第32話 食欲の秋と震える心


メトロノームが刻むリズムは


ブレることのない己の心のバロメーター


気持ちが乱れている時は


全てがヨレて


メトロノームの音すら乱れて聞こえてしまう




体育館での演奏を前に、本番を控えた軽音部は音楽室で準備を整えている。



ハナ「ダメだ、己の精神が乱れている……。」


パク「なに僕みたいなこと言ってるんですか。」


ハナ「ダメなんだ……手汗が凄くてピックが何枚あっても足りない……。」


パク「え?その、どんぶりいっぱいのピック、ライブでばらまくのかと思ってたのに、もしかして、全部自分のスペアだったんですか?」


ハナ「何枚あっても足りないんだ……。ツルツル飛んでゆく……。」


パク「重症ですね……。」




軽音部の文化祭パフォーマンスが始まろうとしている中、不安でいつもの調子が出ないハナをよそに、


マスカットの香りをしたマリは口元を緩めながらスキップをして衣装やパフォーマンスを確認している。



見事、親を説得し、ちっぷ亭でバイトを始めたマリは毎朝デールとのひと時を楽しみながら学校に来ていた。


それ以来ずっと、デールとのやりとりを思い出してはにやけ、1人頬を赤らめたり、日記帳にやりとりを書き留めたりして、それを眺めてはまたフフフと笑いご機嫌だった。



リコ「マリちゃん、わかりやすくバイト、楽しいみたいだね。」


ユリ「この前、ちょっとだけノート見せてくれたけど、すごかったよ!」


リコ「えっ?!前見せてもらった時は髪型褒められたとか、今日もデールさんがカッコいいとかそんな感じだったけど……。」


ユリ「言って良いのかな……。なんかね……ゴニョ……ゴニョ……。」


リコ「!!!」


ユリ「リコちゃん鼻血!!!」


リコ「……もうダメだ……今日もうドラム叩けない……。」


ユリ「えええ……。っていうか、どんだけ免疫ないの。」


リコ「コソコソ……(ユリちゃん、早く私にイケメンを……。)」


ユリ「コソコソ……(順調に進んでるから。安心してね)。」



恋バナで盛り上がる2人。

ご機嫌に鼻歌を歌いながら、マリは飲み物を買いに向かう。




マリ「あぁっ!嬉しいなっ!デールさんがライブ見に来てくれるなんて!」



スキップで自販機の前まで通りかかると、ひとりのパッツン前髪のベリーショートヘアーな女子に話しかけられる。



パッツン女子「あの……軽音部のライブを見に来たんですが……。」


マリ「!!」



パッツン女子が手にしていたチラシには、夏合宿でユリとリコによって、のせられて撮影された写真がデカデカとモノクロ印刷されたフライヤーだった。


猫耳メイド服で女豹のポーズをとるマリがデザインされたそのフライヤーは顔はハッキリわからないものの、見比べてしまわれては逃げ場がない。



パッツン女子「あの、……このチラシの方……ですか?」


マリ「えぇえっ……?ちが……ちっ違いますよぉお……?」



目が泳ぎ、声が上ずる。



パッツン女子「そうなんですね、勘違いしてしまってすいません。……あの、私、ハナ君に誘われて遊びに来たんですが、どこに行ったら会えますか?」


マリ「!!」



勘の良いマリはピンと来ていた。


この子がハナ部長の想い人……。

だけど……?


切ったばかりのベリーショートの髪


泣き腫らした目を氷で冷やしコンシーラーで誤魔化している目元


萌え袖パーカーにラインの出る素材のロングスカート……。




そして、私、さっき、牽制された……?




マリ「部長なら、そこの階段を1番上まであがった音楽に居ますけど、まだ、この時間だと、関係者以外入れてないと思うので……。」


パッツン女子「……あの、タナカサチコが来たと伝えていただけますか?」


マリ「演奏は体育館で、時間はそこに書いてある時間なので……。タナカ、サチコさんですね。……伝えておきます。」



マリは複雑な気持ちでいた。


女の勘というやつを信じるなら、おそらくタナカサチコは昨日彼氏と別れて泣き腫らし、勢いで今日髪を切ってそのまま来た、そんな感じだ。


一方部長はあの調子。


そしてタナカサチコの気になる言い回し。

まるでハナ部長に近づくなと言わんばかりじゃない……?


私は別にデールさんに夢中なんだから、巻き込まないで欲しいし、そんなことよりこの写真が使われていたなんて!!


親も来るのに、こんな格好してたの親にバレたらどうしよう!!


フライヤーを使ってたのはたしか……ハイネと……クルル!


そういえばリコちゃんもなんか騒いでたな……。


デールさんのことで頭がいっぱいで、確かフライヤーに写真とか何か言ってたけど、あの時話しっかり聞いてなかったもんな……まさかこんなことに写真が使われるなんて想像もしていなかった!



タナカサチコは、ほかっておいてもハナ部長に会えるだろう。



私の快適な真紅学園での軽音、バイト、恋愛生活を死守するためにも、目につくフライヤーはなんとか始末しないと!!


マリは急いで、親がが通りそうなルートのフライヤーを全て剥がしにかかったのであった。

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