第24話 食欲の秋とたこ焼きドラム
天井を突き抜ける真っ青な空
どこまでも遠く透き通る
綿菓子をちぎって浮かべたかのような雲
すうっと溶けて消えてゆく
カラッと乾いた風にふんわりと乗って来る
たこ焼きソースの香り
リコは無言でスクッと立ち上がり
早速練習を切り上げ、匂いの元のちっぷ亭へ向かおうとする。
ナッツ「ん?帰るのか?」
リコ「ちょっと用事があったの思い出して……。」
ナッツ「帰るのは自由だが、まだまだモタってるし、リズムキープが甘い。基礎練毎日やってるか?」
リコ「え?や……やって……ます!」
ナッツ「へばるのも早いし。こんなんじゃ文化祭の出演枠確保できないぞ?」
リコ「でも、その……。」
ナッツ「なんだ言い訳か?」
リコ「私ドラムは向いてないかな〜なんて……。」
ナッツ「初めて一年も経ってないのにもう諦めるのか?」
リコ「全然思ってることができなくて。先輩たちみたいに上手にできないし。」
ナッツ「そりゃ俺たちは中学以前から始めてるような奴らばっかだからな。」
リコ「全然曲とか覚えられないし、ドラムの録音聞くのももう嫌で……。練習しても、なんだかドンドン下手になってる気がして。」
ナッツ「そうか。それなら気分転換したり離れるのも1つの手だな。だけど、下手になっているように感じるのは耳がついてきた証拠だからな。確実に成長してる証ってことは覚えておけよ。」
リコ「えっ?そうなんですか?」
ナッツ「そしてそれは、いつまで経ってもついて回る。どれだけ極めても自分の理想が先へゆくから本当の自分の実力はそこに追いつかない。」
リコ「……そういうもの……ですか?」
ナッツ「だから自分が下手なことに安心しろ。まだドンドン伸ばせる部分があるってことだ。そして下手なことに気付けている耳を持っていることに自信を持て。」
リコ「ナッツ先輩!」
ナッツ「そんな後輩のために俺はドラムの座を譲ろうと思う!」
リコ「えっ?!」
ナッツ「俺、ぎっくり腰がさっき再発して。」
リコ「えっ?!」
ナッツ「俺の勘だともう文化祭は無理なんだよね〜。」
リコ「えっ?!」
ナッツ「だから。部長とパク君とのバンド、文化祭でリコちゃん、叩きなよ。」
リコ「無理です!」
ナッツ「これから毎日12時間ぐらい練習したらいけるでしょ。」
リコ「無理ですって!」
ナッツ「でも他のドラマーみんな掛け持ちだらけで忙しいし。」
リコ「ゔゔゔ……。」
ナッツ「そういうことなので、後よろしくね、パク君。部長には連絡しておくから。俺は早速病院に行ってくるよ。」
リコ「えええええええ〜……。」
パク「ナッツ先輩、お大事に。」
文化祭まであと数日。
リコを任されたパクは、曲全体を考えながら簡単アレンジのドラム譜をサラサラと書き出す。
パク「こんな感じかな……。ちょっとスティックかしてくれる?」
リコ「はい……。」
パク「あ、可愛いシールついてるね。」
リコ「マリちゃんとユリちゃんとお揃いで貼ったんです。」
パクは曲を鼻歌で歌いながら譜面をドラムでなぞって行く。
なんでもできるんだよな……。
そしてパク先輩はスティックに貼ったシールにもちゃんと気づく。
そしてどんなにモテてもミニョン先輩のことは別格に扱う。
インナーがバナナ柄のTシャツだったり、たまに厨二病の本心が見えた、何言ってるかわからないことがあっても、
ミニョン先輩のためにブリーチしたり、お風呂に入るのを趣味にしている。
そういうところが、また余計にモテるんだろうな……。
パク「うん、どうかな?できそう?」
リコ「やってみないとわからないです……。」
パク「にしても、急でビックリしたよね。」
リコ「私なんかでいいんですか?先輩たちの演奏曲、難しいのばかりじゃないですか……。できる気がしないですし迷惑かけちゃうかも。」
パク「大丈夫じゃない?僕もサポートするし。」
リコ「私自信ないです。他の人探しません?」
パク「リコちゃんの負担になっちゃうなら、他の人に当たってみるけど、部長も快諾してくれるはずだし。せっかくだから挑戦してみない?」
リコ「うーん……。」
パク「スティックこんなになるまで頑張ってるんでしょ?ところで用事は良かったのかな?」
リコ「あっ……。」
パク「ちっぷ亭?」
リコ「えっと……はい。」
パク「何食べに行くつもりだったの?」
リコ「たこ焼きを……。えへへ。」
パク「よし、先輩が奢ってやろう。この話はとりあえずおしまい!一晩考えてみて。ね。」
リコ「はい……ありがとうございます。」
パク先輩はこうやって自然に女の子たちをデートに誘っていくんだろうな……。
リコはユリとの約束したイケメンのクローンを、
どんな性格に育て上げようかとボンヤリ考えながら、ちっぷ亭に向かうパクの後ろ姿を眺めていた。
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