第29話 食欲の秋と肉まんフーフー


いつもの朝


いつもの道  


いつものコンビニ


いつもの笑顔


握りしめた封筒に


学園祭のチケットとメモを入れる






説明しよう!!

ハナはここぞという時、脳内でロックの名曲を爆音ループ再生し、己を高め無敵化するのだ!!


その効果により、成績はヒデの上をゆく全国トップクラス!!


学業のみならず、スポーツ、芸術ともにその効果は絶大で、勝負事には特に大きな効果を発揮する!!


父親名義の証券口座には、ハナの指示で資産運用した莫大な財産が雪だるま式に膨らんでおり、そのことを知っているハナパパ、ハナママは左団扇だ!!


一家安泰!!子沢山万歳!!



しかしそんなハナにも、弱点があった!


4人の姉妹含む『異性!』『同じ歳ぐらいの女子!』である!!


その昔、少年漫画に純情可憐な乙女のイメージで描かれた女子たちは、都市伝説、まさに空想上の生き物だった事を


4人の姉妹達との、生活や、成長の過程を通じてハナは直接身をもって体感していた。


ハナにとって現実世界に生息する女子は、


したたかに、逞しく、計算高く、ズボラで、感情的で、残酷で、可愛らしく、愛おしく、複雑で、難解で、次元の違う、別の惑星の生き物で……。


涙を流されればこちらは何も言えない、


何かあった時、世間に圧倒的に悪者にされるのは男、


それでも、なんか気になるけれど、


軽々しく触れられない、美しく恐ろしい生き物、それが女子!!!


女子なのだ!!!





そんな、女子が苦手なハナが心を奪われたのは


高校受験の試験日当日、受験前に緊張と寒さで震えながら、ふらりと立ち寄った


コンビニバイトのお姉さん。




つま先立ちでちょっと背伸びをしながら、ホットコーナーに並ぶ午前の紅茶を整理する仕草になぜかハナの心はホカホカしてしまった。


しかし、名札に付けられたおすすめ商品の林檎デニッシュ、タナカという名前、出勤の曜日ぐらいしかハナは彼女のことを知らない。


短めのぱっつん前髪。


華奢な体と小さな手、細い指。


ハナはなんとかキッカケができないものかと、せめてもの足掻きで、


毎回同じものを買い、毎回同じお釣りが出るように買い物をすることぐらいしかできなかった。



少しでも長く彼女の視界に入りたくて。


そして、彼女の手が自分の手に触れてくれるのを期待して。




『ピンポンパンポンパパ〜ン♪ピンポンパンポンパ〜ン♪』



タナカちゃん「いらっしゃいませ!」


ハナ「……。」




ハナの脳内にはギターの神様の名曲、ピンクの煙が流れている。


リズムに合わせて店内を闊歩し


いつもの4個入り林檎デニッシュと午前の紅茶を手に取り、鞄から1通の手紙を出す。




ハナ「あの……これ。」


タナカちゃん「郵便ですか?あれ?宛名は……?」


ハナ「あの……学園祭があって、僕、演奏するのでよかったら来てください……。」


タナカちゃん「演奏?あ、その背中のギターですか?」


ハナ「はい……中に……学校の場所とかチラシとかチケットとか……僕の連絡先も入ってるんで……。」


タナカちゃん「……ありがとうございます。考えておきますね。(ニコリ)」



いつもの買い物、いつものお釣り。


いつもと違う笑顔。


ハナは学校までの道のりを、こんなに軽やかに弾んで登校したのは初めてだった。


早速練習しなくては。


早る気持ちを抑えながら、音楽室へと向かうハナ。


しかし、音楽室に登る途中の階段でミニョンとパクが肉まんを2つに割り、2人でフーフーしながら食べていた。


パク「あ、おはようございます。部長。あれ?何かいいことありました?」


ハナ「え……まぁ……。」


ミニョン「にやけちゃって……。いいことあったんだー?」


ハナ「別に……。」


パク「そんな顔して絶対いいことがあった顔じゃないですか。」


ハナ「まぁ……まぁな。」


ミニョン「女の子ね?」


パク「タナカちゃんですか?!」


ハナ「……。」


ミニョン「タナカちゃんなのね?」


パク「タナカちゃんの名前がわかったとか、話をしたとか、そんなところですか?」


ハナ「文化祭のチケットを渡した。」


ミニョン「ということは連絡先をGetしたのね?!」


ハナ「いや。」


パク「えっ?!一方的に渡して来ただけですか?」


ハナ「まぁ……。」


ミニョン「なにそれ!相手の反応はどうだったの?」


ハナ「考えておくって……」


パク「……。」


ミニョン「……。」


ハナ「えっ?何かダメだった?」


パク「部長、本気なんですよね?」


ハナ「何だよ……。」


ミニョン「……コソコソ(やり直しね。)」


パク「……コソコソ(いや、でも部長の思う通りにした方が……。)」


ミニョン「コソコソ!!(何言ってるの?そんなフワッとした誘い方じゃフワッとした答えしか来ないわよ!全然なってない、相手に恋人がいたらまず来ないのに、そんなことも下調べ、どうせ彼はしてないんでしょ?!)」


ハナ「……たしかに……。」


パク「今のままだと相手が連絡してこない限り、もうこちらから下手に動けない……。まずは連絡先を確実に交換するか、せめて彼氏がいないかどうかだけでも確認しないと……。」


ハナ「……そう……か。」




タナカちゃんに、何とか近づきたいと、正攻法で接触を試みたつもりだったが、たしかに言われた通り、このまま連絡がなければ告白をするタイミングも無く、相手に何も聞けないまま終わってゆくのが目に見えていた。




ハナ「もう一回……行ってくる。」


パク「え?今から?!」


ハナ「文化祭まで時間がない。」



今日は運良く妹に邪魔されなかったが、次いつ、邪魔されるかわからない。


思い立ったが吉日、ハナは固い決意を胸にコンビニへ引き返していった。

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