第3話:誰がために腹は鳴る

 街道から少し逸れた森にある狩猟小屋。

 換気口から立ち上る煙。

 

 陽が沈み、月が昇る獣の時間。


 粗末な木製の寝台。

 その上で静かな寝息を立てる蓑虫、じゃなくて少女inオレのマント。


 火の焚かれたかまど。

 載せられた鍋の中に張られた湯。

 かまどの火と、鍋から立ち上る湯気が、部屋の空気を暖めている。

 オレはその脇で椅子に腰を下ろしナイフで削りとった干し肉の欠片をかじる。

 その塩辛さに顔をしかめながら、干し肉の塊を手早く薄切りにし、鍋に放り込む。

 数種類の乾燥野菜を混ぜたものも鍋に入れ、調味料を垂らす。

 しばらく煮込んだのち、香辛料を振りかけた。

 狭い狩猟小屋の中が食欲をそそる臭いに満たされる。

 常用するには高価な香辛料も、単調になりやすい野外での食事には欠かせない。

 乾燥野菜も香辛料も、その混合比率は秘伝ってほどじゃないけどオレオリジナル。

 長い冒険者暮らし身に付いたで生活の知恵ってやつだ。

 村を出たばかりの、駆けだしだった頃の食事を思い出し苦笑いが出る。


 イケメンとマドンナ、そしてオレの三人は将来を夢見て村を飛び出した。

 夢に夢見るお年頃ってやつだ。

 早々に、夢は寝て見るもんだと気付かされたのは、ある意味幸いだった。

 そこからの奮起と頼れる仲間との出会い。

 永遠の別れもあった。

 死線を渡り歩いたのも一度や二度ではない。

 デッドオアアライブ。

 勝者全獲りの無慈悲な世界。

 掛け金は自分たちの命だけ。

 途方もない数の鉄火場を勝ち抜けてこれたのは偏に豪運。

 実力だと勘違いすればすぐに足を掬われる。

 ようやく一端の冒険者として名が売れるようになった。

 それなのに……。


 煙が目に染みるぜ。


 その晩、少女は目覚めなかった。


++++++++++

  

 翌朝。

 木々の間から差し込む朝日が眩しいぜ。

 オレは眠い目をこすり、身体を伸ばす。

 さすがにこの状況で熟睡する度胸など持ち合わせてないオレは、半覚醒状態睡眠——通称寝たふり——を駆使して一晩過ごした。

 冒険者必須スキルの一つだ。

 疲れは残るが数日は過ごせる。

 ただし、魔力回復には支障がかなり出るため、そっち方面の専門職の皆様にはオススメできない方法である。

 

 寝台を見るが異常なし。

 これでもかというくらい異常なし。

 せっかく半分起きてたんだから異常があっても良かったのよ?

 まあ、寝る子は育つという。

 少女もこの際だからいろいろなところが育つのも良いだろう。

 ……育ってないよね?

 ……育てたらいいなあ。

 

 寝台にそろりと近づいてマントに手を掛けた。

 その姿、どう見てもギルティ。

 見るは一時の恥、見ないは一生の恥。

 オープンセサミー御開帳。


 ぐうぅぅぅぅぅきゅるるるるるるるる


 パチリ。


 また目が合った。

 それも今まさにマントを剥ぎ取ろうとしたその決定的瞬間。

 オレは死を覚悟した。

 社会的に。


 少女はむくりと起き上がる。

 被せたマントが肩から滑り落ちた。

 露になる上半身。

 残念ながら大事なところの成長はなかったようだ。

 今後に乞うご期待!


 少女はオレを見て顔を赤らめた。

 そうだよね、その姿見られると恥ずかしいよね。

 

「……聞こえた?」


 少女は震える声で、そう問いかけてきた。

 ん?見たの間違いじゃないの?聞こえたってなにが?

 さっきなんか変な音したけど、それのこと?

 オレは事情を呑み込めず首を傾げた。


「 ……おなかの音、聞こえた、でしょ?」


 震える声は少しの怒気をはらんで。

 おお、なるほど納得とオレはぽんっと手を打つ。


「さっきの可愛い音、アレ腹が鳴った音だったのか」


 いやー、そりゃあんなことあってあれだけ寝てれば腹も減るわな。

 我が意を得たりとうんうん頷くオレ。

 少女は肩をぷるぷる震わせ。


 いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!!!!!!


 鼓膜も破れんばかりの大絶叫とともに溢れかえる魔力がオレに叩きつけられた。

 オレは吹っ飛ばされた弾みで扉をぶち破り外に放り出された。

 

 扉と地面に背中をしたたか打ち付けたオレは呻きながらも立ち上がる。

 そこには全裸仁王立ちの少女がご自慢の剣を構えて立ちはだかっていた。


 「…何を」

 「コロス。てか死んで」

 

 目がマジだ。

 何の琴線に触れた?

 まさか腹の音?

 そんなあ、あははははははは……ってダメじゃん!


 「ちょっと待て落ち着けいやマジで」

 「女の子はねえ、聞かれちゃいけない音があるのよ」

 「ないとは言わねえけどな!」

 「だから、聞かれたからには……死んで!」

 「いや待て馬鹿阿呆、だからって殺しに直結するな物騒な直結厨かよ!」

 「大丈夫、あなたが死んでもかわりはいるもの」

 「いねえよアホタレ嘘言うな!」

 「安心して。痛いのは最初だけだから」

 「最初も最後もねえよ痛いのはやだよ!」

 「痛さも感じないうちに昇天させてあげる」

 「昇天するのは嫌いじゃねえけど帰ってくるの前提だよ!」

 「わがまま言う子はゆるしません」

 「オカンか!」

 「言い残したいことはそれだけのようね」

 「いやいや全然足りねえよ勝手に話終わらそうとしてんじゃねえよ!」

 「問答無用」


 少女は剣を振り上げた。

 溢れる魔力が渦を巻く。

 強い魔力は色を持つとは聞いたことあるが、スゲエな、これは。

 深紅の光に包まれた全裸少女。

 色気よりも、その迫力に圧倒されてしまう。

 だがちょっと待て。

 これでいいのか?


 「わかった。だが、一つだけ聞いてもいいか」

 「それくらいは、許すわ。あたしは心が広いのよ」


 ……心が広いやつは腹の音一つで剣振り回さねえよ。

 言ったら即あの世にダイブさせられそうだから黙っとくけどな!


 「腹の音聞かれるのは駄目で……裸見られるのはいいのか?」

 

 少女ははっとした顔をして、自分の体をしげしげと眺め、ふんっと鼻を鳴らした。


 「服なんてすぐ破けるもの。気にしたことないわ」


 さも当たり前のように、言い切った。

 瞬間、オレの怒りは天元突破。

 

 「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!!!」

 「な、なによいきなり」

 

 オレの怒声にキョトンとする少女。

 可愛いがっ……可愛いがわかってねえなその顔は!


 「いいからそこに正座しる!!シッダウンナウ!!!」

 「あっ……はいっ」


 オレが地面をびしっと指さすと、少女はわけがわからないという顔で正座した。 


 「しばらくそのまま待機!アンダスタン?」


 言い放ち、オレは扉のなくなった狩猟小屋に駆け込む。

 修理めんどくせえなあと思いながらも、とりあえず無視だ。

 寝台から落ちたマントを拾い上げると、再び狩猟小屋を飛び出す。

 ぽつんと地面に正座した少女の背後に近づいて、肩からマントで包んだ。


「……なにすんのよ。これじゃ動きづらいじゃない」


少女は不満を漏らした。

オレは少女の正面にしゃがみ、開けた胸元のマントを閉じて少女の体を隠した。


「あのなあ、こんなことしてれば服が破けることもあるだろう。

 気にしてたら命が危ないときだってある。そこまでは理解する。

 だからって……服を着なくて良いなんて、駄目だ」

「何でよ」

「それは君が女の子だからだ。

 可愛い女の子は、ちゃんと服を着てなくちゃいけない」

「そんなこと……教わったことないわ。それに……」


 少女は少しだけ悲しそうな顔をした。

 そして、絞り出すように言った。


「可愛いなんて、嘘よ」

「嘘じゃないよ。君は可愛い」


 少女の真意は図れないが、オレの言葉に嘘はない。

 言いたかったことが、言えた。

 少女に満足な結果を与えることは出来なかったが。

 少女はそれを否定するように首を振る。


 「あたしが可愛く見えるのは、この魔力のおかげ」

 

 先ほどまで渦巻いていた深紅の魔力渦は、その光を弱めて儚げだ。


 「魔力のせい?」


 人を魅了する魔術というのはあるが、魔力のせいとはいったい?

 

 「勇者の魔力は、それを見るものに最も美しい姿を見せる」


 少女は寂しそうにそう呟いた。


 「だから、あなたに見えているあたしは幻。

 本当のあたしは、可愛くなんかないのよ」

 「なっ……」


 少女の大胆告白に言葉が出ない。

 勇者であることは元より、その姿についての言及。

 勇者と呼ばれる存在。

 出会ったことはなくとも、その偉業は数知れず。

 偉業の凄さも当然ながら、特筆すべきはその容姿。

 どの勇者も絶世の美男美女として、勇者譚には綴られる。

 おとぎ話のご都合主義と誰もが信じて疑わない。

 だが。

 目の前の少女が言う通り、自身が勇者だというなら。

 そして魔力による幻影を、人々に見せていたというなら。


 ……いやいやなに信じちゃってるのよ。

 会ったばかりの、ちょっと変わった村娘ちゃんが勇者だって?

 あははー、冗談キツイぜベイベー。

 可愛い顔してお・ま・せ・ちゃん。


 ……ん?可愛い?

 君の顔、偽物って言ったよね。

 けどさあ、それって……おかしくね?


 オレは気付いた重大な真実に。

 オレは見た、死んでいる少女を。

 てか、燃えカスからまさに不死鳥のごとく復活して眠れる森のなんとかになるまで。

 その間ずっと見てきた。

 うん大丈夫オレは間違ってない。

 記憶の改竄がなければ、という注釈付きなのがちと心もとないがきっと大丈夫!


 オレは少女の目を見る。

 悲しげで、儚げで、泣きそうな女の子。

 

「君が勇者だってのは、ちょっとまだ信じられない」

「魔王でも倒せば証明できるけど、今は手持ちがないわ」


 魔王持ってるのかよ!?マジックポーチに常時用意してあるとか??


「うん、それは証明してくれなくても、いいかな。

 けど一つだけ確実なことがある」

「……なによ」


「君は、可愛いよ」

「だからっ、それはあたしの魔力が!!」


「それは聞いた、そのうえで、話を続けさせてほしい。いいかな」

「わかったわよ……」

「君は昨日、黒こげの燃えカスのゴミのような状態で、空から落ちてきた」

「酷い言い様ね。思い出したくもないわ」

「いや覚えてるのかよ!?」

「あんたの言う燃えカスになる直前までの記憶は、多分あるわね。聞きたい?」

「どうしても言いたいってならやぶさかじゃないが、できたら勘弁してくれ」

「そう?じゃあ続けて」

「その、燃えカスが君になるまで——いや、君の体が作られ、生き返るまで、かな」

「……」

「ずっと見てた。生き返って、立ち上がって、また寝て、今朝起きるまで」

「良く飽きないわね。それで?」

「生き返る以前から今この瞬間まで、君は全く変わらず……可愛いままだ」

「なにをっ……」


 何を言ってるって言いたいんだろうけど、気付いてくれただろうか。


「死んでるときは、流石の勇者様も魔力なんかないよね」

「そりゃそうでしょうよ。残ってたら、そもそも死なないわ…………っ!!」


 少女ははっと顔を上げる。

 その顔が、朱に染まる。


「もしかして、魔力なし状態の君を見た相手には、効果ないんじゃねえの?」

「………かも、しれない」


 思い当たることがあるようだ。

 だったら、教えてやれよ。

 やれやれだぜ。

 こんな可愛い子の心を傷つけるなんて許せんな、どっかの誰か!


「だからまあ……信じて欲しいかな、オレの言葉を」

「さっき会ったばかりじゃない」

「そりゃそうだ。なら、これから毎日言ってあげるよ」

「なっ!?」


 少女は目を見開いて硬直した。

 オレはできるだけ優しく微笑んだつもりだったが、上手く笑えただろうか。


「……何を言ってるのよ……あたしは勇者なのよ」

「それはまだ信じてねえけどな。今はただの村娘Lv.10だ。」

「村娘?れべる10?何それ」

「いやこっちの話。忘れてくれ」


 やばいやばい、いらんこと口走るとこだった。

 ちょっと疑いの眼差し向けるのやめてくれませんかねお嬢さん。

 どう言い訳したものか。


 きゅううううぅぅぅぐるぐるぐるぐるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……


 こんな時に、少女の腹の虫が仕事しやがった。

 絶妙なタイミングだよツッコミ担当かオイ。

 少女は顔を伏せ、肩を震わす。

 見えないが、間違いない。

 これは怒ってるな。


「……コロス」

「ちょっと待てまた振りだし戻るのか!?勘弁してくれよ飯ならあるからさっ!!」


 少女をなだめてなだめてほめてなだめて。

 狩猟小屋に戻って、火を熾し昨晩作った鍋を温め直した。

 

 猛烈な勢いで鍋の中身を食べ始めた少女。

 どこにそんな量が入るのかというくらい食べ、見事に鍋を空にした。

 案外、魔王とやらもその腹の中に仕舞ってあるのかもしれんな。

 そんなことを考えてたら、飛んできた匙がオレの頭に直撃した。


 元PTのみんな、お元気ですか。

 オレは昨日、少女を拾いました。

 自称勇者とかいうポンコツです。

 美少女ではないけれど可愛げのある子です。

 いつかみんなに紹介出来たらなあと思います。

 それまで、生きていられたらですが。


「いってええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


「食事は静かにって教わらなかったのかしら」

「何も言ってねえよ心読むなよコンチクショウ!!

 川の向こうが見えたじゃねえか!」

「あら失礼」

「失礼じゃねえよお花畑見えたよ満開だよ母ちゃん手ぇ振ってたわ!」

「良かったじゃない」

「だいたい飯時の会話より全裸散歩の方がやべえよ!

 どういう教育受けてんだ!」

「うるさいわねえ……絞めるわよ」


 言いながらもマントで身体を隠す仕草をするのはちょっとは自覚出てきたか。


「チックショウ……ちょっと可愛いからって調子に乗りやがって」

「なっ……可愛いわけ、ないでしょあたしが………」


 しおしおと小さくなっていく少女。


 ……やっぱ可愛いじゃねえか。

 ……意地でも毎日言ってやるからな。


++++++++++

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