第2話:晴れ、ところにより勇者
そんな乙女心と秋の空
涙で秋晴れがかすんで見えるぜ。
住所不定推定無職心は乙女なオレはとぼとぼと丘越えの街道を歩いていた。
馬に乗れないわけじゃないよ!
馬車に乗るお金がないわけじゃないよ!
てか手切れ……じゃなくて退職金ももらったよ領主からさ!
懐ほくほくなのに心は素寒貧というやつ。
良い機会だから故郷まで帰るかと思い立ったが大安吉日。
帰還魔法で送ってもらえば一瞬じゃんと気が付いたのも後の祭り。
急ぎの用があるわけでもなし。
と、聞かれてもいない言い訳を呟いたりしてみた。
……寂しい。
見上げれば、秋の青空日本晴れ。
日本がどこかは知らないけれど。
どっかから女の子降ってこないかなー。
失われた禁呪には衛星おとしならぬ隕石落としの魔法もあるらしいが、さすがに物騒なのはノーサンキュー。
どうせならとびっきり可愛い女の子とか欲しいじゃん、年頃の男の子的にはさ。
それくらいの高望みはしても許されるはずだ。
上を向いて歩こうよ涙が零れないように。
つまづくけどな!そんなことしてたら。
どっかから女の子降ってこないかなー。
大事なことなので2回言いました。
この際もう1回言っておくかと口を開きかけた。
見えるは雲一つない空に煌めく星一つ。
ん?
星?
昼間なのに?
え、ちょっと大きくなってない?
いやマジ大きく……じゃなくて近づいてないあれ??
まさか女の子じゃなくて隕石の方が降ってきちゃうとか。
マジ神様のいけず。
いやいやいやなんかすっげ速度で近づいてくるわアレ。
赤い、てか燃えてない?
うわマジ燃えてるよ火の玉だよバーニングボールだよ!
すっげええええ、じゃねえよこっち飛んできてるよどうすんだよ
逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ……どっちだよ!
いやもう神様マジごめんなさい女の子降ってこいなんて欲かいてすんません衛星落としとか隕石落としとか変なこと言ってすんません上向いてつまずくより涙こぼさない方が人生に大事ですよねいやほんと神様わかってるぅうわっわわわわわあわうぁぁぁぁぁぁぁぁぁl!!
どっかーんっ!!!!!!!!!!!
………うっわぁ。
……死ぬかと思ったよ。
よっこらせ。
ちょっと年寄りっぽかった?今の。
いやあ一気に30年くらいは寿命縮んだ気分だよ。
おしっこちょっとちびったかもしれん。
恥ずかしっ。
とまあ、もうもう渦巻く土煙の中で立ち上がって、身体に付いた砂を払い落とす。
げほげほと咽ながらも口を押えていると土煙も消えていった。
前方に目をやればびっくり仰天。
……街道が無くなってやがる。
舗装されておらず、土を均された街道は大きくえぐれていた。
こりゃ、馬車は苦労するなあ。
さて、落ちてきたブツはいずこに。
隕石落としだとしたら、欠片くらい貰っておこうお土産に。
そう期待しつつ抉られた穴を覗き込んだ。
……なんだありゃ。
穴の中央には真っ黒な、何かが。
妙に既視感のある形状をした、隕石?
いやいや、あの形状は……アレが頭で……手……あしぃ?
人だよ人っ、真っ黒な、かつて人であっ燃えカス?ていうか炭?
……うわー嫌なもの見つけちゃったなー。
見なかったことにしようかしらこの際。
幸い目撃者はオレ一人。
まさに完全犯罪!
いやオレ犯人じゃないけどさ。
そんなことよりどうするよアレ。
死体は放っておくとアンデッド化するし。
身元が分かりそうなものでもあればお礼をいただくってのもアリだが。
生き別れの妹とか生き別れの娘とか生き別れの若奥さんとかいるかいるかも!
よし、調べるだけはただだしな。
オレは意気揚々と穴を下った。
近くで見るとやっぱりかつて人であったものに間違いなく。
思わず手を合わせたね。
合掌、礼拝、ちーん。
さて、気を取り直して遺品回収レッツゴー。
手ではエンガチョな感じもするので脚でひっくり返す。
するとまあなんということでしょう。
身体の下に隠れていたほうの手が握っているじゃあありませんか。
大層ご立派な剣が。
持ち主が真っ黒なのに傷一つないというまさにミラクル。
名剣秘剣の類かもしれん。
剣に詳しくないのがまったくもって残念でならない。
ともかくせっかくですからこれは俺が預かっておきましょう。
預かるだけですよ?
本当ですよ?
綺麗な娘さんや妹さんや若奥さんがいた日には喜んで返しますけどね!
オレは剣に手を伸ばした。
剣に触れたその瞬間、剣が光りだした!
途端に力が抜けていく感覚。
これは……魔力が抜かれている!?
この世界には魔力が満ちている。
この世界の全て、生物無生物の区別なく魔力を含有してる。
人間をはじめとした一部の生物は魔力を行使する術を持つ。
というわけで、魔術を行使する術に特化している職業が魔術師というだけで、全ての人間、無論オレでさえ魔力の行使は可能なのだ。
えっへん。
いやいやそんなこと自慢してる場合じゃねえよヤバイよヤバイよ。
魔力の枯渇した者は昏倒する。
専門職でないオレですら、おそらく半日程度。
これが専門職なら明日まで間違いなくぐっすりだよ!
しかし、よりによってこんな場所で半日ぐっすりだなんて。
起きるまで命があったらめっけものだね、ってな具合だ。
逃げるか、耐えるか。
究極の二択入りましたー。
けど逃げるはダメ、絶対無理。
このすり鉢登れるわけないじゃんこの状態で。
近づいたら回避不能のデストラップかよ。
うーん、仕方ないここは耐える一択。
てかそれしかないよ、うん。
男は度胸女は愛嬌。
どーんと行ってみようか!
オレはその場に膝をつきながら、魔力が奪われるのをじっと耐えた。
永遠という名の一瞬とは今まさにオレのこと。
ここで勝てば大金星間違いなし。
ヤバい……気が遠くなって……………………あ、止まった。
ヤッターっ!とガッツポーズの一つも披露したいところだが、まさに満身創痍。
意識を失うのだけはぐっと我慢する。
……ん?
なんとなく生暖かい。
てか明らかにあったかいぞ。
これは苦難を乗り越えた俺にボーナススキルゲットのチャンス?
いやー照れるなあ……じゃねえ熱いよなにこれ!?
見れば目の前の黒い人型から湯気が立ち上っているじゃありませんか。
熱源の正体はこいつか!
まさか魔力吸い取ってたのもこいつ?
なにこれヤバいよだれか助けて。
猛烈な熱さに肌がじりじりと焼けていくのが分かる。
痛い、マジ痛い。
オレもこのまま焼かれて真っ黒な人型になるのかなー。
さよならお母さん、ちょっと親不孝だったかもしれないけど許してちょ。
走馬灯には可愛い女の子だけカモン男は帰れ出てくんな!
ああ、イケメンの娘ちゃんマジ可愛かったなー結婚したいなー。
おにいちゃんしょうらいけっこんしよ♪とか言われたらご飯三杯は軽いね!
とか邪なこと考えたら嫁さん(マドンナ)飛んでこないかしら。
熱いのは嫌だけど嫁さん(マドンナ)の鉄拳も嫌だなー。
どっちを選んでも死亡確定な究極の二択!
さらば我が人生に悔いありまくりだけどな!
最後くらいはしっかりこの目に焼き付けて、メイドの土産にでもしよう。
目をつぶって何も見てないうちに死にましたとかわりとかっこ悪いしな。
覚悟を決めて目の前の黒い人型(発熱中)をじっと見つめる。
見つめる……熱い。
見つめる……熱い。
見つめる……熱……くない。
とうとう熱を感じることも出来なくなったのか。
と、思ってるうちに黒い人型(熱くないみたい)に変化が!
まるで殻が剥けるように黒い欠片がぼろぼろと崩れ落ち始めた。
中からは真っ白い……骨?人型だから人骨?にしか見えないものが!
人骨らしきものには白い紐や赤黒い紐が無数に巻き付き始めた。
同時に鮮やかなピンク色の、なんだか生々しいものがその表面を包み込んでいく。
胴体には中に大小の奇妙な形の物体が生まれ、あばら骨がそれを包みその周囲をやはりピンク色が埋めていく。
頭部にはしわだらけの柔らかな球体が生まれ、さらに白い小さな球体——眼球か。
それは白い材質で囲まれ、やがて頭蓋骨にしか見えないものになった。
ピンク色の肉で包まれた全身は張りのある瑞々しい皮膚が巻かれた。
柔らかそうな産毛まで生えてきた。
手足の先の皮膚は固い爪に、頭部は艶のある頭髪に覆われていった。
かつて人型だった黒いものは、今まさにオレの目の前で人へと変わっていた。
それも。
それもですよ皆さん。
あろうことか、女の子ですよ。
まさか本当に女の子が降ってくるなんて!
一見女の子には見えなかったけど!
あれが女の子になるなんて夢にも思わなかったけど!
神様マジリスペクトっす一生ついていきます神官じゃありませんが。
空から降ってきた女の子。
まさに神の奇跡かミラクルか。
願ってはみるものだね。
不幸にもPT追放された俺に対する神様のご褒美か。
グッジョブ神様コングラッチレーション!
でもね。
一つだけ言ってもいいかな。
本当に些細なことなの。
だけどオレ的には超重要。
落ちてきた女の子なんだけどさ。
なんというかこう……普通って言うかさ。
いや可愛いよ、普通に、って口走っちゃうレベル。
展開的に美少女じゃん?落ちてくるとしたらさ。
主人公と落ちてきた美少女。
物語始まっちゃうじゃん、ラブロマンスの臭いぷんぷんじゃん?
それがさ。
普通の可愛さなの。
例えるなら町娘Lv.10なのさ。
磨けば光る原石って言えばいいのかなー。
磨かないでも光りまくりな宝石より手間がかかりそうな感じ。
ん?
そう考えたらちょっとお得じゃね?
大事に育てればオレ好みの美少女ゲット?みたいな。
オレは妄想に胸膨らませながら、完成していく全裸少女を眺めていた。
第三者視点で言えばただの変態。
変態とは失礼な。
動けないんだから仕方ない。
うん、そうだ、そういうことにしておこう。
そこでふと冷静になった。
オレより先に彼女が動き出したら?
少女は本当に人間なの?
魔獣の類でないという根拠は?
運よく、奇跡的に彼女が人間だったとして、だ。
全裸で目覚めた彼女の前に動かない(動けない)オレがいたらどうなる?
最悪な初対面でフラグ消滅の危機!
背中を冷たい汗が流れた。
……いろんな面でヤバい。
動け!オレの体。
そこから体感で30分。
絶望にも等しい時間だった。
だが、オレは勝った。
動けるようになったのだ。
そも、体内魔力保有量の乏しい者は回復に要する時間も短い。
ありがとう魔力不足なオレ!
今まではそれを恨んだこともあったけど、良いこともあったよ!
オレは大きく息を吸って、立ち上がった。
そうそう、言い忘れてたけど目の前の全裸少女、随分前に完成してたよ。
だいたい20分くらい前。
つまり20分の間、オレは死刑宣告に怯えていたわけだ。
正直ちびりそうでした。
身体の自由を取り戻して、真っ先にオレがすべきことはただ一つ。
オレはマントを脱いだ。
おまわりさんコイツです!
いやいや流石にこの状態でコトにおよんだらアカンでしょう人として。
オレの辞書にも分別の文字くらい……どっかにあったような、あれ?
……まあいいか。
マントで全裸少女の身体を包んだ。
さすがに顔までは覆わない。
そこまでしたら犯罪者一直線だ。
あとは逃げられるだけの距離を確保しつつ、彼女が目覚めるのを待つことにする。
ちょっとチキンだけどそれくらいは許してほしい。
包むときにちょっと胸揉んだりしたけど、それも許してほしい。
ささやかだけど柔らかかったです。
彼女が握ってた剣でオレの指先切れちゃったので引き分けってことで。
だって剣、離してくれなかったし。
オレのマントに包まれた元全裸少女は生きているように死んでいた。
いや、洒落じゃないよ。
だって息してないもの。
心臓も動いてないもの。
脈もないもの。
見事な三ない運動実施中少女。
でも全く死んでるようには見えないミラクルガール。
考えてみれば燃えカスからここまで復元したんだから、息をしていないことぐらいどうということはない。
放っておけば息ぐらいするでしょ?
それとも目覚めには王子様のキッス、とか?
いやー困っちゃうなー。
……そういうことなら喜んで!
一旦距離を取ったが、少女の命が懸かっているとあっては動かねばなるまい。
漢ならば、やらねばならぬ時がある。
そう!今こそがその時だ。
決して少女と口づけする口実が欲しいわけじゃないぞ。
本当だぞ。
そっちの趣味はないので、もう少しお年を召したお嬢さんがお好みなのだ。
10年、いや5年後が楽しみだなー。
いろいろ駄々洩れながら意を決し、マントに包まれた少女に歩み寄る。
眠っているようにしか見えない少女の肌は傷一つなく、間違いなく美しい。
ただ残念なのは、余りにも凡庸なそのお顔立ち。
とはいえ、パーツの一つ一つは完璧な職人芸のたまもの。
お目当ての唇は、ぷりっぷりなんだけどね。
うーん、もったいない。
……ごめんなさい言いすぎました。
ちゃんと可愛いです。
わりと好みなんだよね。
連れて見せびらかしたい程じゃないけど、大事にしたい感じ。
きっと良い奥さんになるんだろうなあと想像できる子。
将来の安定感抜群。
てなわけで、たとえオレが選ばれなくても、幸せを願ってあげたくなるタイプ。
うん、生き返って欲しいなあ!
その時は可愛いねって言ってあげたいなあ。
口元に手をかざすが、呼吸はない。
マントを少し開けてみても胸が上下している気配はない。
オレは大きく息を吸って顔を……じゃない、人工呼吸じゃなかったわ。
一旦大きく息を吐いて、吸ってーを繰り返し呼吸を整える。
そしてオレは彼女に口づけするために顔を近づけた。
パチ。
目が合った。
次の瞬間、少女はいきなり起き上がった!
正確には起き上がろうとしてオレの顔に頭突きをしてきた。
キスどころか強烈な一撃をいただきました。
のけぞるオレを無視して立ち上がる少女。
包んでいたマントは滑り落ち、見事な裸体をさらけ出した。
その痴態を気にも留めず、剣を握りしめての仁王立ち。
やや貧相な身体ながらも王者の風格。
闘気?とか覇気?とかそんな類のものがにじみ出てる。
……ん?そうじゃねえ魔力だ魔力、何だコイツ魔力駄々洩れしてるよ!
お漏らししちゃってるよ!
やっぱやべえ奴なのかもしれない
可愛い顔して人間丸飲みとかしちゃったりなんかして。
さっきは丸焼きにされそうになったしな!
オレは少女に気付かれないよう、ゆっくりと距離を取る
少女はそんなオレの存在を無視するかのように、空をじっと睨みつけていた。
その方向には何がるあるんだ。
対し、地面に腰を落とし、目に涙浮かべながら赤くなった鼻をさすっているオレ。
こんなちっぽけなオレとは比べ物にならないでっかい何かが待ってるぜ……てか。
いやいや小さくてけっこうですからお構いなく。
そんなことを考えていると頭上から声が聞こえた。
……また、生き延びちゃったか。
見た目相応の、やや幼い少女のか細い声。
胸が、締め付けられた。
途端、少女の纏っていた魔力は霧散し、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
オレは、迷うことなく飛び出した。
なんでそんなことしたかって。
そりゃあ、誰だってそうするオレだってそうする。
野暮は言いっこなしだ。
しかしオレの思い切りは、距離を見誤って少女の下敷きになっただけだった。
全裸少女ボディープレス。
業界ではご褒美です。
ぎゃふっ。
画面中央にSUCCESS!!とか出てそう。
任務成功でいいよね、ね!
少女を支えつつ起き上がる。
腕に伝わる少女の体温。
ささやかな胸の上下。
小さな寝息。
そのどれもが、少女の生命活動を教えてくれた。
オレは再び少女をマントで包んだ。
少女は何者なのか、そんなことはどうでもいい。
今はただ、生きていることにだけ感謝しよう。
たとえ本人がそれを望んでなかったとしても、だ。
オレは少女を抱き上げ、すり鉢状の穴を出た。
少女の身体は、思ったより軽かった。
++++++++++
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