【スピンオフ2】サクラ先生の秘密1


日本人は桜が好きだ。

四季の始まり。

出会いと別れの季節。


″サクラ″


春に生まれたので

と、安直に両親がつけた

私の名前……。


桜の花に罪はない。

ピンクの色にも罪はない。


私はこの名前が嫌いだった。

あの人に逢うまでは……。



私が中学3年生、彼は小学3年生の頃の話。

私は親の仕事の都合でスペインに住んでいた。


男の子「¿Tu hermana es japonesa?(お姉ちゃん日本人?)」


サクラ「sí. ¿Tú también eres japonés?(うん。あなたも日本人?」


男の子「カワイーネ!オネサン、ボク、ヒロ。デトスル?」


サクラ「え?」


ヒロ「ボク、ヒロ。デトスル、オネサン?」


サクラ「ん?あなたの名前がヒロ君なのね?デトスル?」


ヒロ「ナマエ、オネサン。」


サクラ「サクラ。Mi nombre es sakura. Tu nombre es Hiro? ¿Qué es デトスル?(私の名前はサクラ。君はヒロね?デトスルって何のこと?)」


ヒロ「Siempre que invito a una mujer, mi abuelo me enseña a hablar en el idioma nativo de la otra persona.(じいちゃんからナンパするときは相手の母国語を使えって言われてたのにな。)」


サクラ「ナンパ……?あ、デートってこと?」


出会いはこんな感じで、すこぶる軽かった。


スペイン流の挨拶やナンパなんてしょっちゅうだったので、私は全く気にしていなかったが、彼は本気だったらしい。


だけど、彼が話す女性関係の話は全く信じていない。日本人とは感覚が違うため、それって付き合ってるんじゃないの?と思うような曖昧なことがたくさん出てくるから……。


スペインで家族以外と日本語の会話ができる相手が彼だったため、確かに色々とさらけ出し仲良くなってはいたが、まさかその相手と結婚するとは。




結局私がスペインで過ごしていたのは3年間だけで、高校は、現在非常勤講師を務める真紅学園で過ごしていた。


旦那と再開したのは、私が大学四年生、彼が高校2年生の頃。まさに、教育実習で受け持ったクラスに彼がいた……。


そう、今から何年前になるんだろう……。




母校を卒業して初めて校長室の扉に手をかけた私は、鼓動が耳から飛び出しそうなほど大きく聞こえていて、必要以上に緊張していた――。



『コンコン』


サクラ「失礼します。」


高級そうな応接セットの奥に重々しい机と椅子。

壁一面に並ぶキャビネットや表彰状、歴代校長の写真は、ザ・校長室だ。


窓の外を見ていた校長が振り返り、サクラに微笑む。


校長「おかえりなさい。サクラさん。」


サクラ「え……。」


校長「サクラ先生が子供の頃と変わらないでしょう?芸術方面に長けた子たちが多くて、私も日々刺激されちゃって困ってますよ。」


サクラ「はい……とても懐かしいです。」


校長「卒業生にそう思って欲しくて、外壁の塗り替えもわざわざ同じ色にしてもらったんですよ〜。そうだそうだ、ほらほら座ってくださ〜い。コーヒー淹れますね。ぼく珈琲大好きでわざわざすぐ淹れられるようにって水道ここにつけてもらっちゃったんです。校長特権で。えへへ。」


校長の歳の差を感じさせない無邪気な笑顔に、まるで友達と久々に再開したかのような安心感をサクラは感じていた。


そして大きな応接ソファーに浅く腰掛ける頃には、校長の人柄に緊張もほぐれていた。


校長「教育実習に我が校を選んでいただいて光栄に思っておりますよ〜。うんうん。本当に優秀な生徒さんばかりで、僕自身もこの歳になっても日々勉強の毎日です。」


サクラ「校長もこの学園の卒業生だとお聞きしておりますが……。」


校長「あ、そうなの、よく知ってるねサクラ先生。進学校のくせにみんなヤンチャやりたがるからもう大変で。僕が子供の頃は今よりもっとぶっ飛んだ感じの子が多かったから、逆に落ち着いてるな〜なんて思っちゃってるぐらいなんですけどね。まぁ、昔から芸術系の子が多かったから……。」


サクラ「それで髪色だったりファッションの校則があまり厳しくないんですか?」


校長「今時、スカートの丈何センチだとか、インナーが白じゃなきゃいけないとか、時代遅れの校則甚だしいと思って一気に緩くしてやりましたよ。本当に大事なところはそこじゃないですからね。


それに、人間、みんな誰しも自分の理想と内面とのギャップに葛藤したり、井の中の蛙だったことに気づいで打ちのめされる時が来るんです。勉強だけじゃなく部活や恋愛、どんなことにでもです。


そんな多感な時期に高校生たちは自分の将来を左右する初めての大きな決断をしなくてはならない。


そんな時のプレッシャーやコンプレックスを、自分の好きなことで自己表現し発散する。それがたとえば髪色ひとつ変えることで発散されるなら安いもんじゃないですか。


もちろん社会のルールに従うのはとても大切ですけどね。


そもそも自分のガスの抜き方法を知らないガリ勉じゃ、社会に出てすぐ潰れてしまいますからね。


まぁ、先代の校長の時に、ハメを外しすぎてしまった軽音部はアンプで音を出していい代わりに部内恋愛禁止になったんだけどね。


そんな僕が実はパーカショニストだったりしたららサクラ先生はびっくりするかな?」


サクラ「えぇっ?!」

 

校長「聞くところによると、サクラ先生も在学中は軽音部で派手にメイクしてフライングVもって歌ってたとかいなかったとか……。」


サクラ「た、多分それ私じゃないですね……あはは……。」


サクラは軽音部の部室に残るであろう部内ライブの証拠写真を、自分が教師になる前に抹消する事を心に誓った。


サクラ「あ……じゃあ、あれってやっぱり椅子じゃなくて……」


校長「バレました?カホンです。もぅ、暇さえあれば叩きたくて。これも校長特権です。教頭先生にはまだバレてないので内密にお願いしますよ〜。えへへ。」


キャビネットの中にも所狭しと色々なパーカッションが詰まっていた。


サクラはミュージシャンだとわかった瞬間、一気に距離が近くなったのを感じ、全身にずっしりとのしかかっていた緊張はすっかりなくなってリラックスしていた。


というのも、実習生は毎週末に校長との面談があり、どんな評価をされるのか始める前から心臓をえぐられる心境だったのだ。


これなら明日から、楽しんで実習に励めそうだ。


サクラは校長との会話を楽しみ、しっかりとおやつのガトーショコラと、珈琲をおかわりしていったのであった。




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