第7話:起きない女

 さて、街道には野営地が要所要所に設置してある。

 といっても粗末な掘っ立て小屋があるならマシな部類で、ほとんどは多少周囲の木々が伐採され、たテント設営が可能な土地があるだけだ。

 徒歩で日中移動可能な距離からちょっと余裕をもった短い間隔なので、馬や馬車での移動時は工夫が必要になる。


「おら、今日はここで泊まるぞ」

「えー、まだ日暮れじゃないのよ、次行けるわよ次」

「まだじゃねえ、もうだ。一般冒険者なめんな、夜道平気な勇者アイ持ってねえわ」

「しょうがないわねー」


 オレはマジックポーチから簡易テントを取り出すととっとと設営を始めた。

 安物マジックポーチなので時間遅延もないが、猪2~3匹分の荷物は入る。

 マント程ではないがそれなりに付き合いの長い愛用品だ。

 安物とはいっても、駆け出し冒険者には無論手が出る代物ではない。

 マジックポーチ手に入れて一人前!

 と言われるくらい冒険者登竜門的素敵アイテムなわけだ。

 PTメンバー全員で揃いの安物マジックポーチを手に入れた日。

 メンバーだけでなく、ギルド常連と飲み明かした日。

 ようやく、冒険者として認められた気になった日。

 そんな、あまりに懐かしく、輝いた日のことを思い出し、すっかり離れた街の方向に視線を向けた。


「どうしたの?」

「ああ、ちょっとな」 

「戻りたい?」

「……いや、戻りたくは……ないとは言わないな。ただ、今すぐじゃない。それに」

「それに、何?」

「今はお前がいる」

「ふふ、あたしは強いから役に立つわよ」

「今はポンコツじゃねえか」

「ポンコツ言うな。すぐに回復してあげるんだから」


 エリカが胸を反らす。獣皮で隠れてるが残念さは隠せない。


「元に戻ったら、さよならだな」

「そうね」

「それまでは、一緒だな」

「……そうね」


 勇者には、勇者の使命がある。

 それは、英雄譚として語られ続けるだけの価値を持つ物語。

 一介の冒険者が望んでも、決して届かない高みに至る道。

 ならば、オレが今なそうとしている事は何なのか。

 伝説の舞台裏を支える名もなき者たちに連なることか。


 ……オレってちょっとかっこよくね?


 おじいちゃんは昔、勇者を助けたんだよとか孫に語っちゃったりなんかしてさ!

 いやー照れるなあ。


「ねえ」


 やべっ、心の声聞かれた?

 勇者イヤーは地獄耳とかあるの?勇者ウィング出ちゃう!?


「ねえってば」

「はっ、はい!?」


 エリカがジト目で睨んでくる。

 ……ヤバい。

 額に汗が浮かぶ。


「夕食まだかしら。おなか空いたわ」

「野営の準備も手伝わんと飯だけいっちょ前に催促すな!!何様だ」


「もちろん、勇者様よ」


 エリカは極上勇者スマイルで微笑んだ。


++++++++++

 

「ねえ、レダ」

「ん、どうした。もう飯はねえぞ全部お前の腹ん中だ」

「失礼ね。あたしを何だと思ってるのよ」

「年齢詐欺の発育不良系大食い自称勇者?あとなんかあったっけ、ああ全裸だ全裸」

「探さなくていいわよっ、否定したくても身に覚えありすぎて否定も出来ないわっ。

あと勇者だけは自称じゃないし全裸は別にどうでもいいじゃない」

「自覚あるなら大変よろしい。だが全裸だけはやめろ断じてやめろ

 それにしても……お前、設定山盛りで羨ましいなあ。まだまだ増えそうだし」

「全然羨ましそうでない顔で言わないでちょうだい。

自分じゃどうにもならないんだからしょうがないじゃない。あと増えないから」

「ああそうそう大事なの一つ忘れてたわ。実はわりと可愛い」


 途端に黙り込んで俯いた。

 頭から湯気が見えるようだぜ、つくづく可愛いやつめ。


 しばらくの沈黙ののち、エリカは顔を上げた。

 頬が少し赤いのは焚火のせいだけじゃあるまい。


「ねえ」

「だから飯は」

「だから違うわよ」

「じゃあどうした、おしっこか?ついてってやろうか」

「おしっ!?なわけないじゃないっ。だったとしてもついてこないでよ!!」

「じゃあさっさと行って来いよ。あんま遠くいくなよ?」

「いやだからおしっ……じゃなくて花摘みでもないから!」

「……花摘みって歳でもねえだろうよ」


 恥ずかしさに赤い顔でプルプルしてるエリカは見てて楽しいが、どうかと思うぞ。

 イケメン嫁さんさん(マドンナ)なんてガキの頃から、ちょっと大きいの出してくるわ!とか言ってるぞ、あの顔で。

 比べるのも申し訳ないがイケメン嫁さん(マドンナ)はマジ美人。

 10人いたら11人振り返る程だ。

 ついでにイケメンに負けずとも劣らないイケメンだからな、心根が。

 あの二人がくっつくのは必然であり必定。

 嫉妬はしたけど、それは皆祝福の裏返し。

 手拭い噛み千切る女子連中、やけ酒あおる男子連中多々あれど、誰一人として泣く奴はいなかった。

 ……うん、それと比べたらちょっとかわいそうだな。

 お花摘みくらい無問題、可愛いじゃないかお花摘み。

 ちなみにイケメン嫁さん(マドンナ)もここ数年花摘みとか使うようになったけど、それは用を足しに行くのではなく転移魔法の合図だ。

 娘ちゃんとのコミュニケーションは大事だしな!


「よし、花摘みで問題ないな」

「あんたなんの話してるのよ……」

「うん?女性の年齢による排泄行為の呼称について?」

「そっからいい加減離れなさいよ!女の子はおしっこもうんこもしないの!いい?」

「えーそんなー」


 そんな馬鹿なとツッコミたい。

 しかし、目の前の自称勇者、すで人殺してますって目で見るなよオレを。

 おしっこちびっちゃうじゃん、花摘み間に合わないじゃん。

 実際は人じゃないものならどころか三桁四桁余裕でやってそうだな。

 くわばらくわばら。

 ……人でないものであってほしいな。


「で、乙女の下事情は置いといて」

「はい、置いときます」

「レダの話聞かせてよ」

「……オレの下事情を?えらい特殊な趣味だなぁオイ」

「もうっ、いいわよ!」


「……オレの話なんか、聞いてもつまんないぞ?勇者の活躍に比べたら」

「わかってて茶化してたの?」

「半分かなー。聞いたいか、話したいかの二択。内容は、知らん」

「ぷっ、何それ、全然ダメじゃないの」

「そうだぜーだめだめだぜー」

「なにそれ可笑しっ……」


 エリカは吹き出し、笑った。

 うん、今日一番の笑顔いただきましたー。


「ホントつまんねえぞ。将来、ガキの枕もとで役立つ寝物語ぐらいにしかなんねえ」

「悪くないじゃない」

「そうか?まあエリカが眠ったらテントに運んでやるよ」

「変なとこ触らないでよね」

「触りたくなるような変なとこねえじゃねえか」

「鋭意成長中なのよ」

「楽しみにしとくわ」

「そうしてちょうだい」

「ところでエリカ」

「なによ」

「夜番はどうする。交代可能か?」

「ふふん、勇者舐めないでちょうだい。

 どんなにぐっすり寝てても敵意があれば必ず寝ぼけもせず目覚めるわ」

「すげえな勇者センサー」

「すごいのよ。もっと褒めてもいいのよ?」

「ちなみに有効範囲はいかほど?」

「半径10kmくらいしらね。正確には、知らない」

「マジすげえな。で、今の魔力回復量だと?」

「んー……3mね」

「ぜんっぜん駄目じゃねえかこのポンコツ娘!!

3mじゃ駄目じゃん気付いたらご馳走様されちゃうじゃん!!」

「大丈夫よ?あたしは傷つかないし」

「オレは?ねえ、オレは??」

「男でしょ、何とかしなさいよ」

「なんという理不尽勇者(仮)……」

「世界の脅威以外に勇者の出番は必要ないのよ」

「……使えねえ。まあいい、夜明け前に少しだけ代わってくれりゃあいいや」

「そうなの?」

「寝不足は美容の大敵だよお嬢様」

「まあ……レダがいいって言うんなら、分かったわ」


「じゃあ、まずはガキの頃の話だ。あれはオレが5歳だったか……」


 それから俺は、とりとめのない昔話をした。

 村での事、村を出てからの事

 他愛のない冒険譚。

 ちょっとだけワクワクして。

 ちょっとだけ残念な、オレだけの物語。

 話しながらも、溢れてくる思い出に夜空を見上げた。

 あいつらと、いつか見た夜空と同じ星々の光。


 ふと、傍らを見る。

 いつの間にか、エリカは可愛い寝息を立てていた。


 いつの日か、オレと彼女の物語を誰かに聞かせることがあるのだろうか。



 翌朝未明。

 約束通り夜番を交代するためにエリカを起こそうとした。

 ……したんだよ!

 頑張ったよ?オレ。

 それなのにさぁ……。


 エリカは、呼んでもゆすってもゆすってもゆすっても起きなかった。

 しまいには殴られた。

 負けじとくすぐったら蹴られた。

 畜生とキスしようとしたら頭突きしやがった。

 寝てるのにだよっ!?


 そんでもってさ、流石に諦めたさ。

 夜番続けて朝になったさ。

 そしたらだよ!


「おはようレダ。あら、起こしてくれなかったの?

 頑張ってくれるのは嬉しいけど……ちょっとでも寝とかないと今日大変よ?」


 欠伸しながらテントから出てきてさ。

 すっげえ爽やかな笑顔で言いやがった。


 設定追加入りましたー。

 エリカは寝たら、起きない。


「……勇者隊の皆に少しだけ同情したくなったよ」


 オレは誰に言うでもなく、彼方を見つめてそう言った。

 眩しい朝日を背に立つ勇者(仮)は、ちょこんと首を傾げた。


++++++++++

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