【スピンオフ】ちっぷ亭マスター チップさんの独り言1
俺の朝は早い。
朝日と共に起きてシャワーを浴びる。
丁寧に淹れた珈琲をタンブラーに入れ、残り物の惣菜を挟んだバゲットと共にトラックに乗り込む。
運転中は何も聴かない。
車通りの少ない道を選んで、その日の朝の気温、湿度、季節の風の匂いを感じながら献立を考えるんだ。
自分の目で選んだ食材達と共に帰宅後、腹をすかせた学生たちのランチタイムに合わせて1人で仕込みをする。
大音量でレコードをかけながら。
1人で集中して様々な食材を刻む。
誰にも邪魔されたくない、俺が好きな時間。
タバコは辞めた。味覚が鈍るからだ。
正確には吸う必要がなくたった。
ホテルでシェフをしていた頃は、結局の縦社会で、評価ばかり気にしてる連中ばっか。
ストレスで激太りするやつ、反対にガリガリに痩せちまうやつ。
オーナーのやり方に従えない奴は辞めるしかなかった。
どの業界も一緒だろうが、結局は雇われ社員。
俺のレシピで店がいくつか賞を取って、星がついた途端、手のひらを返すようにオーナーは俺への態度を変えた。
よくある話しだ。
店の為に新しいレシピをどんどん書いていかなくてはならなかったが、
そんな頃親父が体調を崩して、この店をお袋だけで回そうとしてるのを、デールからきいて、
丁度いいと、まんまと辞めてやったわけだ。
俺とデールの母校、真紅学園の目の前。
実家の食堂 ″ちっぷ亭″を、星付きホテルでレシピを書いてた俺が、親のために跡を継ぐ。
完璧な流れだろ?
誰の顔色も伺うことなく自由に飯を作る。
目の前で勢いよく平らげていく学生達の食いっぷりと来たら、もう快感だ。
歳をとると、どうにも食えなくなってくるからな。
運動部の奴らが思いっきりがっついて食いきってくれるのがここまで嬉しいとは思ってなかった。
元々、そういう顔が見たくて料理人始めたんだしな。
そしてこの、1人で優雅に仕込みをする時間。
野菜一つ一つ取りながら、自分の目に狂いはなかったと、仕入れの部分から仕上げまで、自分の勘が鈍らないように日々積み重ねていくのも好きなんだよな。
最後は満足げに店を出ていく姿を見て、俺も満足ってわけ。
俺っていい料理人だな。
『カラン』
入口の扉が開く
デール「おはよう、兄さん。」
チップ「おう、それ持ってけ。」
デール「いつも、ありがとう。」
チップ「相変わらずしけたツラしてんな、医者のくせに夏バテなんかしてんなよ?」
デール「ちっぷ亭の朝ごはんと病院食の昼ごはん、サクラさんの晩御飯をしっかり食べてるからね。それにまだ研修医になったばかりだから、お医者さんになれるのはまだまだ先だよ。」
チップ「なんだか知らねぇけど、テメェが体調崩すと俺にまでおふくろが電話がかかってくるからな。どんだけ過保護なんだか。」
デール「父さんも母さんも、兄さんのこと頼りにしてるからね。僕もこの通りお世話になっちゃって。毎日ごちそうさまです。」
デールの話のおとり、毎朝俺は歳の離れた弟のため朝食を作っている。
夜はサクラが作ったってデールは言ってるが、正確には俺が作ったものをサクラが温めて出したものをデールが食べている。
まぁ、いいんだ、そこは。
とにかく俺は料理が好きだ。
昔はギターも同じぐらい好きだった。
なのに、10個も年下のデールと変な賭けをしちまった。
クラリスが原因だ。
俺だってガキだった。
『ガランガラン!』
今度は乱暴に扉があく。
サクラ「ちょっと!音量上げすぎ!」
サクラが沢山の荷物を抱えながら入ってくる。
サクラ「ライブバーが朝っぱらから扉開けて営業してるなんて苦情きたら、こっちがとばっちり食うんだから!ちゃんとしてよね、マスター!」
ヘイヘイと、軽く手を上げてあしらうつもりが俺の視界に飛び込んできたのは忘れもしない、原因のクラリスだった。
サクラ「そこで一緒になって。いいわよね?」
にっこり笑いながら首を傾ける仕草。
そう、クラリスがいる。
クラリス「チップ君、久しぶり。」
サクラ「私、すぐ学校行かなきゃいけないから、クラリスごめんね、また夜にでものぞいて。あ、これ、連絡先書いてあるから。」
サクラは名刺をクラリスに渡した。
サクラ「何でも訳ありで戻ってきちゃったみたいよ。」
サクラはチップにこっそり耳打ちする。
サクラ「じゃ、邪魔者は退散しま〜す。」
俺の仕込みの段取りが……
レコードの音が大きくてよかった。
クラリスに心臓の音がバレることはないだろう。
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