第34話 食欲の秋と″わざとだよ″



冷たい風が気持ちいい


ライブ後の火照った体


ギターとシールドを抱え


高揚感と達成感で満たされる






リコとパクから、1人遅れて体育館から音楽室に戻るハナ。


そんなハナの目に飛び込んできたのは、長かったはずの髪をバッサリと切った、ベリーショートのタナカサチコだった。



ハナ「!!」


サチコ「あ!ハナ君!会えてよかった!さっき、すごいカッコ良かったよ!」



天使の微笑みがこちらに手を振り近づいてくる。



ハナ「ありがとうございます。タ、タナカさん……!髪の毛……?!」


サチコ「うふふ、似合うかな?ハナ君をびっくりさせようと思って切っちゃった。ふふふっ。」



相変わらず背の低いサチコは、ハナを覗き上げるように上目遣いでクスクス笑う。



ハナ「び……っびっくりしました……!に……似合ってます!」


サチコ「えへへ、本当?嬉しいなっ。でも本当に会えてよかった!ハナ君の学校すご〜く広いから、会えなかったらどうしようかと思ってたの!」


ハナ「あ……会えて……よかったです。」


サチコ「……。」


ハナ「……?」



無言でサチコがハナを見つめる。


ハナはドギマギしてシールドを落としてしまう。


とっさに、ギターを抱えたまましゃがみ込んだハナはシールドの回収に手間取る。



サチコ「大丈夫?」


ハナ「あっ……。」



拾うのを手伝おうとしたサチコの手がハナの手に触れる。


ハナはグジャグジャに絡まったシールドをなんとか回収する。もう、頭の中はパニックだ。



サチコ「……今、手、触っちゃったね。……ドキッとした?」


サチコの視線を感じながら、耳まで赤くなったハナは顔を上げることができなかった。


口を真一文字に結び、メガネをグイッと押す。




そして、必死で最強ソングのイントロを脳内再生させる。




サチコ「ハナくん大丈夫?……学園祭……案内して欲しいんだけど……ダメ……かな?」


ハナ「します!案内、致します!」



ふんす!!と、鼻息荒く、ハナはギターとシールドを片付けに、サチコと音楽室へ向かった。






先に音楽室に戻ってきていたパクはミニョンと合流し、演劇部のミニョン主演作品


”お金が欲しいの唄”


の短編映画、上映に合わせ、腕を組み視聴覚室へ向かっていった。






残されたリコは、

恋に燃えるハナの香りや、


心許せるパートナーと一緒にいる時の、リラックスしたパクの香り、


そして、刺激的で不確かな恋愛の駆け引きを楽しんでいるマリの香りや


冷静さを装いながらも、内に秘める深い愛情を向けている時のユリの香りなどを思い出しながら


自分が一生をかけて関わっていくであろう、クローンと


果たして自分がどんな思いで、どんな香りで、まだ見ぬ彼と向かい合えば良いのか


思案していた。




ユリによると、クローンは本来人間と同じ速度で育っていくが、とある事情でかなりの速度で成長と学習を進めていく、とのことだった。


その上で成形される性格や得意分野、ある程度の事柄は、統計上リコと相性が良くなるように育て上げ、


顔や声はかなり自分好みにカスタマイズすることができると言われていた。



リコのクローンの将来的な運用方法については、未だ明かされておらず、国家機密のプロジェクトに大きく関わる重大なミッションがあるため、極秘である、


と言うことぐらいしか聞かされていなかった。




リコ「世界中のイケメン顔写真から好きなパーツ切り抜いて、組み合わせてみようかな……。私ってどんな顔好きなんだろう……。声は……ん〜あんまりわかんないなぁ……難しいよなぁ……。」




国家機密のプロジェクトといわれても、リコはぜんぜんピンときていなかった。


ただ楽観的に、イケメンパートナーと極秘任務をこなし、誰にも内緒でお仕事をする、それはとてもすごく特別なことで、甘美な響きだった。


いつでも他人に流されて、なんでも普通。


何者にもなれないと思っていた自分が、唯一無二の存在になれるかもしれないこのチャンスに、リコはこの上なく心が躍っていた。




リコ「モノマネとか上手かったら一緒にいて楽しいかな……?


あ、声優さんみたいに声で演技できる人もきっと喋ってて面白いかも……?なんか勉強になりそうだし……。


うーん……声というか喋り方のが気になるかもしれない……。」




リコはブツブツ独り言を呟きながらユリに渡すメモを描き始める。




リコ「ブツブツ……。性格もな〜荒々しい人は嫌だな〜……優しい人っと。……あ……ご飯自分で作れてモリモリ食べる人がいいよなぁ……。ケーキとか作ってくれないかなぁ。料理上手っ……と。」



そこへ、忘れ物をとりに来たパクは、リコの独り言を聞いてしまう。



リコ「……健康なのが1番だよね。きっとメンテナンスとか何かしら、いろいろお金かかりそうだし……。


あれぇ?……私、大学行けるのかなぁ。働かないといけないのかな……。


絶対親なんかに言っても許してもらえないだろうし……一緒に住めないよね……。


うーん……私やっていける……?


内緒にできる……?


……なんか、1人で妊娠出産みたいな気分になってきた……。」



音楽室の外からの立ち聞きのため、リコの独り言は全ては聞こえない。


しかし、パクが勘違いをするには十分すぎる情報量だった。




パク「リコ……妊娠……?!1人で生む覚悟なのか……!!」




真紅学園の歴代軽音部は、素行の悪さが目立っていたため、放課後にアンプで音を出し練習することや、部の活動を認める代わりに、部内恋愛禁止だった。



そして、もともと生活態度や素行については自由主義で寛容な学校であったが、望まぬ妊娠ということであれば厳重にリコ本人や、部にも処罰が下されるであろう案件であった。



パクは忘れ物を諦め、リコの身の心配と部活動の存続の危機を、1人黙々と、解決するを模索し考えを巡らせるのであった。

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