第10話:強すぎた女

 結果から言っちまうと、2日後に討伐は終了した。

 新たに起こった問題を残して。

 ただし、討伐それ自体は何の問題もなく。

 てゆうか問題何それというか。

 Bランク冒険者オレちゃんの存在意義は?って感じー。

 勝因は、エリカwith勇者パワー。

 新たな問題というのも、やはりエリカ。

 勇者(仮)はマジモン勇者様かもしれん。

 (仮)はそろそろ外してやってもいいかもな。


 村長以下村人ズは、現場の惨状に目を見開き口をあんぐり、絶句してた。

 焼け焦げ、引き裂かれ散乱した戸板や農具。

 地面は抉れ、泥沼のように水を含み、周囲の木々もなぎ倒され。

 そんな中、落とし穴に嵌り傷つき血塗れ静かに絶命。

 それは、オレの見立て通りの魔獣——ストームベア。

 魔力の枯れ果てたそれは、生前より少し小さくなっていた。


 ストームベア。

 それは下位種と言われるサンダーベアの対策方針を基本としつつも、それを上回る攻撃手段にいかに対処するかが鍵となる難敵である。

 サンダーベア対策の肝はその名の通り雷撃。

 対するストームベアは——風、水、雷。

 風は鋭利な刃となり敵を切り裂き、射られた矢を逸らす。

 雷は無秩序に周囲を焦がし、触れたもの絶命に至らせる。 

 さらには雷を纏った熊爪のみならず、帯電した水撃を吐き出す凶悪さ。

 ストームだから雨じゃないの?と思うがそうでもないのはご愛敬。

 避雷針が用意できれば、五分以上に持ち込めるサンダーベアとは余りにも格上。

 

 防御用の立て板と避雷針代わりの鍬や鋤などの農作業具をできるだけ立て、そこに誘導して落とし穴。

 対策というには余りにもお粗末ではあるが、この村ですぐさま用意できることと言ったら、まあこれくらいだろう。

 絶縁効果を持つ蟲の体液という手もあるが、入手に時間がかかるため今回は却下。

 

 

 話はその前日、つまり村に到着した翌日に巻き戻る。

 借りた宿で、久々に寝台の有難みを噛み締めつつ気持ち良い朝日に目を覚ました。

 村人ズにいろいろかき集めてもらっている間に、視察とばかりに森へ入る。

 正直、対策に効果があるとはエリカの産毛ほども思ってない。

 あくまで作戦を立てているフリ、冒険者が頑張っているテイが必要なの。

 本当の肝は、隣を楽しそうにと歩く痴女勇者(仮)。

 ピクニック気分かよとツッコミたい。

 ちなみに現在は二人きりなので、彼女は言われずとも仮面は外している。

 

「どうだ、どこにいるかわかるか?」

「問題ないわ。ちょっと遠くに大きな反応がひとつ、たいしたことないわね」

「すげえな勇者センサー。スカウター機能付きかよ」

「ふふん」

「えらい自信たっぷりのとこ悪いが、今の勇者パワーで本当にいけるのか?」

「そうね、問題ない………わっ」


言うが早いか一瞬で振りぬかれた剣。

遅れて、猛烈な風圧が襲ってきた。


「うわっぷ、言えよ先にこええじゃねえか」

「……まだまだだけど、これでどう」

「どうって何がだ——うわすっげっ………」


前方の木々が、エリカの腰の高さの美しい切り株を残して倒れた。

その数、控え目にほんの数十本。

剣先が触れてもいないのに、だ。

 

「……すげえけど、どう言い訳すんだよこれ……」

「ストームなんとかの仕業にでもしときなさいよ」

「そりゃそうだけどよ……」

「木材がタダで取れれば彼らも喜ぶでしょ?

あ、もうちょっと低い位置で切ってあげればよかったかしら」

「いやまあ……そこはお前が気にすることでもないさ」


……勇者パワー(出力2%)すげー


「で、あたしは何すればいいのかしら?今からやっとく?」

「本音はそうしたいんだよなあ、面倒だし」


 フレンドとひと狩り行っちゃう?な軽いノリ。

 何気ない、さも当たり前のように交わされる会話のその理由。

 それは昨晩、エリカ就寝前の何気ない一言in宿屋。


「ねえレダ……ストームベアってさ、テンペストベアとどっちが強いの?」

「そりゃお前、テンペストの方が……んんん???」

「どうしたのレダ?」

「ちょっ、おまっ……テンペストベア知ってるのか?」

「知ってるっていうか、雑魚よねあれ」

「ざ……ざこ……だと……?」


熊と言いながら上位竜にも匹敵する山岳の暴君。

A級冒険者PTですら全裸で泣いて逃げ出すと言われている凶獣。

ストーム(嵐)を冠しながら似非っぽい能力の熊とは比較にならないマジモン。

その、テンペストベアが雑魚、だと? 


「テンペスト以下ならさくっと倒しておしまいね」

「そりゃ頼もしいが……」

「小難しいアレコレはレダに任せるからさ!先輩♪」


そう言って、楽しそうに自分の部屋に戻っていった。


そして今、目の前にずらりと並ぶあまりに美しい数十の切り株。

あそこまで斬撃が届くのならば。

考えるだけ無駄だよため息しか出ねえわ。


「今すぐにってのはなしだ。ちっとは暴れてもらわねえと困る」

「被害ない方がいいんじゃないの?

「そりゃそうだが、この村の連中がそれが弱いと錯覚したら、後々面倒だ。

次に出たとき、お前がここにいるわけじゃねえんだから、さ。」

「そっか……そうだよね」


 勇者(仮)エリカにとっては片手で、それこそ小指で払いのけられる程度の小物。

 とはいえ、中級冒険者にとってすら脅威である相手。

 ましてや、冒険者ですらない村人が手を出していい相手では決して、ない。

 正しく怯えてもらわなきゃいけない。

 脅威を脅威と思って対処しなくては駄目なんだ。

 あの時は……と後悔した時にはアフターカーニバル。


「だから、適当に暴れてもらう必要がある」

「それって、村の人たち危なくなるんじゃないの?いやよ、そんなの」

「だったら暴れた結果だけをみせりゃいいさ」

「出来るの?」

「上手いこと相手を罠があるとこまで追い込めりゃいいんだが、できねえか?」

「敵を逃がしたことないから、無理ね」


 言い切る勇者様ぱねー。

 あ、(仮)付けるの忘れてたわ、まいっか。


「あ、そうだわ」

「うん?おしっこ、じゃなくて花摘みか?」

「違うわよ殺すわよっ」

「殺すなよほんと可愛いなお前はっ。で、なんだ?」

「ちょっ……まったく……えっとね、いい方法思いついたんだけど、言っていい」

「よし、許可する」


 ちょっと頬を赤らめたエリカが出した妙案。

 それは勇者エリカらしく、無茶苦茶だった。


 捕まえて、持ってきて、暴れてもらって、倒す。


 単純明快明朗会計の優れもの。


 ……子供の魚獲り仕込むのと同じじゃねえか。


 魚獲りの前に魚を調達しとくアレ。

 勇者様にとっちゃそれと同じレベルってか、ストームベア調達。


「けど、オレのマジックポーチにゃ入らんぞ。生きてるストームベア」

「そっかー。それはあたしが持ってくるからいいとして」

「いいのかよ……」

「捕まえて穴に放り込んどくとか、どう?」

「そんなデカい穴——ってぶはっっっっ!!!」


 エリカが地面を踏みつけると、爆発した。

 舞い上がった土が雨のように降ってくる。

 目の前には大きく、深い穴が出来ていた。


「こんなんで、どう?」

「ぶほっ……いいかげんにしろよやる前に一言ねえのかこのポンコツ娘が!!」


 埃一つないつやっつやの顔したエリカがほほ笑んだ。

 土塗れでどろっどろなオレに。


 その後の詳細は言うまでもないので省略。


「本当に捕まえてきやがったよ……」


 巨大な熊を片手で背負ったエリカが、スキップしながら戻ってきた。

 大穴にぽいすと放り、ひと仕事しましたとばかりに爽やかな笑顔。


「楽勝だったよ、褒めて♪」

「……これ、死んでねえだろうなぁ……」


 オレは、なぜか差し出されたエリカの頭を撫でながら、呟いた。


 翌日、罠を張った現場に気絶したまま運ばれたストームベア。

 蹴り起された上に勇者パワーで恐慌状態にされ、狂ったように暴れまわる。

 それを、まるでそよ風のように涼しい顔で受け流すエリカ。

 剣でサクサク傷をつけ、あたりに飛び散る大量の血。

 その返り血すら、彼女に染み一つ付けることはなかった。


「すげぇ……」


 結局オレは、巻き添えを食わない距離からそれを見ていることしかできなかった。

 一通り暴れさせたところで、予定通りの介錯。

 落とし穴に放って、任務完了。

 見る者を震えあがらせる惨状の中央に泰然と立つ見た目は少女、中身は乙女。

 オレはエリカを労うために近づいた。

 彼女は突然膝をついた。

 慌てて駆け寄り、彼女を支える。

 小さな体が、震えていた。


「おいっ、大丈夫かエリカっ?無理したんじゃ——」

「ちが、そうじゃないのっ……魔力がっ……」


 震えるエリカの体に魔力渦が赤く渦巻き始める。

 それは、今まで見たものよりも大きく、強く。


「これはっ?」

「魔力がっ……戻ってきてる……のっ、そのっ……くま……から」

「ストームベアから、魔力?何を……

「そう……ちょっと、にて…る、きが……」

「ん?似てる…って、おいっ、エリカ!!」


 腕の中のエリカが崩れた。

 気を失ったようだ。

 その瞬間、周囲に渦巻いていた魔力渦は跡形もなく消えた。


 オレはエリカを抱きかかえ、森を抜け村へ駆け込んだ。

 念のため仮面は着けておいた。

 ヤバイマジヤバイ!!!

 エリカの勇者パワーにおんぶにだっこ。

 それでこの様じゃ、オレ超かっこ悪いじゃん。

 頑張って勇者してる女の子一人にに押し付けてさ。

 何が冒険者だよ!!

 


++++++++++


 寝台の上で、ささやかな胸の隆起を規則正しく上下させている仮面女子。

 ダサい仮面の下の表情は窺い知ることはできない。

 外してやりたいが、今はそうもいくまい。

 エリカの傍らには白髪の女性。

 この村の医療をになうひとで、元冒険者とのこと。

 廃業後、この村で暮らしているそうだ。

 

「この……仮面は外しても?」

「いや、それは勘弁してくれ。

訳あって、その子のそれは外すことは許されてねえ。」

「そう、ですか……」


 手早いが丁寧な手つきで一通りの触診を終えた女性が聞いてきたが、オレはそれを拒否。

 ならば仕方なしと、軽くため息を吐いた女性は何かに気付いたように腰を屈め、仮面に——その下の口元あたりに耳を近づけた。


 「え?はぁ、はい……ええ」


 寝言か、いつの間にか目覚めてたのか。

 エリカが何か言っているようだが、俺には聞こえねぇ。

 女性は立ち上がった。

 その顔は、なぜかうっすら微笑んでいた。


「もう大丈夫そうですね。では、私はこれで」

「そ、そうか。済まない、助かった」

「たいしたことは何もしてませんよ。それより、熊を退治してくれたとか……」

「ああ、何とかなったよ」

「そうですか。ならば、息子も浮かばれます」

「……それは、大変…だな」


 女性は静かに微笑み、部屋から出て行った。

 念のため、部屋の外に誰もいないのを確認してから、エリカの仮面を外した。

 仮面の下に隠れていた彼女の顔は、頬が赤く染まっていた。


「……苦しかったか?」

「……え、ええ」


 エリカが、顔を逸らす。

 オレは、優しく微笑んだつもりだったが、何かが駄目だったのか。


「悪ぃ、無理させちまった」

「それは……」

「勇者パワー——お前の勇者の力とやらを過信しすぎちまった

結果、エリカに無理を強いただけになっちまった。オレの責任だ」

「いや、だから……」

「お前はとんでもない力を持ってる。

けど、それでも、オレより年下の女だったんだよな、それをすっかり忘れてた」

「ちがっ……」

「許してくれとは言わねえ。けどエリカ、オレはっ——」


 途端、可愛らしい音が聞こえた。

 目の前の、顔を赤らめた25歳女子の腹から。

 エリカは物凄い速さで顔を両手で隠した。


「き、聞かないでよっコロスわよっ」

「……すまん」


 沈黙が部屋を支配した。

 どれっくらい経っただろうか、エリカが両手をどけてオレの方を向いた。

 恥ずかしそうな表情。


「……腹、減ったか」

「……うん、あのね」

「なんだい?」

「実は……ね……」


 オレははたと気が付いた。

 エリカは顔を赤らめていた。

 目を逸らしていた。

 それも、腹の虫が鳴く前から、だ。


「エリカ……」

「何……かしら?」


 空気が、冷える。

 エリカもそれを察したのか、唾を呑み込んだ。

 可愛い喉が、こくりと動いた。

 目が、泳いでる。


「お前、まさか。まさかとは思うが、ずっと腹減って動けなかった、とか?」

「……………………えへ」

「こんのっ……ポンコツがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 オレは、エリカの両頬を思うさま引っ張った。

 当代勇者の頬を引っ張った唯一の男、オレ。

 かっけー、マジかっけー。

 勇者譚には、決して記されることのない一幕。

 いわゆる黒歴史間違いなし。


「いひゃいひゃいいひゃくないけろいひゃいやめれやれっれれのびひゃう」


勇者のほっぺたはめっちゃ柔らかかった。



++++++++++

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