第12話:冒険者の弟子

「——という訳なんだ」


 締め切った狭い部屋の中で総勢7名、流石に狭い。

 寝台にはエリカ、その横にオレ。

 それを挟んでリーシャとドワーフ女子。

 一脚だけの椅子にはイケメン、これは順当だろう

 イケメンは領主ご令嬢に譲ったのだが固辞されて、彼女は部屋の隅で立ち見。

 生臭坊主は床にべた座りと慣れたものだ。

 イケメン夫妻以外の名は、追々語ることもあると思うが、今のところ省いておく。


 おれの説明に皆一様に思案の顔。

 最初に口を開いたのはやはりというか、この男、イケメン。


「なるほどなあ」


 うんうんと頷きながら納得してる風なイケメンことPTリーダーのウィル。


「こんな美人が冒険者見習いだなんて、大変よねえ」


 しみじみ語るはイケメン嫁さんのリーシャ。

 二人を口火にめいめい思ったことを口走る。

 ところどころに混じるエリカの外見への賞賛に、当の本人は怯えている。

 ……こういうのが嫌なんだろうな。


「みんな、すまないが彼女の、特に外見に関してのアレコレは、今はナシで頼むわ。

この美貌のせいで、いろいろ大変なんだ。今は、オレの可愛い弟子でもあるしな」


 オレはあえて可愛いを強調して言葉に出した。

 エリカははっとした後、頬を染めてオレを見つめ、オレの腕に手を添えた。

 皆からの生暖かい視線がキビシイわっ。

 エリカのあからさまな好意にしか見えない謎行動により、エリカの結婚やら仮面やらのくだりは全部すっ飛んでしまったが、まあしょうがなかろう。

 彼女の好意を得るだけの事をした心当たりがまるでないのが気にかかる。

 吊り橋効果?ないないあり得ないって、こいつ勇者エリカだぜ。

 ならば刷り込み……あり得なくはないが、ひよこじゃあるまいし。

 ついでに王子様のキスで目覚めたわけでもないし、なんだかなぁ。

 まあそれは二人の時に聞くとして、エリカの美貌はともかく、その恰好について誰一人触れてこないのはどういうこった。

 どう見てもこいつ痴女だぞ痴女。

 オレは寝台の脇に転がる仮面を手に取り、エリカに優しく手渡した。

 そしてマントを彼女に羽織らせ、前を閉じるように包んだ。


「悪かったな。馴染みの前で、ちょっと気が緩んじまってた」

「ん」


 エリカは軽く首肯すると、ダサい仮面を着けた。

 皆が残念そうな表情になるのが分かるが、知ったことか。

 オレは、おもむろに話しを切り替える。


「ストームベア討伐に関して、お前らに相談しなかったのは悪かったが、勝算が無いわけじゃなかったんだ」

「ああ、それは僕も是非知っておきたいところだね」


イケメンが喰いついてきた。


「彼女——セリカは特殊な剣術を扱えているようでね。

それが効きさえすれば、ストームベア討伐も十分可能と判断した。

冒険者見習いというのは、彼女の国には冒険者システムが存在しないからだ。

実践剣術においては、達人クラスらしい」


「達人か。上流階級が嗜む武器闘術は様々なものがある、と聞くね。

僕も大いに興味があるよ。是非、一度お手合わせ願いたいものだ」

「やめとけやめとけ。身贔屓抜きにしてもマジ死ぬぞ三枚に下ろされるぞ」


 イケメンがキラッキラした目で言うのを、オレは手をひらひらさせて見せた。

 イケメンの興味は、エリカの剣技かその美貌。

 イケメン嫁さんの目がちょっと細められたのがまた、興味深い。


「弟子を贔屓して、ではなくて逆ということだね。それは」

「ああ、そこらは手合わせ抜きにしてもストームベアの死体見りゃ納得もすんだろ。

ちょっと前に処理の指示してたから……急いだほうがいいぞ?」


 オレがイケメンの興味を逸らすと、どうやらこの場の連中は皆思うところがあるのか一斉に立ち上がり部屋を出ていく。

 最後に残った領主ご令嬢——ディベラ・アストン嬢は、皆のあとを追おうと部屋を出たところで立ち止まり、振り返った。

 

「うん?どうかしましたかアストン侯爵令嬢。忘れものでも?」

「レダさんは私が原因でPTを離れたとはいえ、暁の正式メンバー。

ならば私のこともディベラ、と呼び捨てください。

先日はお詫びも出来ず申し訳ありありませんでした」


 領主ご令嬢は静かに腰を折り、頭を下げた。

 オレは慌ててそれを止める。


「おいおい、貴族様が冒険者ごときに簡単に頭下げちゃだめだぜ」

「しかしそれではっ。父からは正式な謝罪もなく街を去られたとお聞きしましたし」

「お前の父ち——じゃなくてご領主様には思うところがあるのは事実ですがね。

けど、それはそれこれはこれ。

実戦力としてご令嬢——ディベラさんがオレより上なのですから、そこは気にすることじゃないっすよ」

「そうですか……」

「そうそう。それにほれ、そのおかげでたった二人でストームベア討伐ってぇ功績も挙げられたわけで、まあお互いさまってことで。

うかうかされてると、貴女のポジション奪い返しますよ?」

「それはちょっと……困りますわね。ふふ……」

「でしょ?では、この話はここまでってことで。皆既に行ってしまいましたよ」


 申し訳なさそうな領主ご令嬢が、笑顔になったようで重畳重畳。

 美人は笑っててナンボよ、やっぱ。

 すぐさま出ていくかと思いきや、今度は視線をエリカに移した。


「それで……セリカさん、でしたか。

レダさんを支えていただいて本当に有難うございました。

おかげで私も、暁の一員として全力が出せますわ」

「え……どういたしまして、でいいのかしら」


 エリカが戸惑いながらそう返した。

 まさかこの場で領主ご令嬢から礼言われるとは思わなかったろう。

 いつもお前が相手してる連中より、たぶん身分低いけどな!

 しかしこのご令嬢、聞きしに勝る清々しいまでのイケメンぶり。

 オレ程度じゃ付け入る隙もありゃしねえ。

 溜息吐きつつも、ひと先ず場が収まったことに安堵した。

 次の瞬間。


「セリカさん。貴女のお顔、以前どこかでお見かけしたような気がするのですが。

気のせいでしょうか?」


特大の爆弾ぶっこんできたよ。


「え……あの——」

「それはないでしょう。彼女は少し前にこの国を訪れたばかりですし。

ああ、もしかしてアストンで見てたりしません?

彼女は隊商を率いるご親族と共にアストン入りしてたはず……あっ」

「どうされましたレダさん?」


オレは口ごもるエリカを引き継いで設定どおりの出まかせを話す。

敢えて領主ご令嬢の興味を引くように冗長に。


「いやいや、確か彼女のご親族は身分を隠したお忍びだったと聞きました。

領主へのご挨拶もなかったかもしれません。

それが明るみになると、不敬となる恐れが……」

「迂闊に質問をした私にも非がありますし、父には申し上げないことを誓いますわ。

暁に誓って」

「その誓いを口にするとは、すっかり貴女も暁の一員ですね。安心しました」

「ふふ……そう言っていただけると嬉しいですわ

セリカさん、私の勘違い、謹んでお詫びいたしますわ

強敵を討伐したばかりでしたのに、長々と申し訳ありませんでした」

「え、ええ……」


 そう言うが早いか、領主ご令嬢は足早に去っていった。

 ようやく、部屋に沈黙が戻る。


 うひゃー、オレめっちゃ頑張ったよ!!

 我ながらよくもまあないことないことベラベラと。

 今年の主演男優賞待ったなし!

 ねえねえ褒めて、褒めていいのよ全力で。

 隣で静かに佇むエリカを見る。


「レダ……嘘ばっかり。詐欺師みたいね」


 ジト目で言い放ちやがった。


「ちょ、待てよ誰のために無い知恵絞って絞って嘘ひねり出したと思ってんのぉ?

ちみだよちみ、エリカちゃん勇者じゃんばれちゃ駄目じゃん、そこ分かってんの?」

「わかってるわよぉ……。あと……令嬢にやけに優しかった」

「えぇ……」


 エリカは不満げにオレの袖を掴んだ。

 

「……しょうがねえなあ」


 オレはエリカを引き寄せ、優しく抱きしめた。


「今んとこ、オレだけがお前の味方だ。それは忘れてねえよ」

「ん」

「だったら、信じとけ」

「ん」

「あとな、あいつらは…たぶんご令嬢もだが、信頼できる。仲間だしな」

「ん」

「いつになるかは分からねえけど、お前の事正直に話したい。

勇者拾ったって、自慢したい」

「ん」

「そんときゃ事前に相談するからな」

「ん」

「だから今はまだ、オレだけの勇者様、だな」

「ん」


二つの影がひとつになって、少しだけ静かな時間が流れた。



「レダっ!!君が言った通りセリカ嬢はすごいな!!」


ばばーんと勢いよく扉が開かれた。

イケメンとオレの目が合う。


「……えっと、おめでとう、かな?」

「……はええよ、空気読めよ」


 申し訳なさそうなイケメンに、呆れながらの抗議。


「ん、このままでいいわ」


離れようとしたオレを、エリカは放してくれなかった。


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