第35話 食欲の秋と深緑色のアンプ
深い緑色をしたアンプに座ると
結婚を申し込まれるという
ジンクスが軽音部にはある
知ってか知らずか今日もまた
一組の男女がそこに座る
リコが音楽室を出て行き、誰もいない音楽室。
随分遅れて、ハナとサチコは、途中の出店で寄り道をし、たくさん買い込みギターとシールドを抱え込んだまま、音楽室に戻ってくる。
サチコ「わぁ!うちの音楽室もこんな感じだったっけ!」
ハナ「タナカさん……は、部活とか、……何かやってたんですか?」
両手に抱えた食べ物やジュース、ギターにシールドを机に置く。
ゆっくりと無言で近づくサチコ。
ハナ「……。」
サチコの小柄な体から向けられてるとは思えないほどの、するどい眼光は、肉食獣が獲物を狙うかのようで、
目を逸らさないとこちらの思考が全て読まれてしまうような気になる。
サチコ「……サチコでいいよ?ハナ君。」
ハナ「で……でも……。」
サチコ「ん?サチコでいいってば。」
ハナ「サ……サチコ……さん。」
サチコ「ふふふっ。照れてる?」
サチコがいると、全てがサチコのペースになってしまう。
ハナは、自分がリードしてサチコとの距離を縮めていくとばかり思っていたため、思い通りにいかない現実に、嬉しさと、恥ずかしさでいっぱいになっていた。
そもそも、告白はしたものの、返事はまだもらっていない。
サチコは自分に会いにきてくれた。
だけど、これは、からかわれているだけなのか?
調子に乗った男を鼻で笑う姉や妹達を見てきた。
片や母は今でも父に一途だ。
浮かれたいが、浮かれて引かれたら終わりだ。
ハナ「サチコさん、そこで好きに食べててください。僕、ギターしまってきます。」
サチコ「一緒に食べないの?」
ハナ「すぐ、片付けますから。冷めないうちに、お先にどうぞ。」
音楽準備室で1人深呼吸をするハナ。
ギターを拭き、ハードケースにしまう。
サチコが自分を見てくれている。今のところヘマはしていない。
ステージの上でズボンが下がってきたこと以外は。
目を瞑り、脳内再生をキメる。
大丈夫、俺には音楽がついている。
深緑色のベースアンプに腰掛けながら、ハナはシールドを一旦軽く拭き取ってから、ぐるぐる丁寧に巻き取っていく。
『ガラッ』
サチコ「わぁ!物がいっぱい!」
ハナ「危ないですよ、足元、気をつけて……。」
サチコ「キャッ!!」
『ドサッ!』
古くなって浮き上がっていたマットに足を取られ、サチコが転ぶ。
ハナ「大丈夫ですかっ?!」
サチコ「うん……あ……なんかちょっと痛いかも。」
ハナ「見せてください!」
サチコを深緑色のベースアンプに座らせ、手を床についた際、痛めたと思われる箇所を確認する。
サチコの手首あたりを触りながら。
ハナ「痛みますか?」
サチコ「どうだろ……ハナ君に触られてたら、なんかドキドキしちゃって……わかんなくなってきちゃった。」
ハナ「えっ?」
『バタン!』
マリ「もー!だから、フライヤーに使っていい写真じゃないでしょー?!」
クルル「いやいや、ノリノリだったじゃんかー!」
ハイネ「ちゃんと確認したもんな、俺ら!!」
ユリ「ほら、顔もそんなにわかんない感じになってるし、大丈夫、バレないって。それにめちゃくちゃ可愛いよ?むしろ、公開しようよ!」
ステージを終えたマリ達が、音楽室に戻る。
マリ「親に隠してること色々バレたらまずいんだってば〜!デールさんにだって、私がこんな格好してるってバレたら何されるか……」
『ガラッ』
音楽準備室の扉を開けたマリとハナの目が合う。
そして、ハート柄のパンツとも目が合う。
マリ「!!!ごめんなさい!!」
『ガラッ!』
扉を閉めるマリ。
マリ「すいません!確認しないで!」
ユリ「どうしたの?」
マリ「ハナ部長が着替えてるのに、鍵かかってなかったから開けちゃって。」
赤面しながらマリは音楽室を出てゆく。
マリ「ほら、みんな早くスキー部のたこ焼き食べに行こ!早く!早くっ!」
ユリはマリの様子から、準備室にいるハナとだけ遭遇し、もう1人、軽音部ではない女子が隠れていることは気づかなかったんだな、と、察して音楽室を後にした。
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