言ったら一緒に始末されそうだもの。
聞けば、仮面村娘はなにやらフレンドリーに話しかけてきたらしい。
余計に怖いわっ!!
まあ、先行させた責任もあるんで、いろいろ話を盛りつつご理解いただいた。
暁からの情報が出回ってたお陰か、護衛の人数を増やしたまでは良かったが、集まったのは低級冒険者。
こちらの攻撃がまるで通らなくての防戦一方だったらしい。
暁も昔こいつに苦戦したよなー、と思い出し笑いを浮かべた。
それが、僅か一閃。
どこからともなく、それこそ風のように現れた小さな影。
スカートの裾を翻した、恐らくは少女と思われるその影は、軽く剣を一振り。
一瞬にして、グラトニーフロッグが沈黙。
あまりの事に、誰もが声を上げることすらできなかったそうだ。
そんなわけで、グラトニーフロッグの話。
とどめを刺したとはいえ、本来であれば護衛冒険者集団の獲物。
優先権は当然彼らにあるわけで。
討伐証明部位を持ち帰れば報奨金、肉は珍味として高価買取の優れもの。
固辞されたが、オレたちが受け取るのはやっぱり筋が違うわな。
妥協案として、肉をひと固まり貰っておくことにした。
食材ゲットだぜ!
下級冒険者の彼らが持つマジックポーチは性能がやや悪いため、商人のポーチに預かってもらうらしい。
臨時収入にほくほくの彼らを見て、懐かしい気分になった。
エリカの先行ダッシュのおかげで皆、軽傷程度で済んだことも、なおよかった。
++++++++++
商人たちと別れ、再び街道を進む。
エリカは時折、空を見上げていた。
何かあるのだろうかと思ったが、言ってこねえなら、あえて聞くまでもねえ。
途中、グラトニーフロッグの肉で昼食。
余計なことをせず、素焼きで、塩を振った。
美味しそうに、それを頬張るエリカ。
「そろそろ、来そうだわ。空が、歪んできてる」
「別になんも変わらねえように見えるが……どっちだ、来るのは」
空はどこを見回しても昨日と何も変わらない、秋の空。
視線をぐるりと巡らせてから、戻す。
「空から来るのは魔王軍。勇者隊は、違う」
「どう違うんだよ」
「彼女たちは転移してくるから。あたしか魔王軍の場所が分かれば、一瞬ね」
「逃げれねえのか」
「無理ね。さっきので、多分気付かれた」
グラトニーフロッグか。
あそこでやらない選択肢もあったろうか、いやないな。
ならば、腹くくるしかねえか、オレも。
「そうか、じゃあ今のうちに腹一杯食っとけ」
「ん」
そう言ってオレは自分の分の肉をエリカに差し出した。
エリカはそれを受け取り、無言で食べる。
オレは追加の肉を、ありったけ焼き始めた。
食べる、食べる、食べる。
これから来るであろう何かに備えるべく、食べた。
美味しそうに。
……この場面必死に食べるとこじゃね?なに美味しそうに食ってるのよ。
そんなオレの心配をよそに、貰ってきた肉を食べきった。
四次元ポケットかよ。
女には秘密のポケットがあるとかいうアレか?
「いやー食べた食べた。満腹だわー。あ、お茶ちょうだいレダ」
「呑気すぎんだろお前」
「だって、来るもんはしょうがないじゃないの」
「そりゃそうだがよ」
「だったら最高のパフォーマンス出せるようにしとかなきゃ、ね」
エリカは体を伸ばし、ストレッチを始めた。
……格が違うねえ、勇者様はよ。
一見、無理してるように見えねえとこも流石だ。
オレがここで慌てても、それこそ屁の役にも立たねえわ
オレは溜息を吐いて、湯を沸かし、食後の茶の用意を始めた。
「で、どうすんだ」
湯気の立つカップをエリカに渡す。
オレは茶を啜りながら聞いてみた。
「そうね、来るまでまだ時間あるかもだけど、下手に動いて足場の悪いとこだと不利だし……ここで待ちましょうか」
「そうか、オレはどうすりゃいいんだ」
「そばにいてくれると、嬉しいかな。勿論、遠く離れてた方が安全だけど、間に合わないかもしれないし」
「勇者様ご希望とあっちゃ、選べる立場じゃねえな」
出来るだけしみったれた空気にならないよう、おどけて見せる。
エリカは、ちょっと申し訳なさそうに微笑んだ。
そんな顔してほしくねえなあ。
焚火の始末と道具類の片づけが終わった頃、エリカが口を開いた。
「ごめんね」
「今更だよ、ちょっとこっち来い」
「ん」
オレが岩に腰を下ろすと、エリカは立ち上がり、オレの横に座り直した。
オレは、彼女の肩を優しく抱く。
彼女が頭をオレに寄せると、髪が揺れ、ふわりと良い匂いがした。
お日様の匂いってやつだな。
「何か言っておきたいことあるか?」
「んー、ないかな。言うと、離れられなくなりそうだし」
「それでもいいぞ、別に」
「駄目よ、それは」
「そうか」
「ん」
互いに言葉は減っていき、最後は無言。
オレの目には、晴れ渡った秋の空。
エリカの目には何が見えているのだろうか。
別れの時を、ただ待ちわびて。
あまりの何もなさに、欠伸が出そうになった頃。
「来たわ」
エリカが、オレの腕を抜け立ち上がった。
見上げれば凛々しい少女の顔。
平凡で、どこにでもいそうで。
だが、勇者。
そんな彼女が見上げた先には。
「何だ……ありゃ」
爽やかすぎる秋の空に、穴が開いていた。
穴としか表現できない、吸い込まれそうなほど黒い深淵。
「あっちと、こっちを繋ぐゲート。あたしが放り出された時に綻んだみたいね」
そのゲートと呼ばれた穴から、黒い点のような物が次々に生み出される。
黒い点のような物は、どうやら落下しているようで、次第に大きさを増した。
「あれが魔王軍。魔王種の精鋭部隊ね。」
「魔王軍……」
エリカに聞いていたとはいえ、英雄譚の中でしか登場しないような強敵が、空から降ってきている。
それも、一つや二つではく、無数に。
「魔王はいないみたいだけど、数は多いわね。
もう少し回復してれば、上で片付けられたのに……待つだけなのは、悔しいわ」
剣を握る手に力を込め、エリカは空を睨んだ。
「おい、エリカ。本当に——」
「安心して。あなたはあたしが守るから」
あれを全部倒すから、とは言っていねえな。
精一杯の、強がり。
オレは、それ以上何も言わず、弓を取り出し矢をつがえた。
敵はいまだ、遥か空の上にいる。
「来るわ。痛いかもだけど、離れないでね」
「何が……おぉ?」
明滅する光の粒が、あたりを満たした。
キラキラと瞬くそれを見ていると、優しく、吸い込まれそうになる。
思わず手を伸ばそうとしたところを、エリカに掴まれた。
「駄目よ、誘われたら終わり」
「なん……っ!!」
次の瞬間、全ての光の粒が激しく光り、視界を埋め尽くした。
途端に襲い来る灼熱、一瞬で気を失いそうになる。
全身から汗が噴き出るのが分かる。
体中の水分が蒸発していくようだ。
渇き切った喉をかきむしりたい衝動にかられた。
やべえ……み……みず……。
「惑わされないで、これも、誘いよ。あたしのそばにいれば、絶対安全だから。
いいわね」
エリカの声が聞こえた瞬間、体中に水分が満たされたような気分になった。
幻かなんなのか、これは?
まだ、灼けるように熱いが、耐えられないほどじゃねえな。
やがて、光が消えた。
身を焦がす熱さも、和らいだ。
だが、戻った視界に見えたものに、オレは絶句するしかなかった。
岩が、地面が、木々が、全て焼け爛れぐずぐずになり、赤黒く溶けていた。
視界に広がる、死の大地と思える光景。
そこに、次々と降り立つ異形。
それはまさしく、異形としか言えない連中だった。
魔王種精鋭部隊、通称魔王軍。
圧倒的戦力を持ちながら、必ず勇者に撃退される悲しき脇役。
とはいえ人類に、それもしがないBランク冒険者の手には余りまくり。
英雄譚の人気エピソードが、再現されようとしていた。
うわあ……見たくねえ。
横に立つエリカに縋るような眼を向けると、彼女は、笑っていた。
オレは、ふうと溜息ひとつ吐き、震える手を落ち着かせた。
「やるわよレダ。信じて」
「おうよ。任せたぜ、勇者エリカ」
エリカの体から湧き出た赤い魔力が、オレと彼女の身体と優しく包んだ。
++++++++++
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