音楽は心とともに……。
夕日ゆうや
第1話 絶望と希望。
とある閑静な住宅街。
その一角で罵声と悲鳴がとどろく。
「お母さん。やめて!」
「あんたが余計なことを言うからでしょ! あの人にばれて私がとばっちりを受け手いるんだから!」
「なんでもかんでも
母は浮気をしていた。そんな母を許せない父は母に暴力を振るった。ここ毎晩、そんな生活が続いている。
母は頬に、私は背中にあざを作り、それでもなお、やまない暴力。
小学校では転んだことにして、私は自分の醜さを隠し通した――そう。醜いのだ。だから暴力を振るわれるのだ。子供ならがらにそう解釈し、おとなしい子として学校に通った。本当は話したいことがたくさんある。でも、相手の表情・態度・行動が怖かった。
――いじめられるんじゃないか? と。
案の定、いじめられた。
ほんの些細なことだった。
「こいつ、今の総理大臣の名前も知らないんだぜ?」
「マジかよ。どんだけお嬢ちゃん育ちなんだよ」
「世間離れしていると思ったけど、そこまでとはね」
同級生の声は徐々に高まっていく。
本当はテレビを見る暇もなく、両親がけんかをしているから。昨日はさすがにビール瓶を振りかざす母を止めるので精一杯だった。
それに――
「こいつばっかじゃねー?」
「箱入り娘、お花畑な頭してんのな」
総理大臣は私を助けたりはしない。
「誰のおかげで飯が食えると思っているんだか」
「それも知らないじゃないのー」
誰のおかげ……。
私はなんで生きているんだろう。
なんで苦しい思いをしながらも、生きていかなければならないんだろ。
両親が仲良く生きている姿をイメージして、でもそんなイメージはすぐに壊れる。そんなわけないだろ、と。
生きている。だから痛い。
小学五年、誰一人として私の立場を理解するものはいなかった。
いじめは加速し、ついには何を言っても、何をしても許されるストレスのはけ口として扱われるようになった。
それから二年、小学五年から中学二年になり、身体が成長すると父の目の色が変わった。
そんな父に不満を抱いた母は、私に嫉妬し、暴力を強めた。
私は醜いから。
だから、こんな目に遭うのだろう。
さすがにおかしいと、気がついた担当の先生と近所の人が児童相談所に連絡してくれたらしい。
私はようやく解放される――そう期待していた。だが、現実はそう甘くなかった。
「ほら。わたしたちと一緒にいたい、って言いなさい」
「俺たちは何も悪いことはしていない。だろ」
母と父の言葉に頭の中が真っ白になった。
続くんだ。この地獄のような日々は。
児童相談所の役員は口頭で注意点などを述べると、それ以上は追求せず立ち去っていく。
中学二年の夏。
私の両親は離婚した。
経済力があるという理由から父親に親権が委ねられた。
毎日遅くまでお酒を飲んで帰ってくる毎日。家事のすべてを、私がする代わりに暴力は減った。身体が大きくなって抵抗力が強くなったのも大きいのだろう。
そんな中学の帰り。
ゴミ捨て場に捨ててあったギターを見つける。運命的な出会いと直感し、持ち帰った。法律違反とも知らずに自室に持ち帰ると、なけなしの小遣いでピカピカにした。弦も張り替えた。素人の割にはよくできたと思う。
ヘッドホンをつけ、ギターを手にする。
小気味よい音楽が脳を震わせる。
世界が変わったような気がする。暗くなった世界に蓋をし、暖かな言葉の数々が脳に刻まれていく。私の代わりに誰かが叫んでくれている。誰かが、私を別次元へと連れて行ってくれる。
忘れたいこと全部、忘れて演奏ができる。
そうだ。こうして生きていこう。
私は、私の世界を知ってもらいたくて、駅前の路上ライブをやることにした。
覚え立ての曲。覚え立ての演奏。
それでも立ち止まってくれる人は何人かいる。
投げ銭をしてくれる人もいる。
これでピッグや弦が変える。
ファンから頂いたお金でギターの必要品を買い、また路上ライブをする。
それが今となっては日常になっていた。
しかし、そんな生活も長くは続かなかった。
学校へ連絡が入ったのだ。それはすぐに父の耳に入る。
「中学生を遅くまで外に出すのはいかがなものか」
反論の余地はなく、父の暴力は再開された。
目の前でギターが真っ二つにされ、薄ら笑みを浮かべる父。
「これで二度と路上ライブはできないだろ?」
部屋の陰で泣くことしかできなかった。
唯一の楽しみを、人生の柱を、夢を、希望を、打ち砕かれたのだ。
「もう、死にたい……」
そう呟くのが自然になっていた。
学校では暗いとされ、みんな距離を置くなり、いじめてもいい相手として扱う。
こんな中で誰かが助けてくれるわけがない。
と。
「前みたいに路上ライブしていないね。どうしたの?」
一人の男の子が私に尋ねてきたのだ。
「え」
「あの表情は良かったよ。まるでホントに世界を恨んでいるような、そんな旋律だったもの」
「覚えてくれたの?」
その男の子はぱっと見、あまり裕福ではなく、穴の開いた靴下を何度もはいてきたり、顔もぱっとしない感じだった。でも記憶力はいいらしい。
「僕もいやなことがあると、音楽を聞いたりするもんなー」
「そ、そうなの! いやなことを全部吹き飛ばしてくれるの!」
テンションの高まった私にその子どころか、周囲にいた同級生すらも目を丸くしている。
それがなんだか恥ずかしくなってうつむく。
「いいじゃない。好きなことがあるってことは」
「そ、そうかな。でも、ギター壊れちゃった……」
「そうなの? ならバイトでもして買えば」
「え。あ、うん! ありがと!」
「僕は
「
「よろしく! じゃあまずは先生に言って用紙をもらってこよう」
「うん!」
スキップをするくらいにはテンションが高く、周囲をざわつかせたが、それ以上にギターにもう一度触れあえるのがたまらなく嬉しい。
職員室に行き、バイト
「そこは家計の助けのため、とでも書いておいた方がいいよ」
「そ、そっか。なるほど」
私には考えもしなかった意見が海斗くんからは出てくる。
「海斗くんはどうしてそんなに頭の回りがいいの?」
「え」
驚いたあと、くくくと笑う海斗。
「驚いたよ。そんな直球で応えてくれる人がいるなんて」
「そう? でも気になるじゃない」
「僕は単に同じようなことを繰り返しているからね。失敗は成功のもとだよ」
「そうなんだ」
「凡人は自分の人生から、天才は歴史から学ぶとも言うみたいだから、僕はまだまだだけどね」
「うんうん。そんなことない。私にとってはとてもまぶしいよ」
「ギター買ったら、また連絡してね。聞きに行くから」
「ホント!?」
「もちろん。そのために教えたんだから」
「ふふ。まるで自分のために教えたみたいな言い方ね」
「事実そうだからね。あとは愛海さんのやる気しだいだよ」
「そっか」
「そうだ」
私はその帰り道、コンビニによって就職雑誌をもらってきた。
最初はどれがいいのか分からず、戸惑うばかりだったが、海斗くんと一緒に話しているうち、自然とバイト先は決まっていった。
海斗くんとの出会いは運命だったのかもしれない。そう思いたい。
彼とは好きな音楽のジャンルが一致したこともあり、言葉が弾んだ。そんな明るい私を見てなのか、周囲のいじめは減り、一部の女子からは会話をしてくれたりして、私の人生に彩りを与えてくれた。
周囲の印象も根暗から、おとなしい女子に変わったのだ。それもこれも話しかけてくれた海斗くんのおかげだ。
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