第2話 別れと出会い。
「角田くん。ありがと!」
「そんな、お礼なんていいよ。それよりも、今日も路上ライブ?」
「うん! とても楽しいし、最近は常連さんも訪れるようになったよ」
ギターは父に見つからないよう、駅前のロッカーに隠してある。
私は私の歌を歌うんだ。世界に憎しみを向けて。
私は生まれたかったわけじゃない。死にたい気持ちがあっても、それを実行させない仕組みになっている。
自殺。自分を殺す。だから罪だと、生まれてきたことに意味を見いだせずに、この檻の中から抜け出せないでいる。
最近は父も明け方帰りなので、ライブもやりたい放題だ。
そう。私の歌は毒だ。世界に向けて毒牙をむき出しにしているのだ。人は少ないが、投げ銭をしてくれる人は確実に増えた。
若者の嘆きを聞いてくれる人が。
そうして路上ライブが終わると一人の男性が歩みよってくる。
「キミ、つまらなくなったね」
そう告げられ、ひくつく頬。
何がいけなかったのだろう? どこに問題があったのだろう?
角田くんと仲良くなってから私の人生は再起を果たしている。にも関わらず「つまらなくなった」と。
私は幸せになったのに。
そう思い、私は帰路についた。
「つ、角田くんはどう思う?」
「うん。よくなったんじゃないかな。暗い雰囲気が抜けているよ」
「暗い雰囲気?」
そんなもの、まとっていた覚えはない。でも確かにあったのかもしれない。
「私の強み、って何かな?」
「……保坂さんは変なことを考えていないかな?」
私は自分の境遇が音楽に影響を与えていると考えている。その中で、今の私はいじめもなく、家庭内暴力もなくなった。
世界を憎む理由がないのだ。ライブの根っこはそこにある。世界への憎しみ。
だが今の私にはそれが薄れていっている。
「僕はキミが心配だよ。そうだ。私作曲家になろうと思っているんだ」
「そうなの……?」
初耳だった。彼がまさか音楽の道をいくとは思ってもみなかった。
「だから、僕の作曲で、キミの歌を聴きたい」
「――っ!?」
驚きで言葉を失う。
きっと私と二人で歌うのを夢みていたのかもしれない。でも、今の状況じゃ……。
明るい彼の眼差しを直視できずに視線をそらす。
「そんな日がくるといいな。俺、勉強するから」
「う、うん。分かった。一緒にかなえよう」
どこか陰りを見せる角田くんに、一抹の不安がよぎる。
「そうだね。そうできたらいいね」
儚げな笑みを浮かべる彼。
「そうだ! これ俺が作った曲なんだけど、今度歌ってみてよ」
そう言って鞄から紙袋を取り出す彼。
「うん。ありがと。練習するね!」
受け取ると、中を確認しようとする。
「恥ずかしいから、帰ってから読んで」
「恥ずかしいの? かわいいところあるじゃん」
「う、うっさい……!」
照れ隠しをするように顔を背ける。そんな姿もかわいらしい。
「まあ、とにかく今日はお開きにしよう」
「そうだね。私も疲れちゃった」
しかし気になる。
――つまんなくなったね。
そう言われたのが意外とショックだったのだ。頭の中を駆け巡り、じゃあどうすればいいのか? と疑問に感じてしまう。
家に帰ると、さっそく彼の描いた曲を見てみる。それはラブソングだった。それもかなりヘビーな内容だ。
両親がずっとけんかばかりしていて、自分は部屋の片隅で泣くことしかできない。そんな中、一人の少女と出会い彼の世界は色づいていく、と。
「これは……」
彼の心の内を表しているのだろうか? 気になり、スマホに手を伸ばす。メールを送る。
あとは返事待ちだ。
『大丈夫だよ。君を思って書いたんだ』
と暖かなメッセが届く。
『そっか。私を思っていたんだ』
『まあ、うん』
歯切れが悪いのは照れている証拠だ。
「誰と連絡とっているんだ?」
「関係ないでしょ? 私の友達よ」
「嘘だな。児童相談所とかじゃないだろうな!」
父は怒りをあらわにし、スマホをとろうと手を伸ばしてくる。
「ちょっと! やめてよ!」
自分と彼との思い出を汚されるようでスマホを隠す。それが返って神経を逆立てたのか、苛立った様子を見せる父。
「なんだ。その態度は! 誰のおかげでメシが食えると思っているんだ!」
私の頬をはたくと、スマホをとられる。そして膝でへし折る。
「こんなものを持っているからおかしくなるだ」
「ひどい……」
私は未だに父にとらわれているのだ。
こんな生活もういやだ。そう思いバイトを始める決意をした。
※※※
バイトを始めて一ヶ月。
路上ライブもやめずに、私は頑張っていた。
そんなある日。チャイムが鳴った。
「はい」
私が出るとそこには角田くんがいた。身体が震えている。どうしたのだろう?
「俺、引っ越すことになったから」
「え! なんで?」
「病気の療養のために空気のきれいなところに移るんだ」
「そ、そうなの……?」
彼の言葉にショックを受けてうまく受け答えができない。
病気? 療養? いや、そもそも引っ越すの?
どれから口にしていいのか分からずに、戸惑いを覚える。
「……それを言いたくて。ごめん」
そう言って立ち去ろうとする彼に、
「また!」
私が大きな声を上げるとびくりっとしてこちらを振り向く。もう帰ろうとしていたみたい。
「また一緒にライブしよ?」
「……うん。また」
そう言って彼は手を振って帰っていった。
次の日、彼は宣言通り学校にはこなくて、引っ越していったのを担任の先生から告げられた。
私はなんでちゃんと声をかけてやらなかったのだろう。
病気なら、苦しかっただろうに、痛かっただろうに。そんな彼にかける言葉もなかった。どうしてもっと早く気がつけなかった。
わざわざ自宅まで来て私に告げたのだ。他の人には告げずに。そう考えると彼は勇気を出して来たに違いない。でも、私は塩対応をして終わった。
たぶん、もっと話さなきゃいけないことがあったのに。
私は高校を卒業すると、上京してストリートミュージシャンを趣味に接客業をした。
「でも、なんでメイドカフェに?」
「はい。彼がオタクだったので」
そう言ってコップを洗う。
話しているのは先輩の
よくアニメソングを歌う仲だ。
そんな彼の顔が曇る。
他の男性の前で初恋を語るのだ。彼にとって失礼というもの。だって彼の心を知っているから。
こうしたとき、女性の方が察しがいいのだ。
恋の話にはうるさいのが女という生き物。
彼はまだ自覚していないから、いいけど。
「それで、彼とは出会えたのかい?」
「いえ。地元を離れてしまったので。同窓会にも顔を出さないですし」
そもそも病気で引っ越したのだ。彼がそのあと、無事なのかも分からない。
でもどこかで生きている気がする。いや、生きていて欲しいのだろう。希望的観測だ。
「このあとカラオケいく?」
軽くさそう傘火さん。
「お! いいね。オレも参加しようかな」
「いいっすよ。先輩もどうっすか?」
彼はいわゆる陽キャで、どんな人とでもコミュニケーションをとれてしまう。カリスマ性もあるのか、すぐに回りを集めてしまう。
やはり違う。
彼のような陰キャではない。ダウナー系ではないのだ。だからか、よそよそしくなる。
傘火さんのようにはなれないし、なりたくもない。
「保坂さんもどう?」
私に尋ねてくる傘火さん。
「いや、私は。明日もライブですし」
「そっか。頑張ってね!」
悪い人ではない。ではないけど、いかんせん人間が嫌いだから。彼に会って変わったけど、根っこは嫌いなのだ。
人が怖いのだ。憎いのだ。
もう父の陰はない。でもおびえてしまうのだ。
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