第8話

「ふむ……複数の妖魔とな?」


 髭をさすりながら宙を見詰めている豊前坊ぶせんぼう。お猪口に酒を注ごうとしていた徳利を持つ手が途中で止まっている。


「それも……ここ最近、頻繁に……」


「そうなんだよ、豊前坊ジジイ


 豊前坊と座卓を挟み鬼束おにつか天音あまねが片膝を立て、後ろに手を付きふんぞり返るようにして座っている。その右隣に川辺かわべ優姫ゆうき、左隣に茨木いばらき弥生やよいがいる。


「……それよりな、天音。ぬしはきちんと座れんのか?年頃の娘が片膝立てて……見てみい?弥生に優姫は行儀よく座れとるぞ?」


 お猪口に酒を注ぎ、ぐいっと呑んだ豊前坊が眉間に皺を寄せ天音へと注意した。天音はあからさまにちっと舌打ちをすると頭をボリボリと掻きながら座り直している。


 しかし、座り直しても胡座であるが。


「豊前坊殿。私も長いこと妖魔討伐に関わって来ましたが……この様に頻繁に複数の妖魔が一緒に出現する記憶がほとんどありません。あの佳代かよ達の一件以来」


「儂もじゃ……あの佳代達の一件は人為的な力が働いとった。とんでもない神通力の持ち主が裏におったからの……まさか今回のことも……何かしら関わっとる人間か、もしくは妖がおるのかもな」


 深刻な顔をして話している弥生と豊前坊の二人。


「なぁ……佳代って、あの鬼丸おにまる家の婆さんのことだろ?あの婆さんが現役の頃にも複数の妖魔が出てたのか?」


「そう……あれは妖魔討伐隊史の中でも一二を争う戦いだったわ。なんせ四家よんけの正統後継者が……」


 と、そんな時である。


 どんどんどんっと玄関の扉を叩く音が聞こえてくる。


「夜分遅くに申し訳ない、夜分遅くに申し訳ない」


 若い女性の声である。優姫が豊前坊をちらりと見る。それに豊前坊が頷くと、すっと立ち上がり玄関の方へと向かった。


「やぁやぁ、これはこれは川姫かわひめ殿ではないか。お久しゅうお久しゅう。豊前坊様はおられるか?高良山筑後坊より命を受けて参ったでござる」


 玄関を開ける音と共に、元気の良い大きな声が天音達のいる部屋まで聞こえてくる。


「……あの声は若鷹丸の奴だな。五月蝿ぇ奴が来たな」


 茨木も同じように思ったのか無言で頷いている。そんな二人を見て苦笑いを浮かべた豊前坊がのしりと立ち上がり玄関へ顔を出しに行った。


「久しぶりじゃの、若鷹丸。筑後坊は元気にしておるか?」


 玄関に現れた豊前坊の姿を見ると、玄関先で平伏した若鷹丸。若鷹丸にとって豊前坊は九州一円の天狗達の総帥であり、尊敬する大天狗なのである。


「おいおい.、若鷹丸。顔を上げて中へ上がらんか。優姫も随分と困っておるでの」


「ははっ……それではそれでは、お言葉に甘えて、上がらさせて頂きます」


 平伏した状態から勢いよく立ち上がると、豊前坊を先頭に優姫から天音達のいる部屋へと案内された。


「やややややっ!!」


 部屋の中へ入った若鷹丸が天音達の姿を見つけると、一際大きな声を出し、一歩下がってしまった。


「お久しぶりね、若鷹丸」


 にこりと微笑みかける茨木。その茨木に若鷹丸が引き攣ったような笑顔を返した。


「……よぉ、若鷹丸。また泣かされに来たんか?」


 天音から話し掛けられた若鷹丸が蒼白な顔になると、急にがたがたと震えだしたではないか。


「そ、そ、そ、それは昔のことでござるっ!!い、い、い、今の拙者は、あ、あ、あ、あの頃の拙者ではないっ!!」


 若鷹丸は、がたがたと震えながらも天音へと指をさして答えた。


「天音……あんまりいじめるな。今夜は筑後坊の命を受けて来たんじゃからの」


「そ、そ、そ、そうでござるっ」


 強がる若鷹丸を見て苦笑いをする豊前坊は、若鷹丸を自分の斜め隣の席へと座らせた。


「それで……筑後坊からの用事はなんじゃ?」


 豊前坊に促された若鷹丸は、ごほんと一つ、咳払いをすると、懐より一通の文を取り出し豊前坊へと渡した。


 文を受け取り目を通す豊前坊。


 黙って文を読んでいる豊前坊を、若鷹丸が静かに見詰めている。読み終わるのを待っているのだ。


 文を読み終わったのか豊前坊は読んでいたそれを閉じると、大きなため息を一つついた。

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