第23話 花咲く春の音楽室
モノトーンで統一されたインテリアの部屋で
カーテンを開けたハナは朝日を浴びる。
窓を開けて深呼吸。
眼鏡をかけ、鳴る前の目覚ましを止める。
壁にずらりと並ぶギターが、唯一部屋に色彩を加えていた。
軽くストレッチをしてから1番手前のレスポールを手に取る。
よく手入れされたそのギターは父親から譲り受けたものだ。
指板を走る左手は滑からに、縦横無尽に動き回る。
ひとしきりスケールや速弾きの十八番フレーズを弾き、最後にピックを咥えアルペジオでオリジナルの曲を弾きながら小さな鼻歌でメロディーを歌う。
ハナ「……ま、こんなもんかな。」
整理整頓された部屋の明かりを消し一階に降りてゆく。
ダイニングではすでに家族が勢揃いで朝食を食べていた。
ハナママ「おはよう。」
ハナ「ん。」
ハナパパ「ほら、きちっと挨拶しなさい。」
ハナ「ん。」
ハナ家四女「お兄ちゃん寝癖直ってない。」
ハナ「ん。」
ハナ家長女「昨日私のシャンプー使ったでしょ?」
ハナ「ん。」
ハナ家次女「昨日のヒカルの将棋、ちゃんと録画しといてくれたよね?」
ハナ「ん。」
ハナ家三女「兄貴の部屋からパクったCD傷つけちゃったけどいいよね?」
ハナ「ん?」
ハナ犬「ワン!」
ハナ「……ん。」
ハナ猫「にゃあ」
ハナ「…………ん。」
ハナ家鳩時計「ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー。」
ハナママ「もう7時だわ!あなた、急いでください。」
ハナパパ「ママが淹れた珈琲がこんなに美味しいんだ、ゆっくり味わわせてくれ。」
ハナママ「もう、あなたったら♡遅刻しても知らないんだから♡ハナも将来パパみたいな旦那さんになるのよ?」
ハナパパ「ハナ、ギターばっか弾いてないで、将来ママみたいに、美人で料理上手で賢い奥さんを見つけるんだぞ?」
ハナママ「もう♡今夜はアナタの大好きな、すき焼きにするわね♡」
ハナパパ「嬉しいな!ハハハハハ!(白い歯キラーン!)」
ハナママ「黒毛和牛買っちゃうわよ♡うふふふふふふ!(同じく白い歯キラーン!)」
ハナ「……ごちそうさま。」
ハナママ「あら、全然食べてないじゃない。」
ハナ家四女「お兄ちゃん低血圧だもんねー。」
ハナ「ん。」
ハナパパ「ほら、ママの作った美味しい弁当。しっかり忘れず持っていきなさい。」
ハナ「ん。ありがと。」
学校まで朝日を浴びながら15分。
のんびりギターを背負いながら歩いているとようやく目が覚めてくる。
いつもコンビニに立ち寄り、いつものパンと飲み物を買う。
そしてレジのあの子に今度こそ名前と連絡先を聞くのだ……!!
『ピロパロパパ〜ン♪ピロパパパ〜ン♪』
女の子「いらっしゃいませ!あ、いつもの……おはようございます!」
ハナ「……。」
よし、今日も彼女1人だ!
ハナの頭の中にはギターの神様の名曲、ピンクの煙が流れていた。
リズムに合わせて店内を闊歩する。
いつもの4個入り林檎デニッシュと午前の紅茶を手に取り、ポケットにしまってあったメモを握る。
レジに商品を置き、そしてポケットの中の握りしめたメモを……
『バン!』
女の子「ビクッ!」
しまった!カウンターにメモを出すだけのはずが、
力んで叩きつけてしまった!
『ピロパロパパ〜ン♪ピロパパパ〜ン♪』
ハナ四女「あ!いた!」
ハナ「!!!」
女の子「いらっしゃいませ!」
ハナ四女「今日は私と一緒に学校行ってくれるっていったのに!1人で行っちゃうんだもん!ねぇ、何でカウンターに手ついてるの?」
ハナ「あ、……むっ虫が飛んでて思わず……逃げ……逃げられちったかなぁ……。」
とっさにメモを隠してポケットにねじ込む。
ハナ四女「ほら、買ったなら早く行こ?」
ハナは腕を掴まれズルズルと連行されてしまう。
さすがに彼女だとは思われてない……と思うが……。
4人の姉妹たちは外で自分のことを兄と呼ばない。
ハナが彼女を作ろうとするたびに4人の姉妹たちが、いつも邪魔に入っていた。
ブラコンもいい加減にしてほしい。
ハナ「……はぁ……。」
ハナ四女「じゃあ、私はここで。今晩すき焼きって言ってたし、早く帰ってきてね、お兄ちゃん♡」
曲がり角で四女は絡めていた腕をようやく離し、自分の学校へ向かっていった。
その様子を影から見つめていたのはリコとマリだった。
マリ「ヒソヒソ……(今お兄ちゃんって言ったよね?)」
リコ「ヒソヒソ……(言ってた!違う学校の彼女かと思ったけど妹さんなんだね!)」
マリ「ヒソヒソ……(このまま、後、つけてみようよ。)」
ミニョン「ヒソヒソ……(それが良さそうね、私たちも同行するわ。)」
リコ マリ「!!!」
パク「ヒソヒソ……(2人ともおはよう。)」
ミニョン「ヒソヒソ……(私たちのデートスポットで何をコソコソ見てるかと思ったら、彼は確か軽音部の部長よね?)」
マリ「ヒソヒソ……(えっと……あの……そうです。)」
ミニョン「ヒソヒソ……(軽音部はいつも朝練ないのよね?パクくん?)」
パク「ヒソヒソ……(うん、確かいつも部長は音楽室で1人で練習してるみたいなこと言ってたけど……。)」
ミニョン「ヒソヒソ……(面白そうじゃない、後をつけましょ!)」
鍵のかかった音楽室。
グランドピアノに向かうハナ。
正確にはハナより少し遅れてきた女子生徒により鍵がかけられ、軟禁された状態だ。
リコとマリは事情をパクとミニョンに告白し、合流したユリと共に5人で音楽室の扉に張り付き、外から聞き耳を立てていた。
女子生徒「ほら……早く弾きなさいよ。」
ハナは、ゴクリ、と唾を飲み込み両手の汗をズボンで拭う。
ハナが奏でるピアノの旋律はとても美しく儚い。
ところがハナの指がもつれ、曲が途中で止まってしまう。
女子生徒「……。」
ハナ「……。」
女子生徒「それでいいと思ってんの?」
ハナ「……。」
女子生徒「……全くダメ。ほら、早く脱ぎなさい。」
ハナ「……。」
『ガザ……ゴソ……』
女子生徒「……ここは、こうでしょ?」
ハナ「うっ……」
女子生徒「違う、こうよ!」
ハナ「……クッ!」
女子生徒「もう!じれったい!」
『ドン!』
マリ「なんか、ヤバくない?ハナ部長大丈夫かな……。」
ユリ「たぶん……。」
リコ「中で……何してるんだろ……。」
パク「ハナ部長……」
ミニョン「ワクワクするわね!」
しばらくしてまたピアノが流れる。
張り込み初日からマリの言っていた女子生徒が来るとは思っていなかったため、5人は興奮が止まらなかった。
ハナは何度も同じ場所を弾き直し、譜面に採譜していく。
滑らかに筆が進むが、力を入れすぎたのか簡単にペンが折れてしまう。
女子生徒「ちょっと……?馬鹿力ね……。もっと優しく扱いなさいよ……。」
リコ「部長何したんだろ……」
ミニョン「……ドキドキしちゃうね。」
マリ「大丈夫かな……部長……。」
マリは音楽室に入る女の先輩がどこか見覚えがあるような気がしていた。
リコは息を潜め聞き耳を立てることに必死で、鼻で探ることはすっかり忘れてしまっていた。
冷静に情報を分析するユリ。
興奮するミニョン。
最悪の事態を目撃してしまった場合に、どう対応しようか脳内趣味レーションするパク。
鍵盤にポタリ、ポタリと垂れる赤い液体。
うつむいたハナの顔は表情が見えない。
女子生徒「あぁ、また鼻血だして……。暑かったかしら?ほら、ティッシュ。窓、開けるわね。」
ハナ「ん。」
ユリ「のぼせたのかな……。」
リコ「興奮してるのかな!!」
ワクワクキラキラしているミニョンとリコをよそに、ユリは冷静、パクとマリは不安が止まらなかった。
女子生徒「あら……。だらしないズボン!こっちが恥ずかしくなるわ……。早く脱いで?」
ハナ「ん。」
ミニョン「え?今ズボン脱いでって……?!」
リコ「もうこれアウトですよね!」
マリ「パク先輩止めて来てください!」
ユリ「脱いでる……ズボン。」
パク「いや……その……う〜ん……。」
ミニョン「ドキドキしちゃうわね!こんな設定!」
マリ「こんなことバレたら!」
リコ「まずいですよパク先輩!」
パク「いや……えっと……。」
ユリ「みんな!声大きい!」
『ガラッ!』
興奮と不安とで、声を潜めることをすっかり忘れてしまった5人は、音楽室の扉を開けたジャージ姿のハナと対面した。
リコ「あれ?」
ミニョン「ジャージ?」
マリ「ハナ部長!」
パク「部長!鍵閉めて何やってるんですか!
」
ハナ「何って……ピアノの特訓を……。」
女子生徒「お兄ちゃん、裁縫道具ないから安全ピンで止めておくわよ?ズボンのチャック。」
マリ「お兄ちゃん?!」
ハナ「あ、妹。」
女子生徒「どうも〜。」
ハナ「朝練で集まったのか?」
ユリ「あ……はい、そんなところです。」
ハナ「悪かった、独占してしまっていて。いつもピアノはジャージで弾いてて。今度から着替え終わったら鍵ちゃんと開けるようにしておくな。」
マリ「あ、はい、ありがとうございます……。」
ハナ「練習……するか?」
リコ「あ、今日はなんか暑いですよね〜!私喉乾いちゃったなー!」
ユリ「私もなんだかお腹すいて来たー!」
ミニョン「パクくん、ちょっと私忘れ物思い出したからついて来て!」
マリ「えっと……私も練習はまた、今度で……。」
ハナ「ん。」
女子生徒「はい、お兄ちゃん。チャック止まったけどすぐ取れちゃうから早く買い替えなよ?」
ハナ「ん。」
無事に誤解も解け、その後、マリはたまに朝練と称してハナのピアノを聴きに音楽室に足を運ぶのであった。
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