第12話 真夏の夜の浴衣
いつもより、キッチリと。
きつめに編み込んだまとめ髪に、藤の花のような紫の花の髪飾りが揺れる。
おばあちゃんが作ってくれた浴衣を着るのは久しぶりだった。
髪飾りとお揃いの、紫の花がついた白い浴衣。
子供の頃は、好きなあの子もお祭りに来るかもしれないと、ドキドキしながら、その日だけ口紅をつけてもらったり、マニュキュアをしてもらったりした。
今はもう自分でできる。
好きな人のために一番綺麗な私を見てほしい……。
男の子と付き合うのは初めてではないけれど、片想いが長かったせいか、ずっと部活でそばにいたお調子者が、急に男らしく自分を見つめてくれていると思うと、嬉しさと恥ずかしさで爆発しそうだった。
緊張している胃を、濃いめのピンクの帯がさらにぎゅっと締め付ける。
フウカ「お母さん、ちょっときついかも……」
母「そう?でも途中で取れてきちゃったら自分で直せないでしょ?」
フウカ「うーん、そうだけど……。」
襖越しに声がする。
「ユウコさん、着付はできた?」
母 ユウコ「義母さん!これで良かったかちょっと見てもらえます?」
スッ……
ゆっくりと襖が開き、上品な和服の祖母が入ってきた。
祖母「よく似合ってるじゃない、フゥちゃん。大きくなって……。ユウコさんが、うちに初めて来た時みたいだねぇ……。急に浴衣の女の子うちに連れてくるからビックリしちゃって。
お爺さんったらね、アヤコ!赤飯用意しろ!鯛の尾頭付き用意しろ!酒持ってこーいって大変で……。ほら、お爺さん嬉しいとすぐお赤飯に鯛っていうでしょ。」
フウカ「帯ってこんなにきつかったっけ?」
祖母 アヤコ「どれどれ……うん、指が一本入るようなら大丈夫。ほーんと、可愛いねぇ。よく似合ってるよ。」
母 ユウコ「着付け大丈夫そうですか?」
祖母 アヤコ「上出来上出来。」
『ピンポーン』
母 ユウコ「お迎え来ちゃったわね。間に合って良かったわ。」
バタバタと母ユウコが玄関に向かう。
ヒデ「こんばん、!は!」
母 ユウコ「いらっしゃい、あなたがヒデ君ね。今日はよろしく。今ちょうど浴衣の着付け終わったところだから……。」
ヒデ「は……はい……。」
ヒデはドキドキしていた。母 ユウコは、フウカの面影があるものの、色気があり姉に見えるほど若々しかった。
祖母 アヤコ「あらあら、甚平が似合って男前だこと!」
ヒデ「!」
ヒデはまたもドキドキしてしまった。
この和服の女性がフウカの祖母であるとは思われるが、やっぱり若すぎないか?
しっかり化粧もしていて、背筋もしゃんと伸びている。
品があるというか、こんな綺麗な演歌歌手がいたような……。
やはり、お母様、お姉様なのでは……?
フウカはあまりにも近くにいすぎて、確かに初めて会った時は可愛いと思っていたが、すでに年上の彼氏がいたし、何かと突っかかってくるので、自分はそういう対象ではないのだと思っていた。
血気盛んな高校生男子。
入学したての頃は、情報網を駆使し、同学年、上学年、先生、他学校の女子生徒に至っても、あっちに可愛い子がいる、こっちに美人がいる、そっちにパンツの見えそうな子がいると聞けば、
フラフラどこでも見学しに行った。
フウカ「おまたせ。」
ヒデ「!!!」
いつもしていないメイクをしているせいか、浴衣のせいか。
ヒデは自分のために着飾ってくれたであろうその姿に、はっと息を呑んでしまった。
合宿の海ライブの歌声に、心奪われた時以上の、フウカがそこにいた。
こんなにも可愛い子が自分をずっと見ていてくれただなんて……。
フウカは、浴衣姿の自分と目が合った、ヒデの瞳孔が開いたのを見逃さなかった。
頑張ってオシャレをして良かった。
時間をかけて、悩んで、浴衣に合わせる小物の色や髪型を選んでいた。
でもその分、元はしっかりとった大満足の反応!
母 ユウコ「扇子もってく?」
フウカ「うん、ありがとう。」
母 ユウコは竹製の扇子をフウカに手渡す。
祖母 アヤコ「気をつけてね。」
ヒデ「あまり、帰りは遅くならないように……します。」
フウカ「行ってきます。」
フウカの満足そうな笑顔と、緊張しているぎこちないヒデの微笑ましい様子に、2人は顔を見合わせてにっこりとするのであった。
玄関を出たヒデとフウカは、祭り囃子の聞こえる方へ。
手を繋ぎながら、ゆっくり消えていった。
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