第19話 花咲く春の図書室


春の風は荒々しく、


窓のカーテンを激しく揺らす。


図書室で一人で勉強するマリがいた――




図書委員でもないけれど、朝一番に窓を開け、こもった空気を入れ替えるのはとても気持ちがいい。


小学校の頃からずっとこうしてきた習慣。


至って普通の家庭であるとは思っていたけれど、うちの家系に代々続く古い考え方みたいなのが、どうやらちょっと世間とはズレているみたい。


お堅いというか……なんというか。


だから私はいつも、家族のいない図書室でのびのびと、息をする。


家では使わせてもらえないパソコンも、ここで自由に使うことができた。


誰も使ってない古いパソコンみたいだけど、家では自由にテレビも見れないため、ドラマやバラエティの内容も、何とかこれでみんなについていけるので助かっている。


両親は私に愛情を注いで厳しく育ててくれている。

私も心配はかけたくないし、2人の望むような娘になっているとは思う。


ちゃんと親の望む高校に入れたし。


このまま、いい大学を出て、いい就職先に就職して、いい旦那さんと結婚して……。


それが幸せ……?


少なくともそうなればお父さんもお母さんも安心はしてくれるんだろうな。


うん。きっとそれが幸せなんだと思う。そう思うようにしていた。


そんな良い子ちゃんだった私は


自分の気持ちがうまく伝えられなくて、分かってもらえなくて、イライラしたりモヤモヤしてる時、


ラジオで耳にしたバンドの曲や歌詞に何度も救われている事に気づく。


いつしか私も誰かの気持ちに一緒に寄り添えるようになりたい、そんな歌が歌いたいと、親が選んだ進学校の中でも軽音部がある真紅学園をわざわざ選んで受験した。


いつもは言えない自分の気持ちを、音楽が代弁してくれる。


親の願いも叶えてあげたいけど、私自身の願いや欲望があったんだよね。


いつでも何でも決められている中で選ぶしかなかった私が、朝早く来るだけで、みんなの空間であるはずの場所を占領できる。



自分だけの特等席。


自分だけの教室。


誰にも支配されない自分だけの空間。


それに沢山の難しそうな本に囲まれていると、何だかその本に書かれている知識全てが自分のものになったかのような気分に浸れる。


自分のクラスとは違う特別感が図書室にはあって。



だから入学して早々私は、この真紅学園の図書室を訪れていた。


4階建ての建物の4階に位置しているここからは、ラッキーなことに学校の正門も、下駄箱も、音楽室も、体育館もいろんな場所が見えるため、私にはとても好都合。


みんなの様子をチェックして、支配したい欲みたいなものを満たしている。





マリ「授業開始は8時40分。今は7時ジャスト……。あの先輩、いつも朝早いんだよな……正門は……通らずに今日も直接部室に……直行……。」



朝、眠い目を擦りながらチラホラとやってくる生徒の中からイケメンを発掘し観察する。


 

マリ「ん?……あの先輩たち……まさか見られてるなんて思ってないもんね……そうだよね。……えっ……わぁ……そんなことしちゃうんだ……。」



早朝は人が少ないため、待ち合わせして登校してくるカップルがチラホラいた。


人目を忍んでこっそりイチャつきながら登校したりしているところをしっかりチェックできるので、


学校の恋愛事情には誰よりも詳しかった。



そして体育館や部室の外では、無防備に着替える男子が結構いることも知っていた。


マリ「見せたくないならちゃんと中でで着替えてくださいね〜。先輩……ほら丸見えですよ……。」


高校生といえどやっぱりまだ子供っぽい。下着一枚でウロウロしたり無駄に全部脱いでみたり。


窓の外を見ているだけなら罪には問われないと思う。


肉眼で窓の外を眺めてるだけだから。


人間ウォッチングをしているだけだから、きっとこれはセーフだ……と……思っている。


だけどちょっと前から誰にも言っていない大きな秘密があって……。


私は唇の動きがしっかり読める。


そしてテレビのズームのように遠くの人でも近くにいるように見える。向こうからは見えないような距離でも私からは見えてしまう。


これは自分の中では異常に目がいい良いだけ、という事にしてあるんだけど。


自分が周りの人と違う事に気づいた時は、ちょうど色々うまくいっていなかった時期だったから結構落ち込んだなぁ。



……だけど、私、閃いちゃったの。



こんな、特殊能力、きっといろんなことができる!


私だけの、秘密の能力なんて、なんだかワクワクしてきちゃう!


落ち込んでたってしょうがない。都合の良いように解釈して楽しんでしまえ!って。


こうやって男の子達の秘密の会話もわかってしまう。


マリ「……へー君の彼女は変わったんだ……ふーん、彼女の趣味で……ん?……そんなことしてるんだ……うーん……そっか……。」


まぁ、中には知らなくてもいいこともたくさんあるけど。


誰かに言ったりするわけでもない。みんなを支配しているかのような、私だけの、密かな楽しみ。


前向きにこの能力を1人で堪能することにしたの。




そんな私には、気になっていることが2つある。



1つめは、音楽室にいつも朝早くからいるメガネの男の先輩のこと。


いつもはピアノを弾いて何が楽譜を書いているかのような感じなんだけど。


たまに女の先輩が音楽室に入ったあとに、いつも鍵を閉めている……。



毎日じゃなくて不規則で、まるでメガネの先輩が音楽室で来るか来ないか分からないのを待ってるみたい。


そして、なぜ女の先輩がいつも部屋に鍵をするんだろう。


怪しい……。

何してるんだろ……。


奥の軽音部の部室に行ってしまうとここからは見えないため知ることができない。  


メガネの先輩はどんなつもりなのか。


2人が何をしているのか。


いろんな可能性を想像してしまう。


これから入部するはずの軽音部なのに何か問題が起きているなら……。


せっかく軽音部目当てで入学したのに。


今日はまだメガネ先輩が一人で黙々とピアノを弾き続けている。  


マリ「……メガネ先輩ってズボンのチャック開いてる確率高いんだよな……。わざと?……チャック壊れてるのかな。パンツの柄見えてますよ……。」




……気を取り直して。



もう1つ、私の気になることは、最近見つけた1番のイケメン!


8時ごろ、正門の向かいにあるちっぷ亭にいつも立ち寄るツイストパーマのお兄様……。


とても気になってしょうがない。


歩く姿もかっこいい。


大学生くらいなのかな……。


気のせいか、お兄様はいつもこちらをみているような気がするんだよね。


早く来ないかな……。



マリ「ん?あれはサクラ先生?」



ちっぷ亭の少し離れた場所にサクラがいた。

黒塗りの不審な車が近づき、サクラが気づいて立ち止まる。


車から降りてきたサングラスの男はサクラに近づく。



サクラ「ヒロ!」


ヒロ「サクラ!待ちきれなくて来ちゃったよ!」


熱い抱擁をかわす2人。


マリ「先生ー……学校の前ですよー……。」


サクラ「授業終わったら空港に迎えに行くって言ったのに!」


ヒロ「いや、今すぐ君に会いたくて!今すぐここで渡したいんだ!」


ヒロがサングラスを外し、サクラにひざまづき指輪ケースをパカっと開ける。


サクラ「えっ……このデザイン……」


ヒロ「僕たちの思い出の指輪をレアメタルで作らせたよ!」


サクラ「ヒロ!やったのね!」


ヒロ「そうだ!成功したんだよ!!これでまた何本も映画が作れる!」


サクラ「よかった!」


マリ「ヒロ……?」


見覚えのある顔、ヒロ、映画?……!まさか、あのイケメン俳優のハセヒロ?!最近一般女性と結婚していたことをカミングアウトしてハセロスが続出したという……。たしか映画監督もやってたってネットニュースにあった気がする。


え?ってことは、サクラ先生が奥さん?!


2人は映画のシーンさながらの再開を喜び、サクラは黒塗りの車に乗ってどこかへ行ってしまった。


マリ「先生……授業は……いいの?」


芸能人には疎いマリだったが、こういう現場を目撃すると本当に興奮が止まらない。みんなが知りたい秘密を自分だけが知っている優越感はたまらない。



マリ「あっ!お兄様!」



すらりと長い足のデールは颯爽と歩き、ちっぷ亭に入って行く。マリには美しすぎて周りまで輝いてスローモーションに見えていた。


ハセヒロより、このお兄さまの方が何倍も自分好みだ、と、マリはさらに良く見るため双眼鏡を取り出して身を乗り出して見ていた。


マリ「早く出てこないかな……せめて名前だけでも知りたいな。」


しばらくしてデールがちっぷ亭から出てくる。


デールは強く風が吹く空を見上げ、分厚い雲が雨雲かどうかを目を細めて見極めようとしていた。


店の奥からチップの声がする。


チップ「午後にかなりの雨が降るから傘もってけ。」


分厚い雲の切れ間からたまに眩しく太陽が覗く。


デール「……ダメだぞ。」


マリ「!!!」


バレてる?!


チップの存在を知らないマリは、デールが双眼鏡越しにこちらに警告したと勘違いをした。


双眼鏡を落とし、窓の下にさっと隠れる。


どうしよう!!


叫び出したくなる気持ちを抑え込み


目をつぶって心を落ち着かせる――




マリの心臓はギュッと何かに鷲掴みにされたかのように苦しく跳ね上がっていた。   




デール「傘邪魔なんだよな……今日は半日だし。降っちゃダメだぞ、もってくれ。」


一方全く気づいていないデールは傘を持たずに、ちっぷ亭を後にしたのであった。

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