第15話:やらかしすぎた女
やる気を見せるエリカを、宥めて抑えてなんやかんや。
無理をしない範囲で頑張る、という案で落ち着いた。
エリカの落下が原因だとしても、エリカのせいじゃあ断じて、ねえ。
世界が認めても、オレだけは絶対認めてやんねえよ。
街道から随分と逸れてしまったが、今更街道に戻るのも面倒と、勇者センサー頼りに次の経由地を目指すことにした。
なるはやで。
ちょっぱや厳禁で。
時々オレの方をちらっちら窺ってくるが、ガン無視だ。
あんなんされたら、オレの幼気な膀胱とチキンハートがブレイクしちゃうぜ。
がんばって早足駆け足してんだから、そんな不満そうな目で見るな。
お前の笑顔と同じくらい大事なんだよ、守りたいんだよオレのズボンをよっ!
道中、2体の魔王種魔力持ちと、その魔力のない十数体の魔獣をさくさくと。
念のため、討伐証明部位の確保だけは忘れずに。
街道が遠目に見える高台で野営することにした
エリカが剣を軽く一振りしただけで、更地になったのはご愛敬。
勇者パワーマジ有能。
昼間さくさくした魔獣から、美味そうな部位を幾つか調達出来たため、夕飯はそれらを焼くことにした。
魔王種魔力持ちは、通常種であればかなり美味なものもあったが、流石に何が起こるかわからないので惜しみつつ捨ててきた。
香草と調味料をまぶした肉が炙られた臭いが、鼻孔をくすぐり、食欲をそそる。
大量の肉が、あらかたエリカの腹に入ったのには、見慣てても苦笑いしか出ねえ。
食後の茶を啜りながら、二人で夜空を見上げる。
「順調だなー」
「もっと早く行きましょうよ」
「うるせえ我慢しろよ」
「なんならあたしひとりで」
「そんなん駄目に決まってんだろ。途中でまた気絶したらどうすんだ、誰が拾うよ」
「もう、ならないわよ」
「信用ならんね」
「レダ役に立たないのに……」
「さっきお前の腹に入ったもんは、誰が作ったと思ってんだ大食いギャルが」
「……成長期なのよ」
「どんだけ燃費悪ぃんだ、育つべきとこに回ってねえじゃねえか」
「こ、これはっ……後回しなのよ。ものには順序ってのが……」
胸を隠すエリカ。
どこが、は分かってるらしいな。
別にそれが悪いと言ってるわけじゃねえ。
「赤くなってんじゃねえよ可愛いじゃねえか」
「なっ!?不意打ちは卑怯だわっ」
「勇者様の不意を突ける男、それがオレ!」
「なによそれ……」
ほんの10日ちょっと前には赤の他人、それも住む世界すら違う一組の男女。
そんな二人の、淀みない流れるような会話。
満天の星空の下、静かに時は刻まれる。
それから、二人はいろいろな話をした。
聞くのが躊躇われてた勇者隊の話も、今更だ。
そして、エリカの勇者としての活動——勇活についても。
聞く覚悟だけはとうに出来た。
だからといって、それをどうにかしてやることは、オレにはできねえが。
背負ってるものの、欠片だけでも引き受けてやりたくて。
勇者隊の一員で枢機卿の孫娘、リリィについて話す時だけ、少し嬉しそうだった。
良くしてもらったという話だが、それが本心でないとは、出来れば思いたくねえ。
王族貴族入り乱れての権力争いとか、心底反吐が出そうな話はノーサンキューだ。
一区切りついて、遠い目をするエリカ。
「なあ、このまま逃げるってのはナシなのか」
エリカはオレの方を振り向き、少し困った顔をしてから、再び遠くに目をやった。
「無理ね」
「そうか」
エリカは一言、オレも一言だけ。
彼女は立ち上がる。
「明日も早いし、そろそろ寝るわね。途中で交代するから起こしてちょうだい」
「あ、ああ先に寝て……じゃねえ、待て待て待てっ!!」
「どうしたの?まだお話したいの?」
「ちげえよそんなんじゃねえよっ。お前寝たら朝までぐっすりだろ起きねえだろっ!!」
「信用ないのねえ、酷いわ」
「酷くねえよ真実だよ、こないだ、さんざん起こそうとしてエライ目に遭ったぞ!」
「記憶にないわ」
「そりゃ寝てたからだろうが!!」
「じゃあどうするのよ?」
拗ねたように口を尖らす。
オレは深く溜息ひとつ。
「お前が先に起きてろよ。眠くなったら交替でいいから」
「そう?じゃあもう眠いわ」
「もうじゃねえよ、少しは辛抱しろよっ」
「うるさいわねえ、だったらレダも眠ればいいじゃないのよ」
「そんなこと出来るわけっ……念のため聞くが今の睡眠時勇者センサー範囲は?」
「そうね、大分回復したし……50mってとこかしら」
「……マジだろうなぁ。これで魔獣にご馳走様された日にゃ化けて出てやるからな」
「エルダーリッチぐらいまでなら余裕だから、その上を期待してるわ」
「……無茶言うなよ」
見たことも会ったこともねえわ、そんなん。
その更に上とか期待しすぎだ馬鹿野郎、死んだBランク冒険者なめんな。
その後、先にテントに潜ったエリカを見送り2時間ほど夜番をしたが、昼間の疲労が限界であったか、いつの間にか意識を失っていた。
翌朝、目を覚ました時にはエリカはまだご就寝中、何事もなかったのだろうか。
遠くで狼か野犬の遠吠えは聞こえたが、近づいてくる気配すらなかった。
本能的に強者を避けている可能性もあるが、あえて聞くこともあるまい。
エリカの起床を待って朝食を済ませ、野営地をあとにした。
街道に戻ったオレたちは、足早に次の村を目指す。
人目に付かないよう街道を避けることも考えたが、街道を行き来する者たちへの注意喚起も必要と考えての行動だ。
幸い魔王種魔力持ち魔獣を探す為の勇者センサーは、常時発動中。
街道を使う連中も余裕で感知できるらしく、エリカの素顔を見られずに済んだ。
仮面村娘に、ある意味別の視線を向けられながらも、適当にごまかす。
高ランク魔獣出現については、皆知っていた。
道理で護衛の人数が多かったわけだ。
先の村々にも、既にイケメンたちが情報を伝えているらしい。
流石イケメン仕事が早えな、そこに痺れる憧れるぅ。
お互いに十分気を付けろと、挨拶を交わして別れた。
センサーに掛かった獲物2体と、ついでに害のありそうな魔獣を適当に始末。
その日の夕方前にはパガロ村へと到着した。
……めっちゃ疲れたわ。
しかし、隣には、涼しい顔で汗ひとつかかないエリカ。
情けねえなあ、オレ。
すぐにでも倒れたいのを我慢して、情報の確認。
どうやらパガロ周辺に落ちたらしい数は4つ。
そのうち2つは、おそらく道中始末してきた物。
残りは2つか……背後をチラ見すると、勇者様が鼻をふんすと鳴らしていやがる。
やる気満々かー、そだよねー、今日あんま暴れてないもんねー。
「……行ってくるか?」
「いいの?」
玩具をもらった子供のようなキラキラした瞳。
今から遊んでいいの?いいの?って感じで尻尾がふりふりしてるのすら見えるわ。
「オレはもう動けねえからな。無理だけはするんじゃねえぞ」
「おっけー、夕食までには戻るわっ!!」
言うが早いか、ウッキウキで飛び出してった。
スキップだよな、あれ……。
勇者様楽しそうだなー。
エリカの姿が見えなくなるのを確認して、オレは地面に大の字で倒れた。
「やべえよマジ限界だよ」
……男はつらいわ。
オレは、一足先に宿屋入りし、部屋の寝台で疲れた体をほぐしていた。
「レダ!帰ったわよっ、お腹すいた夕食まだかしらっ!!」
ばばーんと謎の仮面村娘ことエリカが戻ってきた。
「……はええな。まあ、どっかで往生しなくてよかったわ。で、何体だ?」
呆れたようなオレの質問に、腰に手を当て誇らしげなエリカ。
悪い予感がする。
「例のやつは話通り2体ね!あと、ついでに5……6体かな!
全部知らない魔獣だけどねっ♪」
「一応聞いとくが、そいつらどうした?」
「もちろん持ってきたわ!美味しいのもあるんでしょ?中には」
エリカが、褒めてー褒めてーって顔してやがる。
昨晩食ったの肉に味を占めちまったか。
「……どこにある、それ」
「流石にみんなびっくりするだろうし。塀の外?」
エリカは何故そんなことを聞くのかと首をかしげた。
ああもう……これだから勇者様は。
「めんどくせぇぇぇぇぇ……」
オレは天を仰いだのち、疲れ切ったか体に鞭打って部屋を出た。
積み上がった魔獣の死体を見て、震えあがり腰を抜かす村人ズ。
異国出身実践剣術の達人Aランク冒険者並みの実力者。
……と、やや大げさに設定を盛って、無理やりごまかすことに。
若干、疑いの眼差しを向けられながらも、その晩の歓待っぷりは凄かった。
エリカの大食漢振りも、おお流石異国のAランク様!ってなもんで。
もちろん素顔は見せられねえので、理由を言って衝立を用意してもらった。
機嫌損ねたら命がないと思われたんじゃねえかって気もするが、当人が気持ち良さそうなので、まあいいか。
しきりに頭寄せてきたので、思うさまガシガシと撫でてやった。
「うふふ、楽しいわね……レダ。こんなのも、悪くないわ」
「そうだな」
ああ、悪くねえ。
++++++++++
「だいぶ回復したわね」
「そりゃよかった」
村で提供された宿屋の一室。
オレの部屋に、エリカとオレはいた。
彼女は掌の開閉を数度繰り返し、何かを確認するように言った。
オレはそれを知るすべはねえから、見た目少女の言い分を信じる他ないがな。
「で、どんくらいだ?」
「ん、10%……20%近くはいってるかも」
「全然じゃねえか。そういうのはまだまだって言う——」
「そうでもない、わ」
オレが呆れるのを見もせずに、窓の外を見ながら呟くエリカ。
その横顔は、少し寂しそうだ。
「ねえレダ」
「なんだよ」
エリカがオレの方を向いた、作ったようなぎこちない笑顔で。
「キス、しよっか」
「なに言ってんだお前。酔ってんのか」
「飲んでないわよ。あんなもの飲んでも酔わないし、あたし」
あんなものとは酒の事か。
酔わないのは体質か、勇者パワーか……どっちでもいいか別に。
「エリカお前、最初っからべたべたしすぎてたとは思ってたが……まさかオレに惚れてたのか?即落ち恋愛体質ヒロイン様か?」
「んなわけないでしょ。あれは、ちょっとだけ嬉しかっただけよ。
少しだけ、子供の頃を思い出したってのもあったけどね」
「お前ぇ……ガキの頃まっぱであたり構わず抱きついてたのかよ。
とんだ痴女だな、勇者様の黒歴史ひでえな」
「は、裸なわけないじゃないっ、服ぐらい着てたわよボロかったけどっ!!
そ、それに、抱きつきまくってたとかそういうんじゃ……ないし……」
「自分の素顔を知ってて、触れてくれる相手がいて嬉しいってか?」
「っ!?分かってんなら茶化さないでよね!!」
「だって面白えじゃん。可愛い顔見れるし」
真っ赤になって抗議するエリカ。
中身が25歳人類最強だということを忘れそうなくらい、小さく、平凡な少女。
「で、痴女様がいきなりキスをご所望とはこれ如何に」
「痴女言うな、せめて勇者にしといてよ」
「はいはい勇者様」
「……やっぱそれもなし、今だけはエリカって呼んで」
「わかったよ、エリカ。理由を聞いてもいいかな?
だいたいは察してやれるけど、お前……じゃなくて、君の口から聞きたい」
「ちょ、いきなり真面目にならないでよっ、恥ずかしいじゃない……」
「こういうのもご希望かと思ったが、違ったか。わりいわりい。
じゃあとっとと言えよ。オレに出来ることならしてやるからよ」
オレは、なるべくおどけて見せた。
エリカはクスリと笑った。
「思い出がね、欲しいの。勇者としてじゃなく、ただのエリカとして」
「……キスだけでいいのか?」
オレの問いに、エリカは一瞬躊躇ったような顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。
「それはちょっとだけそそられるけど、殺されるわよ。レダが」
「ヒットマン来ちゃうかーやだなーそれ」
「でしょう?キス位なら、ばれないって、多分ね」
「多分ってなんだよ、心配になっちまうじゃねえか。
これから毎晩枕高くして寝れねえのかよオレは」
「それくらい我慢しなさいよ、勇者とのキスでお釣り来るわよ」
「勇者じゃねえだろうがよ、ただの村娘のキスだぜ。大赤字じゃねえか阿呆」
貴族の貞操は政治の道具だと聞く。
それが勇者のものなら、何をか況やってやつだろう。
まったく、面倒というか馬鹿らしいというか……ホント反吐が出そうだわ。
勇者に選ばれちまった少女の、人としてのささやかな望み。
恋愛も結婚も、その先の人生も、自由に選ぶことは叶わないってか。
オレは座った寝台を手で叩いて促す。
「ほれ、来いよ」
「ん」
エリカは、おずおずと、申し訳なさそうに横に腰かけた。
見た目少女の肩が、緊張のためか小さく震える。
「こんなことで緊張すんなよ、25歳」
「……初めてなのよ、緊張ぐらいするわよ、失礼ね」
「そりゃそうだ。それはそうと、本当にオレでいいのか?」
一応聞いてみた。
エリカは、オレの顔を見上げ、頷く。
「好みじゃないけど、他にいないし。この際我慢するわ」
「悪かったな、イケメンじゃなくて」
「ウィルさんだっけ?素敵な人だけど、遠慮しとくわ」
「なんでだ?理想高過ぎんじゃねえのか、選り好みはよくねえぜ」
「そうじゃないわよっ、だって……奥さん怖そうじゃない」
「ぷっ、そりゃそうだ。じゃあオレで諦めといてくれ」
「悪くは、ないしね。そうするわ」
腕越しに伝わる緊張も解れたようだし、これ以上の会話は必要なかろう。
オレは、エリカの肩に腕を回し、小さな体を引き寄せた。
やや強張りを感じるものの、それは拒否でなないことは分かる。
顔を近づけ唇を、寄せ。
彼女の目が、ややきつく閉じられたのを見て、オレも目を閉じた。
優しく、触れるだけの口づけ。
永遠か、一瞬か、わからない時間が流れた。
少女から、ごく僅かな拒絶の反応が伝わる。
満足したのか、それとも、これ以上は駄目ということなのか。
どちらにしても、これで終わりだ。
オレは唇を離した。
エリカの名残惜しそうな目に、罪悪感を刺激されつつも。
「これでいいか」
「ん、これ以上してたら。我慢できなくなるもの、レダが」
「オレがかよっ、妄想でぱんぱんな25歳処女に言われたくねえよ」
「そっ……そういうことにしときなさいよっ、デリカシーないわね」
「やれやれだぜ……」
エリカは勢いよく立ち上がった。
「もう寝るわね。明日も早いんだからちゃんと寝ときなさいよっ」
オレに背を向けたままそう言って、扉に手を掛けたところで振り向いた。
「ありがとレダ」
小さく微笑んで、部屋から出て行った。
オレと小さな勇者エリカの、短いモラトリアムの終わりが近づくのを感じた。
翌朝、お得意の数十本同時伐採剣術を披露したところ、村人ズはいろいろ納得してくれたようだ。
お忍びにつき他言無用とは頼んだが、どうなることやら。
仮面のAランク冒険者セリカ、ここに爆誕!!
この設定を使う機会が、あとどれくらいあるのだろうか。
痴女仮面よりマシかなーマシだといいなー。
++++++++++
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