第8話:仮面痴女爆誕

 その後は概ね順調だった。

 途中すれ違った荷馬車が、御者がエリカに見とれて岩に乗り上げ往生したとか。

 野犬の群れが現れたけど、勇者パワーちらつかせたら逃げてったとかその程度。

 ……勇者パワーすげえな。

 一応往生した荷馬車は、オレがやったように見せかけて、エリカに丸投げだ。

 偽物とはいえ絶世の美女が力仕事とか似合わねえしな。

 そこら辺は勇者パワーでちょちょいのちょいだ。

 第三者視点で体験してみて、改めて勇者パワーの凄さを実感したわ。

 正直、このタイミングで良かったとも思ったね。

 絶世の美女が名も辺境の村に訪れたとかさ、末代まで語り継がれかねんわ。

 エリカの顔を隠す方法を考えないといけない。

 それ以外の勇者パワーも、可能な限り使用を控えるのは当然として。


 幸いマントは雨除けフード付き。

 流石はオレの頼れる相棒。

 目深にかぶればそれなりに。

 念を入れるなら、手拭いで口元覆えばあら不思議。

 不審者一名の出来上がりときたもんだ。

 ……不審者ダメ、ゼッタイ。

 半端に顔隠してなくても痴女案件女子だからなあ……。

 あ。


 閃いて、オレはマジックポーチを漁った。

 じゃじゃーんっ♪

 何だか変な木製の仮面~、ぱららぱっぱら~♪

 いつどこで手に入れたのか既に覚えてないけど捨てられずに困ってたやつだ。


「ださっ」


それを見たエリカに一言で切り捨てられました。

しょぼーん。

だが、ここでめげない諦めない。


「ダサいのがいいんじゃないか。

ただでさえ、今のお前は他人が見たら絶世の美女ならぬ絶世の痴女。

二度見どころか三度見四度見当たり、ひと粒で2度おいしい存在だ」

「えらい言われようね」

「そこで、だ。どうせ目立つんなら怪しげな方向に振り切った方がマシ。

その恰好なら仮面着けとけば、ああ異国の方なのね、で済むさ。多分」

「騙されてる気がするわ」

「ダイジョブダイジョブ無問題、チュゴクチンウソツカナイアルネ」

「……一気に信用できなくなったわね」

「オレを信じてくれよハニー!この澄んだ瞳を見てごらん」

「目潰ししていいかしら」

「ハハハハハハハ……」


 指を構えるエリカ。

 後ずさるオレ。

 一進一退の攻防……って意味が違う気がするが。

 オレはエリカの両肩をがしっと掴んだ。


「オレはな、エリカの可愛い顔が他所の男に見られるのが嫌なんだよ」

「なっ!?」


 エリカは絶句した。


「お前はそのまんまでちゃんと可愛いんだから、相手が誰にだろうと絶世の美女とかいう訳の分からんものに見られるのは、正直我慢できねえ。」

「……そんなのっ」

「なあエリカ。お前、自分の顔嫌いとか言ったよな。

それってさ、絶世の美女とかいうよくわからないもんと比べられるのが嫌なんじゃねえの?ありもしないものと比べるなって怒りたいんじゃねえの?」

「それ、はっ……」

「オレは、その絶世の美女とかいうやつのご尊顔は拝めねえけどさ。

エリカの、お前の素顔見れてラッキーだったと思ってるぜ。

だって、こんなに可愛いじゃねえか。泣いて、笑って、そんでもって怒ってさ。

普通の、どこにいても許される女の子の顔じゃねえか」

「……褒めてんの?貶してんの?」

「いやいやどっちでもねえよ、その顔が好きだって言ってんだよ、わかれよ。

絶世の美女なんて絵に描いたドラゴンステーキみてえなもんじゃねえか。

触れないよ?食えないよ?腹膨れないよ!?」

「なによそれっ……」

「その点お前はさ、エリカ……」


 オレはエリカの頬に手を添えた。

 彼女の頬は上気してるのか、熱い。


「触れるじゃねえか、あったかいじゃねえか。近づけばきっといい匂がいする。

もっともっと近づけば……美味いかもしれねえじゃねえか」

「……食べないでよ」


 エリカはオレの手から逃げ、自分の肩を抱いて怯えた目をした。


「そういう意味じゃねえよ食わねえよ。

けどまあ、これ以上ごちゃごちゃ言うのはなしだ。

魔力の足らない今のお前は勇者の出来損ないでしかねえ。

だったら余計なことに巻き込まれないよう、顔隠しとけ」


「結局何が言いたかったのよ」

「ああ?お前が可愛いってこと以外、たいしたこと言ってねえよ」


 勢いで何言ったかよく覚えてねえしな!

 すんげえ地雷踏んだ気がしないでもねえけど、ドンマイ。

 エリカがもごもごうねうね何か言いたそうだけど。

 怒ってないみたいだから大丈夫、うん。



「これ、前がよく見えないじゃないの」

「いや今仮面着けてどうするよ誰もいねえだろ……?」

「急にだれか来たら困るでしょ…」

「来ねえよこんな街道で。てか来てもお前の勇者パワーで分かるだろっ!?」

「……それもそうね」


 なんの気持ちの変化か、急に仮面を着けたエリカ。

 嫌々でも従ってくれたのなら、重畳。

 けど、オレだけの前では隠さなくていいのよ?


 てか勇者パワー忘れるなよポンコツ。


「誰がポンコツよ」

「言ってねえよ心の声聞いてんじゃねえよ勇者パワーこええなマジで」

「そんなもん聞こえないわよ顔に出てただけよ」

「……だったらオレがその仮面着けるわ」

「いやよ、あたしが着けるの」


 なんだか嬉しそうに仮面を手に持って歩き出した。



++++++++++


 オレとエリカはファス村の入口からやや離れた場所に立っていた。


「はい、それでは復唱ー」

「あたしは異国の商家の娘セリカ。先行した隊商と合流するためドラフの街へ向かう途中。レダはあたしに雇われた護衛。

あたしの国では嫁入り前の娘は婚礼の儀式が済むまで他者に顔を見せてはいけない」

「はいよろしい。よくできましたエライでちゅねー」


「馬鹿にしないでよね。それにしてもこんな雑な言い訳で良いのかしら?」

「顔見せられない理由だけありゃいいんだよ。あとはおまけだおまけ」


 偽名とちょっと苦しい身分詐称で乗り切る作戦!

 どちらの異国ですかと問われると、ちょっと困っちゃう。

 いざとなったら全力ダッシュで逃亡一択。


 可能なら、この村でエリカの服を入手したい。

 その言い訳としては、荷物を盗まれたという若干安直なものにすることにした。

 ついでに宿が借りれれば助かるが、最悪、馬小屋か軒先でも構わない。

 馬小屋に泊まるのは万国共通冒険者のジャスティス!

 古今東西名を馳せた英雄諸氏はその全てが馬小屋経験者といっても過言ではない。

 しかし傍らに立つエリカは曲がりなりにも勇者様(仮)。

 馬小屋泊まりを強要したとあっては、後々オレが断罪されかねない。

 エリカは勇者パワーで汚れ一つないが汗はかくらしい。

 ここまでの道行、いくつかあった水源で身体を清めてはいるものの、不快そうだ。

 不便な長旅に慣れない勇者様(仮)か……。

 メンバーに枢機卿ご令嬢が入ってるくらいだからなー。

 きっと贅沢な旅なんだろうな。

 いいなー羨ましいなー。

 

「よし、じゃあ行くぞ」


 オレたちはファス村の入口へと向かった。


 簡易な柵で外周を守られた村。

 街道沿いは簡易に、おそわく森側は比較的強固に守られているに違いない。

 入り口には守衛役らしい若者が長い棒を抱えて柵に寄りかかっている。

 少しは真面目にしとけよと思わなくもないが、たいした事件も起きないのだろう。


「やあ、宿を借りたいんだが。いいかな?」

「ああ、旅の方かね。なら村長に聞いてくれ。奥の——ってアンタ冒険者か!?」

「……ああ、そうだが」


 異国風痴女スタイルのエリカはともかく、オレの方は冒険者にしか見えない装備。

 けど、冒険者が珍しいわけじゃなかろう、アストンだって近いし。 


「待ってたぜ、助かった村長のとこまで案内するわっ、こっちだ!」

「……は?」


 若者はオレたちに背を向けると、足早に歩いて行く。

 しばらくして、オレたちが入り口で立ちすくんでいるのに気が付いて、手を振り大きな声で呼びかけてきた。

 随分慌てているようだ。


「……何だかわからんが、行ってみるか」

「ん」


オレとエリカは頷きあってから、若者のあとを追った。



「いやいや冒険者の方、ようこそお待ちしておりました」


 人の良さそうな初老の男——村長が額の汗を拭いながらそう言った。

 ん?待ってた?


「早速ですが——」

「おい、ちょっと待ってくれ」

「はい、何でしょうか」

「待っていたとはどういうことだ?オレたちはただ——」

「依頼を受けていただいた冒険者の方……ですよね?」

「いや、違うが」


 オレは即答。

 途端、村長は驚いて、そして落胆の顔に変わった。


「そうでしたか……。早いとは思いましたが……そうでしたか……」

「なんだかわからんが、すまないね。期待させたようで」

「い、いえ……こちらの勘違いですからお気になさらずに」

「そうか。ついでで申し訳ないが今晩の宿を借りたいのだけど、いいかな?」

「ええ、それはもちろん。少々バタついてはおりますが……」


村長が言葉を濁す。

ふむ、冒険者への依頼と関係ありそうだが、さて。

あえて無視しようかと思っていたところで、袖が引かれた。


 ……なんとかしてあげないの?冒険者なんでしょ。


 そんな声が聞こえたような気がした。

 

 ……なんだったら、あたしが。


 そんな目で見るなよ勇者様(仮)。

 冒険者のシステムなど、知ることもなかったであろう25歳女児。

 その目は穢れのない、未知への憧れに目を輝かせた子供のよう。

 成人から10年、村娘とて普通に生きてれば冒険者の一人や二人、出会ってても何らおかしくないのに。

 オレはため息を吐いた。


「仕事を受けることはやぶさかじゃねえ。わりと切羽詰まってそうだし、な」

「本当ですかっ」


 村長だけでなく、その場に集まっていた村人の顔が明るくなった。


「だが、いくつか条件——というか解決しなきゃいけねえ事がある」

「そ、それは……?」

「まず確認したい。ギルドに依頼を出したのは、いつだ?」

「はい、3日前です」


 ふむ、アストンからここまで徒歩4日、馬なら2日掛からず。

 依頼が張り出され、即受注されてれば、そろそろ到着してもおかしくはない。


「ほう。早ければそろそろ依頼受けた連中が到着する頃かもしれねえぞ」

「そ、そうですか」

「受けたやつがいれば、だがな」


 依頼受注は冒険者の任意。

 自分の懐具合、健康状態、功名心、その他いろんな条件が加味される。

 闇雲に依頼を受けるのは自身の生活どころか命さえ危うくしかねない。

 自分の命と人生を掛け金にして盤上に臨む、それが冒険者稼業だ。

 美味い話なら誰もがすぐ飛びつくが、さて。


「依頼内容と依頼料は?」

「魔獣の討伐……なのですが、その……」

「魔獣ね。具体的には?」

「それが見たことのない……いや、外見は馴染みがあるのですがっ……」

「知らねえことは知らねえで良いが知ってることはさっさと言っとけ」


 オレは煮え切らない村長に苛立ち始めた。

 村長は怯えつつ、姿勢をやや正し額を拭った。


「外見はその、大きな熊、です。ですがそのっ……魔法を」

「……魔法?どんなだ」

「それがっ、対峙した者は皆……」

「死んだ、か。じゃあ大きな熊だってのは?」

「遭遇してすぐ村へ報せるために逃げたため、運よく……」


 生き残りに話を聞いて、場合によっては……。

 おそらくは死体の確認も必要になるだろう。


「で、依頼料は?」

「それは——」


 村長は申し訳なさそうに金額を答えた。

 安いな、安すぎる。

 大型化したハギングベアで辛うじてその金額か。

 それに魔法使用とくれば……桁ひとつふたつ上がりかねん。

 とはいえ、それを指摘するのは酷か。

 このファム村だけでなくこの地域は魔獣化が薄い、比較的安全な土地だ。

 低ランクならともかく中ランクに類する魔獣、それも魔法持ちであればおそらく高ランク扱いにすら……。

 一生出会うことがなくても不思議はない。

 強大な魔獣討伐依頼の知識も、必要経費の貯えもあるまい。


「ふむ。失望させるようで悪いが、おそらくは誰も来ないな」

「そ、それはっ」


 村長の明らかな動揺。


「まずは討伐対象に対する依頼料が安すぎる。

詳細不明とはいえ、聞いた分だけでもひと桁は足らんな」

「そ、そんなに……」

「ああ、それにだ。今の情報で予想可能な相手はいくつかあるが、それを相手できる冒険者はアストンにはほとんどいないな」

「えっ……?」

「平和すぎんだよ、ここら辺は」


 強大な戦力たる高ランク冒険者は、そのランクに相応しい戦力をもって相応しい戦場に赴く。

 アストンに居を構えつつ各地へ赴く、元我らがPTはわりと珍しい部類だ。

 全てははイケメン娘ちゃんの為に!

 それこそが絶対の第一原則。

 功名心とかななにそれ美味しいの状態だ。

 正直そこを領主に付け込まれたってのはあるかもしれんが、後悔後に立たずだ。


「そんなわけで、この依頼はオレの手にも余るかもしれん。」

「そうですか……」


 また腕が引かれた。


 ……あたしも、いる。


 そんな決意がこ浮かぶ目で、小さく頷かれた。

 ああ、分かってる。


「まずは早馬出してギルド依頼受注の確認、受注前なら内容修正。

 受注済みで出発前なら、謝罪でも何でもしとけ。」

「は、はい」

「あと、当然ながら依頼料は増額。ギルドと交渉して相応な値に変更しろ」

「そ、それは……」


おそらく難しいだろうな、それは分かってる。


「ここで依頼料渋ると、次がねえぞ。今回何とかなっても次はギルドが門前払いだ」

「し、しかしっ」

「すぐに払えってわけじゃない。足らないなら可能な限りでいいから支払い続けろ。

それが、この村の信用になる。

あんた一人の判断で民を不幸にるのは、悪いことは言わん。やめとけ。

ああ……暁のレダって名前出せ。少しは相談に乗ってくれるとは思うからさ」

「暁……ですか?確かBランクの……」

「ああ、元、だがな。最近抜けた」

 

 我らがPT——暁の名が多少は知られたていたようで安心する。

 その理由のほとんどはイケメン夫妻の存在だろうけど。


 依頼内容の虚偽、依頼料の値切りや踏み倒しなんて話はごまんとある。

 だが、その後依頼主がどうなったか。

 そんな残念だが当然——いわゆる残当な結末はやはり、ごまんとある。


 オレはできるだけ冷徹に言い切った。

 こういうのはキャラじゃねえんだけどな。

 オレの本気を見たのか、村長は諦めたように頷いた。


「で、ではすぐに馬を走らせっ——」

「いや待て慌てんなよ。相手絞らねえとどうにもならねえ。まずは呼んできてくれ」


 唯一の生き残りとかいう幸運なやつをな。

 それから、死体の確認も必須だ。


 とはいえ、まあ大丈夫だろう。

 オレの横には最強人類勇者様(仮)が控えてるんだ。

 ちょっとポンコツだけど、何とかなるだろ。

 オレはエリカに微笑んだ。


 蹴られた。

 いてえよマジやめてよ心読むの、そのダサい仮面返せよ。



+++++++++

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