第13話:落し物は何ですか

 エリカとその親族、特にエリカ自身の美貌については他言無用と重ねて念押し。

 こういう時は、長年連れ添った、家族ともいえる関係だからこその安心安全。

 領主ご令嬢にだけは、その良心の呵責を利用しているところは、やや心苦しい。


 一方、暁が早馬も戻らぬうちに到着したのはまさに単純明快。

 転移魔法様様。

 それこそ今日、別件の依頼達成にギルドを訪れそのままひとっ飛び。

 まったく、お忙しいこって。

 だが。

 

「おいおい、おかしくねえか。

いくらお前らだからって、ストームベア討伐に準備なしで挑むつもりだったのかよ」

「それがね、持ってたんだよ」

「はあ?」

「その疑問ももっともだろうと思うよ。けど、僕らはその準備が出来ていた。

その意味は、レダなら分かるよね」

「達成した依頼ってのが……」

「ご明察。おかしいとは思わないかい?」

「ああ、ストームベアが同時期に2体。それがアストン領なら、異常だな」


 アストン領においては、という注釈付きにはなるがストームベアはレアな魔獣だ。

 オレたちの初討伐から4年で確か3体、だったか。

 それが2体同時、それも、それより劣る魔獣すらなかなか出現しない地域に。

 エリカとの会話が頭にちらつくが、それを今は口に出せねえ。


「だからさ。原因の調査含め指名依頼になったよ、暁他、いくつかのPTにね」

「指名依頼か。面倒だな、それは」

「原因については手がかりあるんだよね、実は」

「オレが聞かせてくれって言ってもいいもんなのか、そりゃ」

「ああ、是非聞いておいてほしい。セリカさんにも、ね」


 エリカにも、というのはストームベアの死体を見ての事だろう。

 アレを見たら、戦力になるだろうことは疑いがない。


「聞くのはありがてぇが、手伝えるかは、分からんぞ」

「無論だよ。君とセリカさんにもいろいろ事情があると聞くしね。

なにより、まだ冒険者登録されてないエリカさんを巻き込むのは、忍びない」

「ああ、すまねえ」

「10日前、このあたりに空から何か落ちてきたって目撃証言があってね」

「10日前……」


 それってエリカの事じゃ……


「それもひとつだけじゃなく、幾つも落ちてきていたらしいんだ。

関係は不明だけど、街道に大穴が開いていたらしいね。こことアストンの間の」


 それは、間違いなくエリカだなぁ。

 証拠隠滅(穴埋め)は考えもしなかったわ。

 それにしても……複数の落下物か、それもエリカ以外の。

 エリカみたいなのが沢山落ちてきたら……すげえいやだな。


「ファス村に隣接する森方面にも落ちてきてたみたいだね。さっき村長に確認した」


 おう、こっちも聞こうと思ってたことをあっさりと。

 流石イケメン抜かりがねえ。


「だから当面は、ドラフ周辺の村あたりまでの聞き込みと落下地点の確定作業かな

みんなが気付いてないだけで、魔獣が生まれてる可能性はあるしね」

「そうだな、ありえる話だ」

「君たち二人もドラフに向かうのなら、警戒はしておいてほしい」

「ああ、わかった」

「あまり無茶はしないでね。うちの奥さん心配するし」

「しないわよ、そんなのっ」


 イケメン嫁さんがそっぽ向いた。

 お前口悪いけど、いいやつだって知ってんだぜ皆

 でなきゃマドンナなんて呼んでやらねえよ。

 大昔にそう呼んで投げ飛ばされてからは、心の中でだけにしたけどな!

 やれやれだよ、ツンデレだよツンツンデレデレだよこんちくしょうっ。


「ところでさ」

「何だよ?」

「君たち、街道の大穴、何か覚えない?」

「ああ……」


 ない、と答えそうになって逡巡。

 これは、ひっかけだな。


「夕暮れに歩いてて滑り落ちそうになったわ。勘弁してほしいよまったく」

「怪我なかったのかい、ならば良かった。心配してたんだよ」

「オレなら気付かずに大穴落ちそうだってか?大きなお世話だバーカ」

「元気そうで本当に良かった。セリカさん、レダをよろしくね」

「え?ええ……」


 いきなり水を向けられたエリカが、言葉を詰まらせつつ頷いた。

 優しそうな笑顔のイケメン。

 イケメンマジイケメンだわー、その顔替わって欲しいわー。


「あんたもしゃんとしなさいよね」


 イケメン嫁さんに小突かれた。

 ……いてえよ手加減しろよ。


「それはそうとウィル」

「なんだいレダ。結婚式の招待なら皆喜んで参加させてもらうよ?」

「違わいアホウが。ここの分の依頼料はどうなる?

若干横紙破りとはいえ、タダ働きはごめんだぜ」

「大丈夫だよ。一括で暁分としてギルドに預かってもらっておくよ。

必要な時にギルド立ち寄ってくれれば、その分は支払いできるようにしておく」

「悪いな。無駄足になっちまって」

「レダに再会できたしね。早ければ、それだけ人の命も救われる」

「ああ、そいつはそうだ。それでこそ我らが暁のリーダー様だ」

「そうそう、君も含めての暁だからね。忘れないでよ」

「そう思ってるならディベラ嬢を不安にさせるんじゃねえよ。

オレの代理ってのが心苦しいってさ」

「そう思わせるつもりはなかったんだがね。だとしたらゴメンね、ディベラ。

領主殿には、確かに世話になっているが、それとは別問題。

君自身が望んで、それに足るだけの実力を示してくれた。

結果レダとは一旦離れることにはなったが、彼の方も……」


領主ご令嬢がちょっとうるっとしてたのを、リーシャが肩に手を置き頷いた。

領主ご令嬢以外の皆、生暖かい視線をオレに向けるなよ。

エリカはオレに寄り添っている。


「……なんだよ」

「いやいや、中々上手くいってるようで本当に嬉しいよ。ね、みんな」


 オレの精一杯の不満を、軽く受け流すイケメン。


「セリカちゃんに振られたら、アタイの胸で慰めてあげるわ」

「そんときゃ頼むわ」


 ドワーフ女子バルバラの軽口に、オレも軽く答える。

 女子とは言うが、種族的にはお年頃だが、オレたちよりずっと年上。

 ……女子って便利な言葉だなぁオイ。


「ならば拙僧はセリカさんを慰めますゆえ、遠慮なく」

「ふざけんなぶっ殺すぞ、お店のねーちゃん全部と手ぇ切ってから来やがれ」

「ふ……彼女らは全て拙僧の伴侶ゆえ、レダ殿の申しとあっても聞けませぬなあ」


 生臭坊主ボロックはどこまでも生臭だ、それでこそお前だ。

 ドラフまでの転送魔法を提案されたが、到着するのが目的じゃないと断った。

 

 暁はギルドへの報告のため一旦アストンへと飛び去って行った。

 転移魔法マジ便利ー。

 オレとエリカはそれを見送ってから、ドラフ方面へと歩き出した。

 落下物……魔獣……魔力……魔王種、そしてそれらをつなぐ勇者。

 面倒だが、見過ごせねえなぁ。

 言い忘れてたが、エリカ用の服はファス村で無事GETだぜっ。

 これで仮面痴女から仮面村娘に華麗にジョブチェンジだ!

 希望した服の丈やアレコレのサイズが違わないかと言われたが、そこはなんとか全力でごまかしたよ。

 エリカwith勇者パワー、ホント他人の目にどのように映ってやがるんだ??



++++++++++


 ある爽やかな秋晴れ、抜けるような蒼天が不穏を誘うそんな午後。

 一組の男女が街道を歩く。

 冒険者風の青年と、村娘風の少女。


「村じゃあ言い忘れたが、似合ってるな、それ」

「そう?10年ぶりくらいかしらね、こんなの着るの。もっとボロかったかも」

「可愛い村娘って感じだ」

「……どうせ中身も村娘よっ」


 口を尖らせ抗議するも照れてるのが丸わかりだ。


「それが今じゃ勇者様か」

「びっくりよ」


 家族から引き離され10年

 再会が二度と叶わぬと知ったとき。

 それがオレだったら…泣いちゃうなー、暴れちゃうなー。

 勇者の使命なんかぶん投げて逃げちゃうなー


「よころでさ、ポンコツ村娘エリカ」

「なによ、へっぽこ詐欺師レダ」

「村娘の服装備した勇者様って、他の連中にはどう見えるんだ?」

「なによ……あんたも美人がいいの?やっぱ」

「そうじゃねえ、単純に興味あるだけだ。絶世の村娘になるのか?」

「服はね、たぶん何着てても関係ないの。顔以外の記憶は残らないから。

ううん、その顔だってね……それこそ服装なんか、眼中にないらしいわ。

あたしの髪色、瞳色、肌色をした絶世の美女。なによそれって感じ」


 寂しそうに、悲しそうに。

 本当の自分は誰の目にも映らないし、記憶にも残らない。

 勇者エリカという名の偶像だけが、いつまでも語り継がれる。


「オレだけは、覚えておいてやるからな」

「……期待はしないわ。あ」

「あん、どうした花摘みか?」

「ええ、そうね。ちょっと行ってくる。見ないでよ」

「見ねえよ、安心しろはよ行け、漏らすぞ」

「も、漏らすわけないでしょ!すぐ戻るわ」

「おう」


 素直になったじゃねえか、良い傾向だ。

 そう思っていた時期がオレにもありました。


「ただいまー」

「おか……なんじゃそりゃ」

「ん?近くにいたからひと狩りしてきた。魔王種魔力持ちだったわ」


 村娘が引きずって帰ってきた。

 強大な蜘蛛、あの特徴的な模様は……。


「ミストスパイダーかよ。Bランクじゃねえか……」


 酸の霧をまき散らす巨大極悪蜘蛛。

 ストームベアほどではないが、それにしたって無策で挑める相手じゃねえ。

 それは、死闘の後もなく、一撃でその命を散らしていた。

 お前まで花摘み別の意味で使うんじゃねえ。

 花も摘まずに魔獣の命さくっと摘んでくんじゃねえよ!

 冒険者立場ないじゃん泣いちゃうよ?全米が泣いちゃうよっ!?


「……ちゃんと出すもんは出してきたのか?」

「っ!?おおおおおおおおおんなのこはおしっことかうんことかしないの!!!」


 ……ああ、花はちゃんと摘んではきたのね。


++++++++++

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