第9話:森の熊さん
「ところでレダさん、そちらの……お嬢さん?は」
村長が目を泳がせながら聞いてきた。
そだよねー、気になるよねー。
どっからどう見ても、THE不審者。
魔獣討伐の話ししてるときもチラッチラ見てたの知ってるもんねー。
村長の質問にその場の村人が固唾をのむ。
村長が地雷踏み抜いちゃったんじゃないかって顔してる。
オレはコホンと一つ咳払い。
「ああ、彼女は……」
「彼女、は?……」
彼女——つまりは女性だという肯定に、ひと先ずほっとする村長以下村人ズ。
オレは敢えてもったい付けて……じゃないよどうするよっ!?
回転せよ灰色の脳細胞フルドライブ!!
と、ばかりに悩んでるとこに、さらなる追い打ち真打登場。
仮面痴女ことエリカが、すっと前に出た。
自信たっぷり胸を反らしたが、無いことばかりが強調されてかえって哀愁を誘う。
「あたしはセリカ、異国の商家の娘で——」
「いやいや、ちょっと待ってっ!」
自信満々に設定を語り始めたエリカ嬢。
オレは慌てて彼女の口を手で押さえた。
「レダ何をっうっぷくっさ!っおぷぷっ」
口を塞がれたエリカがバタバタと暴れるのはオレの手が臭いからじゃないよね!
「ちょぉーっと作戦ターイム!」
と言いながら、オレはエリカを抱えて村長宅を飛び出した。
人目に付かない木陰に連れ込んでしゃがみこむ。
「いきなりなにするのよ!!」
エリカは涙目で猛抗議。
扱いが、余程お気になさなかったらしい。
おえー、とかえずいてるが何か辛いことがあったらしい、はて?
「駄目じゃん、お前何勝手に自己紹介始めちゃってるのっ?」
「そういう設定でいこうって言ったのレダじゃないのよ!!」
ちなみに双方器用に小声で怒鳴りあってると思ってもらいたい。
「そうじゃねえよ、その設定もう使えないじゃん話の流れ的なアレコレ汲めよっ!」
「ん?」
「いやそこで可愛らしく首傾げんなよ可愛いなあもう」
「可愛いだなんてっ……そんな……」
条件反射で顔赤らめるな。
パブ……なんとかの犬かよこのワンコ女子。
「はい大きく息を吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー」
「すーはーすーはー……」
「はい、落ち着いたところで設定復唱ー」
「……あたしは異国の商家の娘でドラフで隊商と合流。あんたはー」
「はい、気が付きましたか気が付きませんね?」
「何をよぅ」
口を尖らすワンコ女子もご馳走様です。
「隊商と合流するんだったらこんなとこで魔獣退治してちゃ駄目でしょ?」
「それは…そうだけど。すぐ解決すれば、よくない?」
「うん、結果そっこー解決しそうだけどね勇者パワーでっ!
でもね、それは結果論であって、すぐ解決しちゃうから大丈夫でーすって言うわけにはいかないのアンダスタン?」
そりゃそうだ。
オレでも解決できるかわからねえって言って依頼金吊り上げといてさ。
すぐ解決できるから合流とか気にしなくって平気よ!って言えるわけないじゃん。
というわけで練りに練ったキャラ設定、使う前に要変更。
「でだ、異国商家女子ってのはそのまま。隊商とともにやってきた冒険者志望女子って設定に変更すんぞ。それなら覚えやすいだろう。オレの弟子な、今から。」
「……えー」
「いやいやそこで不満そうな顔すんな、傷ついちゃうよオレ。
間違いなくエリカの方が強いのは分かってるけどねっ。
けど、勇者Lv.100であっても冒険者Lv.0でしょ君。だからぐっとこらえておくれよ」
「あたしが冒険者かぁ……えへへ」
いやそこ喜ぶとこ?ご町内の平和くらいしか守れないよ冒険者。
勇者様人生の目標低すぎ。
普通の人生に憧れるか気持ちは分かんねえけど……分かってあげてえなあ。
ま、いっか。
「分かったわ」
「よし、そんじゃ戻るぞ弟子」
「よろしくね、師匠♪」
立ち上がって、気を引き締めるため軽く握手。
なんとなく手を繋いだまま村長宅に戻った。
入り口付近で慌てて手を離したけど、見られてたかもしれん。
村長以下村人ズの視線がちょっとだけ生温かかった。
++++++++++
生き残りの少年の目撃証言と物言わぬ死体。
一瞬だけ見た体の周囲に弾けていたという火花。
死体に残る火傷は時間を掛けて燃えたのではなく、瞬時の炭化。
ここまでで導き出される候補はサンダーベア。
対策さえできればソロ討伐も可能なDランク。
だが、注目すべきは、それに加えての無数の裂傷。
熊爪による斬撃の跡?
ノンノン、早合点は死を招き猫。
川の向こうからめっちゃ良い笑顔でおいでおいでしてるよ。
それは、抉られたのではなく、切り裂かれた鋭利な傷。
大きさもまちまち。
これはおそらく、旋風。カマイタチとか言われるアレだ。
オレは記憶の中の魔獣図鑑のページを捲る。
そして、とある魔獣の項に辿り着く。
出来ることなら、今開きなくなかった項に載った魔獣の名は——。
魔獣化した熊の中でも、凶悪さはトップのBランク。
Bランク冒険者PTの準備が万全ならば、ほぼ臆する必要のない相手。
暁であれば、楽勝とは言わないまでも討伐実績がある。
俺一人なら……ごめん無理だわ逆立ちしてもできねえよ。
「やっかいだな」
「そうなの?」
オレの苦そうな顔に気付いたか気付かないか。
エリカが仮面越しに無邪気に聞いてくる。
「オレと同ランクのPT向けの依頼だな。」
「レダが5~6人ってこと?たいした相手じゃないわね」
「ちげえよっ!オレ5人用意してどうすんだ使えねえよそんなPTっ!」
「……そんな自分を卑下しなくていいのよ?」
「いやいや、お前ら勇者隊だって全員お前だったら……世界滅びそうだな」
「いやあそれほどでも」
「褒めてねえよ自重しろよ要監視対象っ!」
「あ、あのー……」
背後から声が掛けられた。
やべえ勇者隊とか聞かれたか?処す?処しちゃう?
慌てて振り向くと、申し訳なさそうな村長の顔。
「やはり厳しいのでしょうか……」
「ああ」
「っ……そんな……」
「だが、手がねえ訳でもねえ。段取りにちと手間がかかるがな」
「も、勿論村で手伝える事でしたらいくらでもっ……」
頭を掻きながら言うオレに、縋るような村長。
犠牲者の弔い云々ではなく、残った住人の命運。
それが載っているのが、目の前のやや腑抜けた男の双肩なら、そりゃ必死にもなろう。
……この場にいるのがイケメンじゃなくてマジ申し訳ない!
イケメンには、嫁さん(マドンナ)筆頭に頼れる仲間が付いてくるしな。
ついでに、領主ご令嬢ニンジャまで洩れなく付いてくる大盤振る舞い。
対するオレはボッチBランク冒険者。
だがな、今日のオレはちょっと違うZE。
オレの傍らに立つはTHE痴女……じゃなくて自称最終兵器25歳女子。
ただしその出力は現在2%(本人談)。
ちょっと不安になってくるけど、そこはぐっとやせ我慢。
「ああ、頼む。じゃあとっとと馬出してくれ。討伐対象はおそらく——。
確証がねえってことも付け加えとけ。
言い忘れたが、道中でこっち向かってる連中見かけたら必ず声かけろ。
依頼受けた間抜けか篤志家かも知れねえしな。
当たりだったら、村に急がせてからオレに伝えに一旦戻ってこい」
——ストームベア。
聞いたこともないであろう魔獣の名に、村長は一瞬ぽかんとした表情になったものの、続く言葉の緊急性に気付き、すぐさま指示を出した。
流石に腐っても村長といったところか。
物理的に腐ってたら、ついでに討伐しちゃうけどな。
「さて、じゃあ早速用意してもらいたいものだが——」
オレは手早く村長以下村人ズに指示した。
傍らの仮面痴女は、ちょっとだけ感心したような眼差しでオレを見つめる。
……えーっと、オレって今までそんな頼りなかった?感心されるようなトコ??
彼女の中のオレの評価がめっちゃ低かったことにへこみつつも、少しでも上がったんなら良しとしようと思い直した。
これが憧れの冒険者様ってやつだよ勇者様(仮)。
もっとキラキラした目で見てもいいのよ?惚れてもいいのよ?
よしっ……気合入ったわ。
けど……ストームベアかぁ。
さて、どう攻略したもんか。
ついでに浮上しそうな別問題。
遅れてやってくるかもしれない冒険者。
間抜けが来ても困るが、篤志家がやる気満々な知り合いだったら……面倒だなぁ。
++++++++++
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