第14話:悲しき行き遅れ

「こりゃぁ……」


 思ってたよりずっと、事態は緊急性を要してたのかもしれん。

 エリカを優先して、あいつらに相談しなかったのはマズったかねぇ……。

 沈黙したミストスパイダーを前に、にっこにこの村娘(25)。

 その笑顔と引き換えに、事態の目測あやまっちまったか。


「で、どうする?これ。消しとく?」

「一応は今回の事件関連の重要証拠だしなあ」


 ストームベア以外の魔王種魔力持ちが出てくるとは、正直思わんかった。

 あまりエリカにはそこら辺話させたくもねえけど、そうも言ってられねえか。


「なあ、エリカ——」

「あ、そうそう。こいつがいた近くにねー、落ちてたよ、やっぱ」


 道端で小銭拾っちゃった♪ぐらいの気軽さで言うなよ……。

 聞いてほしいってなら、聞いてやるしかねえよなあ。


「……何をだ?」

「ん、魔王種の残骸。たぶんだけど、あたしがやっつけた魔王軍のかな。

燃え尽きかけててはっきりしないけど、間違いない」

「魔王軍の……残骸っ?そりゃ滅茶苦茶物騒じゃねえか!」

「あー、大丈夫よ。それ自体はただの欠片。空っぽだった」

「そうか、なら……空っぽってどういう意味だ?」

「魔力が完全に抜けてたから。」

「エリカが大丈夫ってんなら、それ以上の安心はねえけど……ん?

欠片の——残骸の魔力が抜けてたって言ったな。まさか……」

「そう、その、抜けた魔力のせいで、これが出来た……かな?」


 うわー、聞きたくなかったなー。

 てかアレか?こいつらが空から降ってきたんじゃなくて、降ってきた物が落ちてきた場所で、こいつらが生まれたってことか。


「下位種、ていうかそこらへんの小さな蜘蛛が魔王種の魔力吸っただけで、これになったとしても不思議はないわねー」


 おいおい、すっげえヤバい事態じゃんか緊急事態スクランブルだよ。

 オレは言葉が出ない。

 オレの沈黙を理解と受け取ったのか、軽快に話し続けるエリカ。


「あのベアといいミスト?といい、この程度にしかならないなら大丈夫でしょ?」

「だ、大丈夫じゃねえよどこが無問題だよっ、ありまくりだよ超ピンチだわ!!」

「あたしがいるじゃないの」

「そりゃそうだが……」

「次の目標はあっちに10km、ちょいかな。行くわよ」

「目標?行くってなにをっ——うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!!」


 お母さん、お元気ですか?オレも元気です。

 お母さんが作ってくれたシチューの味、忘れません。

 綺麗なお花畑の先で、微笑んでいたような気がしましたが、気のせいでしょうか。

 天使もくるくる楽しそうでしたよ。

 近いうちに、村へ顔出したいと思います。

 生きていたら。


「し…死ぬかと思った……」

「なによ、だらしないわねぇ、男でしょ?」

「男とか女とかそんなちゃちな分類すんなよ、比べるなら勇者とその他人類にしとけ規格外すぎんだよ。やるなとは言わねえけど一言言えよこんちくしょう……」

「早い方がいいでしょ?あ、濡れたズボンはちゃんと洗いなさいよ、臭いわ」

「うるせえ、今洗ってるよ、こっち見んな。オレの象さん見せるぞオラ……」


 息も絶え絶えに抗議するも下半身丸出しのオレ。

 漏らしちゃったんだからしょうがない。

 ……しょうがないんだよ!!

 ちなみに今オレの象さんは恐怖のあまり小象さんなので、見られたくはない。

 どうしてもと言うならやぶさかじゃないけどな!

 エリカも、そんなオレの気持ちを汲み取ってくれたのか見たくないのかは知らんが、ちょっと離れて顔を背けてくれていた。

 ハートブレイクBクラス冒険者オレ。

 まったく、空が青いぜ……ぐすん。


 僅かばかり前、エリカはオレを抱えると、物凄い勢いで走り出した。

 跳んでいる、というか飛んでいるとでもいうくらい軽やかに、そして速く。

 そんな未知の体験に、オレの心臓は跳ね上がり臓器がシェイクされた。

 うわあ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬしぬしぬしぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ——。

 声にならない声で叫びつつ、少女の体に必死にしがみつくオレ。

 恨みがましい目で睨みつけると、微笑みが返ってきた。

 THE勇者スマイル。

 楽しそうなのは大いに結構コケッコー、出来ればオレを置いて行ってくれ。

 そんな悲痛な願いもガン無視で、走る走るメロスのように。

 流れる景色は走馬灯のよう。

 そんな永遠とも思える責め苦もいつかは終わる。

 明けない夜はないと偉いひとも申しますしおすし。

 すしって美味しいって言うよね!

 笑顔の勇者エリカが、更に速度を上げオレが死を覚悟した次の瞬間。

 一閃。

 流れるような剣の煌めきが、視界に映った。

 そして、流れる景色は止まり、オレは優しく地面に下ろされた。


「やったわ」


 と、事もなげに言ったエリカの目に促されて、振り向く。

 そこには、体を真っ二つにされたもの転がっていた。

 岩山のような甲羅を持つ、巨大な亀。


「キャノンタートル……か、ありゃ」

「そうなの?知らないけど」


 勇者は涼しげにに言った。



++++++++++


 このまま勇者の獅子奮迅八面六臂の活躍で、群がる魔獣をばったばった。

 と、上手いこといかないのは話のご都合でもなんでもなく。

 単純に、それが出来ないだけの理由があった。

 それはエリカ自身。

 つまるところ魔力の回復がまだまだたった。

 勇者センサーと勇者ラン(オレ命名)、そしてただ一撃とはいえ渾身の剣撃。

 討伐した魔獣からちゅるんと出来ても、差し引き収支はごく僅か。

 世知辛い自転車操業これいかにってやつだ。

 最初の、ストームベアから吸い取ったときは魔王種魔力だと気付かず、魔力酔い?のような症状を起こしたらしい。

 空腹での行動不能にも、なるべくならないよう出力を抑えているそうだ。


 現在魔力回復5%(エリカ自己申告によるもの)。


「魔大陸なら三日三晩余裕なんだけどねー。

あ、魔大陸のある魔界ってね、時間の概念?とかいうのがないらしいのよ」


 昼飯頬張りながら、不穏ワード出るわ出るわ。

 言っていいの?ねえっ。

 もうちょっと黙ってくれねえかな、キスしたら黙るかな可愛い唇だぜ。


「そうそう、言ってなかったわよね。あたしがこっちに落ちてきた理由」

「お、おう」


 聞きたくなかったから聞かなかったけどなっ。


「あの時……確か第四魔王だったかな?にやられちゃってね。

魔力すっからかんになって魔界から弾き飛ばされたみたいなの」

「みたいってのは、何でだ」

「今までそんな負け方した事なかったし。

だけど、弾き飛ばされた時の感覚はわかった。

あたしと勇者隊が、魔大陸に跳ぶ時のと似てたからさ」

「そ、そうか」


 言われてもコメントしづれえわ!

 大変だったね(キリっ)!とかやるのか?イケメンスマイル持ってねえよオレ?


「あの時はさすがに、これで死ねるなーって思ったんだ……けどね」


 エリカは遠い目をして呟いた。


 死を覚悟したのに、死ねなかったのか。

 死にたかったのに、死ねなかったのか。

 思い出すはエリカの言葉。

 ——勇者隊は、勇者の死を望んでいる。


「勇者隊のせいか?」

「ううん、違う……違わないかもしれないかな。ちょっと、疲れてたかも」

「勇者隊に死を望まれて……」

「それもある。けど、それも分からなくもないかな。あの子たちの気持ちも」

「勇者に死んでほしいなんて気持ちわかるかよっ」


 皆の憧れ勇者様。

 その勇者譚に、老いも若きも男も女もうっとりしっとり聞き惚れる。

 そんな勇者の死を望むなんてことがあるわけがない、あっちゃいけない。

 

「ねえ、勇者譚でさ、役目を終えた勇者の結末って知ってる?」

「そりゃぁ……」


 なにをいきなりとは思うが、聞かれたからにはい意味があるのだろう。


「男なら、姫さんとめでたく結ばれ、女ならその逆で王子様あたりが定番か」

「そうね。だったら、そのお姫様や王子様が勇者隊だったとしたら?」

「うん?意味がわからねえんだが」

「勇者が、勇者隊の誰かと結ばれるってこと。そして、あたしの勇者隊は」

「女だけって言ってたよな。まさか……」


 いや、ちょっと待て。

 そんな話なのか勇者隊って連中は。


「そう。当代勇者は女。そして、当代勇者隊も、女」

「……それじゃ結婚はできねえな」


 そんなの、心底どうでもいいことじゃねえのか?

 世界の脅威、それが魔王だったとしても。

 勇者が颯爽と現れて、魔王だろうが何だろうがやっつけて。

 それでめでたしめでたしでいいじゃねえか!!


「それでね、この10年、誰も生まれなかったの」

「…何が、だ?」

「勇者隊の権利を持つ王族と貴族直系男子が、ね」


 ……え、なにそれ勇者隊の権利?貴族直系男子???

 あまりに突飛すぎる内容に頭がぐるっぐるしてきやがる。 

 冒険譚の結末……勇者隊……生まれない男……。

 

「それでさ、思いついたのよ……」

「なにをだよ」

「当代勇者の交替」


 ああ、その為の死、か。

 なんとなく気付いてたが、エリカの口からは聞きたくなかった。

 だが、新たな疑問が浮かんで、口から滑り出す。


「だがよ……代わりの勇者ってのは、いるのか?」

「そんなのいないわ。当代勇者は唯一無二」

「だったらどうすんだよ」

「次の神託に懸ける……のかな」


 自嘲気味な笑顔を見せるエリカ。


「なんじゃそりゃ!?

そんな不確定な未来のために勇者死なそうってのか馬鹿なの死ぬの?いや死ねよ」

「まったくよねー、あはははは……」

「……笑えねえよ、何から何まで」


 勇者を名乗る、目の前の小柄な女性。

 圧倒的な力を見せつけるも、今はただ、泣きそうな笑顔を無理に作るだけ。

 オレに出来ること、なんかねえのか。

 魔獣相手なら知恵と努力と、あと友情とかでなんとか出来ねえこともねえが。

 見たこともねえ王族貴族やらのどこかの国家中枢。

 そんな魑魅魍魎に対し、平民上がりの冒険者でしかないオレが。

 オレが守ってやる(キラ☆)とか言えねえよっ。

 話の重さがオレのキャパ超えまくりの激重だよ。

 くそっ、思いつきゃしねえわ。


 オレは煮詰まりつつあった鍋の中身を掬って、エリカの手の中にある器へ。


「ほら、食っとけ。腹が減ってはなんとやらってやつだ」

「……ん」


 なあイケメン。

 お前さんなら、こんな時どうする?

 優しく抱きしめて、心を解きほぐしちゃったりなんかしちゃったり。

 代わってくれよもう……。

 オレじゃ役者不足も甚だしいわ、返金騒動起きちゃうわ。


 ……助けてイケえもん!!



++++++++++

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