第4話:勇者様かく語りき

「はぁっ?25歳だと!?嘘つけこのチンチクリンが」

「チンチクリンの意味くらい知ってるわ、埋めるわよ。嘘言ってどうするのよ」

 

 オレの叫びををそよ風のごとく受け流すは勇者の風格か。

 しかし見た目は贔屓目に言っても中学生女子。

 発育の良いランドセル少女にすら負けそうな勢いの自称勇者。

 寝台に腰かけ優雅に茶を啜り、脚を組み替える。

 マント羽織ってても前丸出しなんだが誘ってるのかオイ。


「てっきり未成年かと思ったよどうすんだよオレの純情を返せよ!」

「何が純情よ。マントならいつでも返すわよ」

「どんだけ全裸好きだよ自称痴女勇者!マント返すな前も隠せ!」

「これ臭いから嫌なのよ」

「それはっ!…………すまん我慢しとけ」


 エリカはオレのマントを摘まみながら、もう一方の手で鼻をつまんだ。

 長年の艱難辛苦を共に乗り越えてきたマント。

 そりゃもう、汗とな涙と涎かその他ちょっとアレな汁とか塗れてるさ!

 それをいたいけな少女の柔肌を包んでいるかと思うと……うひっ。

 少女じゃなかったけどな! 

 オレの一つ下かよ、びっくりだわ。


「……育たないのよ」

「胸がか?」

 

 ドンっっっっっっ!!!!!!


 とう衝撃音とともにオレの顔すれすれ、壁に根元まで突き刺さる剣。

 天井からぱらぱらと埃が落ちてくる。

 

「死にたい?死にたいのね?」

「投げる前に聞けよ死にたくねえよまだまだ青春エンジョイしたいわ!」

「だったら口には気を付けることね」


 エリカはため息を吐いてやれやれと肩をすくめた。

 え、今の俺が悪い流れ?理不尽過ぎない?

 あ、言い忘れてたけどエリカは自称勇者で見た目チンチクリンな偽少女な。


「勇者はね……歳をとらないのよ。正しくは、歳をとりにくくなる……だけどね」

「おいおいそりゃどういう……」


 エリカは勇者について語り始めた。


 誰もが知ってる皆あこがれの救世の徒——勇者。

 世の混乱に颯爽と出現し、悪を滅し平和をもたらす者。

 その出自は謎であるものの、どの勇者も等しく絶世の美男美女。

 どれだけの美辞麗句を重ねても語りつくせぬのが、オレたちの知る勇者。

 だが、その実態は——。


 勇者は、神託によってその出現を予知される。

 勇者は、神託以外に見つけるとは不可能。

 勇者は、神託後にその資質を発現する。

 勇者は、その魔力によって絶世の美男美女として人々の目に映る。

 勇者は、その魔力によって身体の成長が止まる。


「あたしはね、13歳の時勇者になったの。今より少しだけ幼かったわ。

 ある日突然、村に兵隊やってきてね。皆、怯えたわ。

 偉そうな、高そうな服を着た男が言ったの。

 この村の、エリカという娘が勇者の神託を受けた、ってね。

 皆びっくりしたわ。だって、なんの変哲もない、農家の娘よ?あたし。

 その時もね、畑仕事してた。そしたらお母さんが呼びに来たの。

 偉そうな人のの前に連れていかれたわ。訳も分からずにね。

 話を聞かされたけど、半分もわからなかった。学校なんて行ってなかったし。

 それで……連れていかれたわ」


 遠くを見るように、淡々と話し続けた。


「……断れなかったのか?」

「お父さんも、お母さんも、最初は引き渡すのを嫌がったわ。

 けど、偉そうな人は名誉だの幸せだの義務だの、いろいろ小難しい話をしたわ。

 そして話の最後に出したの。すっごい量の金貨をね。

 金貨なんて生まれて初めて見たわ、それもあんな量」


 嫌な思い出に顔を少し歪めた。


「売られた、か」

「ええ、農村の娘が金で買われた。それだけの、どこにでもある話よ。

 両親にだけでなく、村にも金貨が渡されてた。たぶん、口止め」

「勇者の出自は、不明……か」

「そういうこと。けどさ……おかしくない?」


 エリカは自嘲気味に笑った。

 金で買って口止めをする。何もおかしな話ではないが……。


「全ての勇者の出自は不明ってのは……いささか、おかしすぎる」

「そういうこと。もっとも、それに気づいたのはだいぶ後のことよ。

作戦の途中でね、村に立ち寄ったのよ、たまたま。

勇者隊の仲間には止められたけどね。会うと、別れづらくなるからって。

けど、そうじゃなかった。彼女たち、知ってたの。本当のこと」


 顔が歪み、今にも泣きだしそうだ。


「いや、もういい。喋んな」


 エリカの言葉を待たずとも、その答えはオレが想像することと変わらないだろう。

 辛すぎる、自分自身をも傷つけかねない記憶を、語る必要はどこにもない。

「嫌、話すわ」

「……いいのか」


 エリカの決意にオレは否定の言葉をかけることはできない。

 彼女はは首肯して、口を開いた。


「村が、なかったの。跡形もね」

「村……が、だと」

「そう、何も…ね。誰もいないだけなら、まだ良かったかもしれないわね。

だって……全部、何もかも燃えてなくなってたんだから」

「死体も、か」

「そうね、なにもかも、全く全部」

「どこかに連れ去られたとかは?」

「ないわ。教えられたもの。隊の仲間、一人だけね、仲のいい子がいたの。

 その子ね、偉そうな、高そうな服の男——枢機卿の孫娘だったのよ。

 あたしを攫うために出発するとき、兵隊に指示してたの聞いたって。

 思い出してみると、ちょっとおかしかったのよねー。

 村を出るとき兵隊の数が少なかった」

「………」

「そこで気付いてたら、止められたかもしれない」

「それは……」

「ううん、きっとみんな助けられた。

 だって……村を出た翌日なの。勇者の力が出たのは」


 エリカは、自らの拳をきつく握りしめた。

 真っ赤な魔力渦が、彼女の腕を包む。

 俯いた顔から、雫が零れ、地面を濡らした。


「この力があれば、みんな助けられた……。

 この力がなければ、なにも起こらなかった……。

 誰とも別れなくて、済んだ……。

 全部、この力の、このあたしのせいっ……」

「エリカのせいじゃ……」

「あたしのせいよっ!!!!!」


 エリカはオレを睨みつけて叫んだ。

 オレの瞳に映る自分自身に向けて。

 エリカの腕に纏う魔力渦は大きくなり、狩猟小屋に広がり始めた。

 赤い光の渦は、彼女の怒りそのもののようだ。

 オレは生唾を、ごくりと飲み込んだ。


 ……こっわ!!どうすんだよ超地雷案件じゃん。聞いちゃいけない話じゃん!

 どうするどうするどうする君ならどうする誰か助けてプリーッズ!!

 いやいや勇者様こんな激重設定持ちかよマジカヨいきなり国家機密レベルの話聞かされちゃって流石のオレちゃんもツッコむ余裕もなかったわヤベー、まじヤベー。

 てかこれで自称勇者様だった日にゃそれはそれで特大地雷メンヘラじゃねえか。

 どっち転んでも重すぎるわ!


 そんな、やや現実逃避思考から目を逸らし、正面のエリカを見る。

 彼女を包む魔力渦はさらに大きさと濃さを増し、狭い狩猟小屋を満たす。


 ……あれ?


 エリカって、こんなに小さかったっけ。

 エリカは確かに小さい。

 ぶっちゃけチンチクリンだ。

 魔力のせいで発育遅れてるといっても程がある。

 だけど、それにしてもだ。

 朝の仁王立ち全裸少女を思い出す。

 その時も、魔力渦は纏っていたはずだ。

 なのに、明らかな違い。

 目の前の深紅の光の渦は、下手に触れれば弾き飛ばされそうな恐怖すら感じる。

 けど、その中で、寝台に腰かけ、俯き拳を握っている少女はどうだ。

 彼女は——エリカという名の少女は、こんなに弱弱しく小さかったか。


 ……助けてぇなあ。


 傲慢な、その思いをオレは飲み込んだ。

 できる訳ないじゃん、オレだぜ?


 けど、悲しい顔した少女一人笑わせられなくて、何が男だよ。

 そんなんじゃあいつらに顔向け出来ねえじゃん。

 また一緒に冒険しようって言えねえじゃん。

 てかここで勇者さま救ったらヒーロー、ってやつ?

 モテモテじゃん!


 ……よし、助けよう、そうだそうしようオールオッケー大丈夫。


 けど、ここで選択肢誤ったら死ぬかなー。

 こんな時イケメンだったら間違わないんだろうなーいいなーイケメン。


 ……ま、死なない程度に頑張ろう。

 死ななきゃ再挑戦も可能だろデスゲームじゃあるまいし。

 よし!

 オレは、覚悟を決めて一歩足を踏み出した。

 動くだけでじりじりと肌が灼けるのがわかる。

 魔力渦こえー。


「エリカのせいかもしれねえなあ」


 エリカが物凄い勢いで顔を上げ睨みつけてきた。

 ちびりそうだよ。

 違うって言って欲しかったのかもしれねえが、言ってやらねえぞ。


「そうよね、そう。何もかも……あたしのっ」


「それでもいいじゃねえか。

 そうだったとしても、今日からはオレがそばにいてやるよ」


 諦めたように呟くエリカに、オレは優しく伝えた。


「なに言ってるのよっ!」


 激高するエリカ。


「慰めてはやらねえよ。

 そんなことしたって、お前の父ちゃん母ちゃん戻るわけじゃねえ。

 けど、悲しくなったら涙くらい拭いてやる。

 寂しくなったら抱きしめてやる。

 腹が減ったら飯作ってやるよ。

 怒ったときは……殺さない程度で頼むわ」

「なんでそんなことをっ……」

「可愛い子には笑っててほしいんだよ、出来るだけな」


 オレはわわざとおどけて見せた。

 エリカの表情が沈む。


「可愛くなんかない、わ。人殺しなのよ、あたしはっ」

「お前が殺したんじゃねえだろ。

 お前の——勇者の力のせいだったとしても、そこは違う。

 皆を殺したのは枢機卿に命令された兵だし、その枢機卿だってそうだ。

 もっと上の、誰かに命令されてたかもしれねえ。

 村の皆だって、言っちゃなんだが金でお前を売ったんだから、お互い様だ」

「けどっ、あの時はみんなそうするしかっ……」

「そう、皆そうするしかなかったんだ。エリカ、お前もな」

「……っ!!」


 あくまで自分の責任だと主張するエリカの言葉を否定する。

 けど、それは責任をなくすわけじゃない。

 どうにもならねえことだってあるさ。

 それこそが勇者の力だったとしたら、勇者なんてクソだけどな。


「だったら、いいじゃねえかそれで。背負いたきゃ背負えよ勝手に。

 オレは一緒に背負ってやるほどお人よしじゃねえ。

 けどな、背負ったモンに押しつぶされそうになった時ぐらいは、支えてやるよ。

 そんときゃ、全力で寄りかかってこい」

「……いい…の?」


 エリカが縋るような目つきでオレを見た。

 お、これはいけるか?


「まかせろ。いつだってドンと来いだ」

「……いつまで?」

「ああ、お前が望むならいつまででもだ。遠慮するな。」


 勇者の使命ってのがあるなら、立ち上がった時、オレはその横にはいられない。

 ならば、せめてそれまでは。


「ねえ」


 エリカが腫らした目を細めた。


「それって……ちょっとプロポーズみたいね」

「なっ、チンチクリンにプロポーズなんてするかよ!そんなお子様興味ねえわ!」

「なんですってぇっ!!これでもあんたの1つ下なんですけど大人なんですけどっ」

「出るとこ出てから言いやがれ発育不良全裸偽少女が!

 ついでに自称勇者様ってか?」

「自称じゃないわよ本物よホ・ン・モ・ノっ!」

「証拠見せて見ろよ!

 ちょっと痛そうな赤いもの漂わせてるだけじゃねえか反抗期かっ」

「言ったわねぇ、だったらっ……これよっ」


 小屋の中に充満していた魔力渦が凝縮して、オレの身体を覆った。

 ヤベッ、動けねえっ、声も出ねえ。

 

 エリカは寝台から立ち上がった。

 肩からマントがするりと地面に落ちた。

 裸身を惜しげなくさらした全裸少女は、笑った。

 ……勇者スマイル、めっちゃこえー。


 そしてオレに抱きついた。


「あたしね、怒ってるの、今」

「……死ない程度でお願いします」


 猛烈な魔力の爆発とともに、オレの絶叫が森に響き渡った。

 勇者こえーマジこえー。


 後のエリカ曰く、この時の彼女の魔力は通常時の1%程度だったらしい。

 ……こえー。


++++++++++





 


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