第25話 食欲の秋と危険な香り


陽の傾きが足早になる


鮮やかな青とオレンジのグラデーションは


どんどん混ざり合い風は冷たくなる


蔦の絡む赤煉瓦の建物から漏れるのは


エジソンランプの温かな灯り


カラメル色のそれは


道ゆく人を次々に迎え入れる




リコ「なんか今日いつもより混んでますね。」


パク「あ、スキー部がいるな……。」


リコ「本当だ、ヒデさんの声……。」



ヒデ「……違うって!違うよ〜!……フウカちゃんが一番!!」




しかし、一階フロアを見渡してみてもスキー部の姿は見当たらない。



ブロリー「いらっしゃいませ!ちょうどテーブルが満席になっちゃって、カウンターならすぐ座れるんですが……。」


パク「スキー部来てます?」


ブロリー「あ!今日は下でいつものやってますよ!タコパやってます!」



『カランカラン〜♪』



ブロリー「いらっしゃいませ!」


ケイティ「パクくん!外から見えたから思わず入ってきちゃった!」


パク「ケイティ!」


ケイティ「あら?またアナタ?パクくん1人だと思ったのに……。」


リコ「……。ん?」


ケイティ「何よ?言いたいことがあるなら言ってみなさいよ。」

 

リコ「……。」



リコは言いたい言葉をグッと飲み込んだ。

恐る恐るブロリーは声をかける。



ブロリー「えっと……2名様ですか?」


ケイティ「え?私は1人で来たの。この方とは別よ?……それより……アナタも……。うん。悪くない、いいわね……合格。」


ブロリー「えっ?」




ブロリーのくるくる天使パーマな髪型に、ハニカミが可愛いベビーフェイス、少し小柄ではあるものの引き締まって鍛え上げられた細マッチョな身体を、ケイティは見逃さなかった。



ケイティの後ろに佇む男は、モスグリーンのトレンチコートに身を包み同じ色の帽子を深く被る。


カラシ色のストールと帽子の羽飾りは、有名なフィンランドの絵本に出てくるさすらいの旅人のようだった。



謎の男は挙動不審にオドオドと、手にした迷い猫の張り紙をブロリーに見せる。



謎の男「あの……僕は……」


ブロリー「あっ!もしかして、アンちゃんの飼い主さんですか?」


謎の男「……は、はい。」


ブロリー「マスター呼んできますね!待っててください。」




ブロリーは店の奥に消えてゆく。


リコは謎の男の危険な香りに耐えきれず口呼吸をする。

思わず深呼吸したくなるような、深い森の良い香りと、無機質な違和感のある香りは、あまり深く吸い込んでしまうと意識を持っていかれそうで怖かった。




パク「……?どうかした?」


リコ「……大丈夫です……。」


ヒデ「あれ?リコちゃん?パク君?何してるのー?」


パク「たこ焼きの匂いに、つられて入ったんだけど満席で……。」


ヒデ「今、下でうちの連中とタコ焼きやってるからさ、来たらいいよ。2人ぐらい座れるから!ほらほら!」



ケイティがブロリーの後をつけて店の奥に入って行ったのをいい事に、ヒデに手招きされたパクとリコは、


地下のライブスペースでたこ焼きパーティーを行うスキー部と合流した。




ヨシキ「あ!パク先輩久しぶりっす!」


フウカ「リコちゃん!タコ焼きやってるよ!」




ステージ前のフロアに長テーブルを出し、あちこちにたこ焼き器が並ぶ。



サクラ先生はワイングラス片手に、たこ焼きを食べていた竹串で、グラスの中のワインに浸かった果物を刺して食べようとしていた。



ヨシキ「ちょうど今、焼けたのがあるんで、どうぞ!」


パク「ありがとう。」



スキー部に混じり、文化祭の出し物や、今年の芸能人は誰が来るのかなど話は盛り上がる。


しかしリコは謎の男の匂いが鼻について、なかなか箸が進まなかった。



また、嗅いでみたい、危険な香り。


アンちゃんは本当にその男の飼い猫なのか……。



アンの行方が気になる気持ちと、危険な香りを求めて、リコは席を立ち、階段を登る。




フウカ「あれ?なんかリコちゃんあんまりたこ焼き食べてない?」


パク「確かに。いつもより食べてない感じしますね。」


ヒデ「ダイエットとかしてるのかなぁ……ちょっと夏頃と比べて丸くなった気もするし。」


ヨシキ「あの……できちゃった……とかじゃないですよね?」


フウカ「えっ、何、いきなり?」


ヨシキ「……いや、俺の姉ちゃん、今妊婦なんすけど、なんか眉しかめて調子悪そうな感じが、姉ちゃんのつわりと似てて。でも、ないっすよね、さすがに……そんな。」


ヒデ「さすがに……。」


パク「あ……。」


ヒデ「いやいや、さすがにそれはないでしょ。」


パク「そうですよね。」



ヒデとパクの脳裏によぎったのは、夏の海合宿で目撃したあのシーンだった。


あの時、リコはすぐステージで歌っていたし、夜だってスタジオでリズム練習していたはず……。


いや、その日でなくとも、そうなる可能性はゼロではない……。




フウカ「変なこと言わないでよ〜。ほら、サクラ先生もいるんだし……。」




サクラは上機嫌に、たこ焼き器にバターをたっぷりと塗りたくりホットケーキミックスを流し込む。


ワインに浸かったリンゴとレーズン、クリームチーズを入れ、くるくると鼻歌を歌いながら、大人たこ焼きを転がしていた。



フウカ「大丈夫……そうね。」


ヨシキ「たこ焼き口に合わなかったのかな……。」


パク「それはないと思うよ?めちゃくちゃ美味しいよ?」


ヒデ「女心は秋の空と言うし。」


ヨシキ「気にしすぎもよくないっすね!」




一方、リコは謎の男の足取りを、匂いを頼りに推測するが、どうやら今日はアンを連れては帰らなかったようだ。


リコは、ちっぷ亭から外へ出た謎の男の足取を追おうと、少しの間匂いを追っていたが、外は暗くなり、1人でこの危険な匂いを追うべきではないと判断し、


たこ焼きを食べることに専念しようと、改めてちっぷ亭へ戻って行った。




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