第30話 食欲の秋と決意の紅茶


漢 ハナ


一世一代の大仕事を成し遂げる


固く誓った決意を胸に


緊張でカラカラに乾いた喉


逆に汗ばむ手のひら


午前の紅茶を一気に飲み干して


力強くコンビニに踏み入る





『ピンポンパンポンパパ〜ン♪ピンポンパンポンパ〜ン♪』



タナカちゃん「いらっしゃいませ!」


ハナは目線を合わさずにいつもの動線で、改めて冷蔵庫の午前の紅茶を手に取る。


タナカちゃんの視線を感じながらレジへ向かい


目線はそらしたまま午前の紅茶をカウンターに置く。




タナカちゃん「150円です。」


ハナ「あの……。」


タナカちゃん「はい。」


ハナ「あの!」


タナカちゃん「……はい。……?」


ハナ「す……トゥキです!……ウき…ヤってください。」


タナカちゃん「え?」


ハナ「す……すき……やき……マンください。」


タナカちゃん「え?……す、すきやきマン???」



そんなのあったかなと、タナカちゃんはちょっとカウンターの肉まんコーナを覗き込む。



幸いにも今店内は2人きりだ。

妹の気配もない。


あとは落ち着いて、


気持ちを伝えるだけなのに。



ハナ「あ、いや……その……。」



ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ!

逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだっ!!!


……頭が真っ白だ。



ハナはタナカちゃんに背を向け、

ホットコーナーに並ぶ午前の紅茶を手に取った。




ハナ「……すぅぅぅう〜っ……はぁぁあっ……」




深呼吸をして、あの名曲を……!!


ラッパズボンにアフロヘアーの神様が、背面引きでギターを奏でる……


ほんの2、3歩の距離でハナはしっかり脳内爆音ギターリフをキめ、人差し指でメガネの眉間辺りをクッと押す。


改めて、カウンターに追加のホットな午前の紅茶をドン!と置いた。




ハナ「タナカさん!好きです!付き合ってください!!」


タナカちゃん「……!!」


ハナ「返事!絶対ください!さっきの封筒にメアド、入ってるんで!」


タナカちゃん「……(節目がちにはにかんで)考えて……(上目遣いにハナを見つめる)おきますね。(ニコリ)」



『ズキュン!!!』



ハナは自分の胸が打たれた音を聞いた。


300円をレジに置き、そのまま走り去るようにコンビニを後にする。




やった!


やった!!


やったよ!!



言〜ちゃった!!


初めて〜の〜告白!!


君に告白〜ウフフッ!!!




その日のハナは、人生で初めて学校に遅刻をし、一日中ニヤニヤしながら午前の紅茶を眺めていた。


 


リコ「パク先輩、なんか今日、ハナ部長おかしいですよね。」


パク「いいことでもあったんじゃない?」


リコ「なんか、ずっとヘラヘラして、ギター間違えてもニヤニヤしてるなんて、なんか部長らしくない……。」


パク「ライブ前だ!ってピリピリしてるよりはいいんじゃない?」


リコ「……そうですけど……。」


ハナ「じゃあ、もう遅いし、今日はこれぐらいにしておこうか。えへらえへら。」


リコ「……お疲れ様です……。」




部室に残ったハナにパクはニヤニヤしながら話しかける。


パク「部長、オッケーもらえたんですね?」


ハナ「ん?オッケー?何のこと?」


パク「朝のことですよ。タナカちゃん。」


ハナ「返事はまだだよ?」


パク「えっ?!」


ハナ「恋してるって自覚してるのってなんか良いよね。こういう感じなんだね……。俺……実は初めて告白したんだ。なんか、こう、もう言わなきゃ!ってなって……。頑張っちゃった!」


パク「え……、返事、まだもらえてないんですよね?」


ハナ「でも、……(上目遣いで)考えておきますね。(ニコリ)……って言われたよ!あれはもう、そういうことでしょう!」


パク「……うーん、(どうだろう)そうだといいですね……。」




『コンコン♪』



ミニョンが部室の扉に腕組みをしながらもたれかかり、存在を気づかせるかのようにノックする。


ミニョン「ハナ君、それって、また一方的に告白だけして相手の連絡先聞いてないってことかしら?」


ハナ「……。」


パク「結局向こうからの連絡が来るまで動けなくなりましたね……。」


ハナ「……。」


ミニョン「なんでわざわざ自分からそんなツラい状況作るのよ……相談してくれたら、何とかしたのに……。」


パク「あ、で、でも、ニコリってしてくれたんですよね!?」


ミニョン「……そ、そっか、……それならきっと……大丈夫ね!(仮にもお客と店員でしょう?愛想笑顔ぐらいするわよ……。もう。大丈夫かしら。)」


ハナ「……。」


パク「まぁまぁ、まだ、わからないですし、連絡待ちましょ!」




ハナは空になった午前の紅茶のペットボトルを見つめ、心を射抜かれ、浮かれていた自分の心が一気に空になってしまった気になっていた。




このまま返事を待つ時間を想像しただけで、確かに心が押しつぶされそうだった。



……。


いつもこうだ。


タナカちゃんが可愛すぎて、好きすぎて、たまらない、ただそれだけなのに、そこから一歩先に進むためには沢山の試験をクリアしていかなくては行けない。



勉強なら得意なのに。


容量良くいける自信がある。


試験は逃げたりしないし必ず答えがある。


赤点だって、再試や追試をしたらいい。


先人たちの知恵で効率よく問題を解く方式だって、調子のいい語呂合わせだって、山掛けの問題集だってなんだってある。




なのに。




恋愛は後戻りができない。


恋愛についての本を、実はいくつか読んではみたが、真っ白になってしまうのだ。


何もできない。


浮かれ上がる気持ちに、脳の処理や対策が追いつかない。


恋愛は自分のほんの些細なミスが、減点どころか、100%相手に非があっても、相手の都合で永久追試不可になってしまう事だってある。




ハナは空のペットボトルを握りしめ見つめたまま、捨てることができなくなってしまった。



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