第20話 花咲く春の庭園
ピピピピピピピピ……
「………おーい……ユリ……起きて……」
ユリ「……う……ん……」
実は、いつもの紅茶の香りで目は覚めていた。
『シャッ!』
カーテンをいつもリョーマが開けて起こしにきてくれる。私はそれを待っている。
リョーマ「ほら!ベーコンエッグトースト作ったよ!」
ユリ「……ん……あと……少し……」
リョーマ「そっちがそのつもりなら……」
ごそ……ごそ……
ユリ「も〜リョーマ……ちょっと……くすぐったい……」
ベッドに忍び込んでくるリョーマに二度寝を阻止されながら起きる朝。たまらなく幸せな朝の始まり……。
と思ったら今朝はいつもと様子が違っていた。
ユリ「リョーマ?……寝ちゃうの?」
リョーマは私とウズラじいちゃんが作り上げたクローン。
まだ発表はされていないが、実はクローンは沢山私たちの生活に溶け込んで存在している。
クローンはそのままでは人間と区別がつかないため、差別化を図る為に、体内には様々な機械が入れられて、
"人間の脳を持った人間に近いボディーの感情のあるロボット"という扱いを関係者からはされている。
そして、リョーマに、与えられた使命は私のケアをすること。
私とウズラじいちゃんは才能を買われて、ある組織からバックアップをしてもらいながら色々な研究をしている。
私自身、研究に打ち込める毎日が楽しいし、自分好みのリョーマが身の回りの世話をしてくれるのが幸せすぎてたまらない。
だけど、いつ、リョーマに不具合が出るかもわからない。良いことのための研究だとは聞いているけど、悪用される可能性の方が高いと思っている。
だけどウズラじいちゃんは、それなら、その悪用されたものを超える研究をすればいい、常にそうならないように超えるものを作り続けていけば良いと私に知識の全てを教えてくれた。
カッコいいんだ、ウズラじいちゃん。
ユリ「リョーマ……?」
リョーマ「ワッ!!!」
ユリ「キャッ!!もう!!」
リョーマ「あれ?もしかして心配した?」
体を起こしていたユリに覆い被さるリョーマはいつもの笑顔で鼻の頭をチョンとユリの鼻にくっつける。
リョーマ「さっ、ごはんごはん!」
ロボットかもしれないけど体も心も生身の人間。
たとえ体に機械が入っていたって、私のケアロボットだとしても、私はこの人を守りたい。
ウズラじい「相変わらず一人で起きて来れんのか……朝食もいつもリョーマに作らせおって……。」
ユリ「おはよ、おじいちゃん。」
ウズラじい「うん、おはよう。わしが死んだ後リョーマなしでは生活できないんじゃないか……まったく……。」
「にゃーん」
赤い首輪にゴールドのプレートがついた黒猫がウズラじいに擦り寄る。
ウズラじい「アン、お前もそう思うか?」
ユリ「アンは早く朝食が欲しいって言ってるよ。」
ウズラじい「ワシにはただの黒猫にしか見えないが……。」
ユリ「多分普通の人じゃ聞こえない音域の周波数でこの子達は会話してるから、それが私に聴こえるんだと思うよ?」
ウズラじい「奴らには黙っておけよ?厄介になる。」
リョーマ「その時は僕が守りますよ。」
アン「にゃあ。(私も。)」
ユリ「リョーマもアンもありがとう。昨日できた盗聴器、今日外で試してくるね。」
ユリはツヤツヤの毛並みのアンを抱っこして、小皿にカリカリの朝食を一掴み入れ、一緒に床におろした。
ウズラじい「リョーマ、紅茶おかわり。」
リョーマ「博士も僕が来るようになってから全く動かなくなったんじゃないですか?ぼく家政婦じゃないですからね?……で、おかわりは?ウバ?アッサム?それともアールグレイにします?
ユリはいつものダージリンで良かったかな?今から淹れるね。」
ユリは、用意された香り豊かな紅茶とリョーマお手製のBETを口に頬張った。
パンはマヨネーズが塗られ、ユリ好みに適度にトーストされていた。そしてカリカリベーコンに、トロッとこぼれる半熟卵。
パンもリョーマが焼いた食パンだ。ユリとウズラ博士は自分たちが一才の家事をしなくてもいいよう、家事機能を最高レベルの家政婦にしてあることはリョーマに内緒にしていた。
ユリ「アン、あなたの本当のおうちはどこなの?ずいぶん長くうちに来ちゃってるけど、飼い主さん心配してるんじゃない?」
アン「……。」
アンは夢中でカリカリを食べている。
ウズラじい「都合が悪いと聞こえないふり……か?」
リョーマ「誰かさんと一緒ですね。」
ユリ「アン、チップさんのところに帰る?」
アン「にゃ……。」
カリカリにまだ夢中な黒猫のアンは、首輪は付けているものの、迷い猫で学校の周りをうろうろしてお腹を空かせていたところをチップさんに保護されていた。
飼い主がみつからないまま時が過ぎており、ユリが素麺を食べに立ち寄った際、そのままついてきてしまった為、しばらくユリの家にホームステイしていたのだった。
もちろん、ユリの家では全身隈なく調べられてしまうが、ただの首輪と、健康な黒猫だった。
ユリ「ちょうちょ♪…ちょうちょ♪…なのはに……とまれ〜…♪」
教室からは死角になった花壇。
色とりどりの春の花が花壇を埋め尽くす。
ユリは戻ってきた盗聴器が集めてきた音声を解析していた。
太陽の光に反射してピカピカと羽が反射する蝶々。
さすがにこれが飛んでいたら目立ちすぎるか。
ユリの目だけに見えているディスプレイから、ウズラ博士にデータを飛ばし、ディスプレイを閉じる。
手のひらの上で飛び回る蝶々は、
急に飛ぶのをピタッとやめて、ユリの手の中に落ちてゆく。
盗聴機能はまずまず……かな。
「もう歌わないの?」
ユリ「!!」
しまった、全く油断し切っていた。
『パキパキッ……』
隠そうと包み込んだ手の中で蝶々は壊れてしまう。
こんな簡単に粉々になるなんて。
「好き!」
ユリ「えっ……?!」
ユリが振り返る先にいたのは、サッカーボールを持った整った顔の男子学生だった。
トーリ「もう歌わないの?いい感じだったのに!それ、ベース?軽音部?」
ユリ「あ……うん、そう、ベース。」
トーリ「歌って!」
ユリ「歌わ……ない……。」
トーリ「好きなのに!歌って!」
ユリ「好き……?」
トーリ「好き!名前は?」
ユリ「……」
トーリ「一年でしょ?俺も一年!俺、トーリ!名前教えてよ!」
ユリ「……。」
こんなことで動揺してしまうなんて。
トーリ「俺、君のファン第1号ね!ファンクラブ会長!名前教えてくれないなら調べちゃうからね!朝練あるから、また!」
ユリ「……なんなの……?」
あの感じでは、たぶん蝶々のことはバレていない。
びっくりした心臓が痛い。
リョーマを守るって決めたのに。
私の決心……
こんな簡単に好きって言われたぐらいでちょっと揺らいだ自分が情けない……。
さっきの会話録音してなかったからちょっとよくわかってないけど……多分、私個人のことじゃなくて、歌のことが好きってことだもんね。
うん……。
不意打ちで好意だけ告げて去っていくのは……。
しかも、イケメンサッカー部、おそらく純粋な人間。
操作されてない人間の純粋な好意……。
はぁ……ちょっとトーリのことが好きになってる。
私の決心って、脆すぎる。
風に揺れる花を見つめて、ボロボロになった盗聴器をポケットにしまう。
ユリはピアノが流れる音楽室へ向かっていった。
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