第6話:帰りたくないふたり

 秋晴れの下、街道をとぼとぼ歩くはオレと元全裸女子エリカ。

 現在はマントにブラとパンツで謎のアメコミヒーローコス女子。

 ぼろのマントと獣皮の上下は野性味溢れ、視線を釘付けにすること必至。

 痴女的な意味で。

 獣皮ブーツはええ、案の定あっという間にで壊れましたとも。

 注意したのに。

 作るの手間だったんだぞ。

 お前なんか裸足で十分じゃボケっ。


「ねえ、走っていった方が早いんじゃないの?」


 エリカは、さも当たり前のように言った。

 オレはエリカの方を見向きもしない。


「そりゃ当たり前だろ。けどそんな無体できるのはオレが知る限りお前くらいだ」

「男でしょ、頑張りなさいよ」

「頑張りレベル考えろよ上限突破だよカンスト上等だよ」


エリカがぶーたれること既に数回。

オレがそれに言い返すのも同数だ。


「それよか、そもそも勇者パワーで何とかならねえの?飛んでくとかさ」

「まだ無理ね」

「飛べるのかよっ……ちなみに全盛期は?」

「測ったことないけど……魔大陸横断で10分ってとこかしら」

「……全然わかんねえけど、凄いは分かった」


 魔導士だって飛翔魔法くらい習得するのだから、いわんや勇者をや、だ。

 けどさ!

 なんだよ魔大陸って!

 聞いたことねえよまた国家機密か?聞かせんじゃねえよ迂闊に!!

 それもちょっとお散歩にってぐらい気軽にさ!

 素人さんの何気ない質問にマジレスすんじゃねえよ。


 正直この勇者様(仮)とはあまり会話を弾ませたくないところだ。

 どんな爆弾発言飛び出すかわかったもんじゃねえ。

 リアル黒ひげ危機一髪状態だよ。

 こっちが剣を刺さなくても勝手に飛び出すこともあるから余計にたちが悪いわ。

 オレのメンタルが猛烈に摩耗しまくるぜ。

 とはいえこの勇者様(仮)は勇者の肩書を外せば、実はメンタルよわよわ女子。

 外見コンプをお持ちのぼっち25歳児。

 一応人生の先輩男子としては守ってあげたい候補No.1。

 放っておいては男が廃るとばかりに話しかけもする。

 踏み外したら真っ逆さまな会話の綱渡り。

 ……キビシーっ。

 会話地雷除けスキルとか手に入ったりしてな。

 まあ、どんなに会話に詰まっても、可愛いの一言で黙ってくれる純情乙女。

 見ているだけで、ちょっと心があったかくなる。


 見上げれば、晴れ渡った秋空。

 上を向いて歩かなくても、涙が零れないのは大変よろしいことで。

 旅は道連れ世は情け。

 急ぐことのない二人旅も、案外悪くない


「ねえ、やっぱ走っていった方が早いんじゃないの?」

「うるせえ、黙れよ」


 オレたちの旅は、まだ始まったばかりだ。


 現在オレたちはドラフの街を目指している。

 アーフェルトム連峰に連なる山の麓にある街で、そこから連峰越えの山道が続く。

 山道を連峰の反対側まで進むと隣領に至るが、道の険しさから利用するものは僅かな為、それなりの要所であるものの発展するほどではない。

 ドラフには連峰越えの山道以外にも林業を営むいくつかの集落に続く街道を有するが、その集落のうちの一つがオレの故郷だ。

 ドラフまでは徒歩でおよそ半月。

 途中4つほどの村を経由していくことになるが、運よくそこでエリカの服を入手できればと考えていた。


 オレが旅立ったアストンは領主ご一家お住いな、アストン領最大の街。

 逆方向に2日、はるかに近い。

 しかしオレはあえてアストンへの帰還を選びたくなかった。


 ……今皆に再会したらどんな顔したらいいかわからねえよ。


 故郷に顔出すとか言っておきながら10日かそこらで出戻りとか。

 恥ずかしいにもほどがある。

 なにより、エリカの存在だ。

 どう説明するよ。

 勇者、拾っちゃってさ……手屁♪

 ……ドン引きだよ。

 友達が、ある日そんなこと言いながら未成年女子連れてきた日には。

 正直10年の友情も氷点下、お友達止めるレベル。

 誰だってそうするオレだってそうする。


 森を抜け街道に戻った時、オレの葛藤を正直にエリカに話した。

 エリカは意外なほどあっさり了承してくれた。

 エリカ本人も思うところがあったらしい。

 自分の存在が、オレ以外の誰かに知られることはできれば避けたい。

 特に、自分が万全な状態ではないことが知られることは絶対に避けたい。

 まずは、人目をなるべく忍んで魔力回復をしないとな。


 「ばれたら、刺客来るわよ。魔王軍の」


 さらっと言われた。

 今日は良いお天気ね、ぐらいの爽やかな笑顔でな!

 刺客かー、それも魔王軍の。

 聞きたくなかったなー、言われたくなかったなー。

 言うなよ。

 空気読めよ。

 そこは濁しておいて、もっと親密になった夜とかだなあ。

 うん、分かってる、君のそういうとこ意外と好きだから。

 そう思わないとやっとれんわ!


 ついでに、ばれた時には勇者隊も来るらしいけどな。

 そっちはちょっと見てみたいわ!

 うちのエリカがいつもお世話になってますくらい言いたいわ!

 出会ってホヤホヤ、イベント図鑑も全く埋まってないけどな。

 今のエリカがこんなんな原因のおそらく一端。

 親の顔が見たいわ!と同じ気持ちだよ。

 間違っても皆妙齢お嬢様だからお近づきになりたい、という疚しさからではない。

 勇者隊の話を聞いて最初はちょっとだけ期待したさ。

 勇者を守るために集められた美女軍団。

 そのフレーズ聞いたらときめいちゃうだろお年頃だしな!

 けどな、美味い話には裏があり、美しい花には棘がある。

 それは、棘どころか猛毒激毒触るなキケンなお人柄。


 ——勇者隊は勇者が暴走しないよう監視している。

 ——勇者隊は勇者の死を望んでいる。


 何それ聞きたくなかったよそんな悲しい現実。

 何故?と聞きそうになった時に見えたエリカの悲しそうな顔。

 聞けなくなっちゃったじゃねえか。

 言わなきゃそんな悲しい顔しなくてすんだんじゃねえのか。

 けど。

 きっと、言いたかったんだろうなぁ。

 誰かに聞いて欲しかったんだろうなぁ。

 たまたま、その役目がオレだっただけ。

 路傍の石コロのような冒険者オレに、降って湧いた悲劇のヒロインの相手役。

 身に余りすぎる栄光は幸か不幸か。

 ならばせめて、与えられた役を演じようじゃないか。

 大根役者は大根役者らしく、雑草魂ご覧あれ。

 オレはその場でエリカのことを抱きしめたさ。


「大丈夫、今は、おれがいる」

「……うん」

「聞いてほしいなら、今でもいいぞ」

「聞いてほしくなったら言うわ。その時は……逃げないでね」

「念のため捕まえておいてくれ。逃げ足にはちょっと自信があるんだ」

「自慢にならないわね」

「生き延びる知恵と言ってくれ」

「いいわ、絶対に逃がさないから。勇者パワー舐めないでよね」

「ああ」


 オレはエリカからゆっくりと離れた。

 名残惜しそうに離れたエリカの、ぎこちない笑顔。


「さて、じゃあ反対向いて出発するか。ちと長旅になるぞ」

「いいわ、付き合うわよ」


 こうしてオレとエリカはアストンに背を向け、ドラフに向かう街道を歩き始めた。


++++++++++


「ねえ、これって、走っていった方が早いんじゃないの?」

「まだ街道出て30分も歩いてねえよ、我慢しろよっ」

「ねえねえさっきの続き聞いてよー。勇者隊ってさー」

「言うなよまだ心の準備全くできてねえわ空気読めよっ!」

「ちぇー」


 オレたちの旅は、まだ始まってもいねえよ!


 この後、その日のうちに同じようなやり取りを10回以上することになろうとは、勇者ならぬオレが知る由もあるわけねえじゃねえか。

 いい加減にしとけよ25歳児。


++++++++++

 


☆紙面余りを埋めるための設定(忘備録、ともいう)


 勇者とは!


・勇者は悪を滅し世界に平和をもたらすために現れる(と言われている)。


・勇者は神託によって存在を示され、神託以外の方法で見つけることは出来ない。


・勇者は神託後に勇者の力を発現する。


・勇者の出自は秘匿される。その方法はちょっとアレ。かなりアレ。


・勇者は勇者の力によって見るものに最も美しい姿を見せる。

 ただし、勇者の力を失っているときその姿を見た者には効果がない(らしい)。


・勇者は驚異的な再生能力を持つ。

 その際、外部から魔力を吸収する(実体験より)。


・勇者は魔力を身に纏う。その魔力は便宜上魔力渦と呼称する。


・勇者は勇者の力によって簡単には傷つくことがない。


・勇者は勇者の力によって成長(老化?)が極めて遅くなる。


・勇者は勇者隊という同行者がいる。


・勇者は勇者が暴走しないように勇者隊に監視されている。


・勇者は勇者の死を勇者隊に望まれている。



 以上、当代勇者エリカのみに適用される設定もあるため、過去未来すべての勇者が同様とは限らない。また、勇者エリカが語った内容が真実であるか、勇者エリカが真に勇者であるかは定かではないことをここに記しておく。



++++++++++

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る