第7話

 妖魔が黄色く汚れた歯を剥き出しにして弥生を威嚇している。その口元からだらりと涎が糸を引き落ちていく。その丸太よりも太い腕と岩盤の様に分厚い胸板。そして全身毛むくじゃら。


 妖魔はまた咆哮を上げると一直線に弥生へと突進しめきた。


「猪突猛進。猪じゃなくてゴリラですけどね」


 一人で言って一人でふふふっと笑う弥生は、大きな衝撃音と共にゴリラの突進を大斧の柄で受け止める。さすがのゴリラの力にずずっと後方へと押し下げられるも、その顔に浮かぶ笑顔にはかわりがない。


 そして力比べが始まった。


 押しつ押されつの攻防戦。


 あの白く細かった弥生の前腕に血管が浮かび上がると同時に一気に妖魔を押し始めると後方へと押されていく妖魔を大斧の柄ごと上へと持ち上げた。まるでバーベルをリフティングするかの様に……


 その可愛らしい顔に蚯蚓が這った様な血管が浮かび上がり、その愛らしい唇から似つかない、妖魔に負けない唸り声が盛れている。


「……ゴリラより馬鹿力だな」


 それを見ていた天音が呆れ顔で呟いている。やはり、その呟きが聞こえたのか、弥生がちらりと天音の方を見た。そして、持ち上げた妖魔を地面へと叩きつけた。それでも手を離さない妖魔をさらに二度三度、否、四度、地面へと叩きつけた。その都度、上がる土煙に弥生と妖魔が包まれていく。そして、五度目に叩きつけられ堪らずに手を離した妖魔の目に入ったのは、頭上に高々と大斧を持ち上げ、見るものを凍てつかせる様な笑みを浮かべた弥生の姿であった。





「最近、やたらと妖魔が多くないか?」


 天音の言葉に同意する弥生と優姫。


「しかも、複数ときてやがる……」


「そもそも、妖魔が複数で現れる事自体がとても珍しいのに……」


「何か起こっていやがるな……」


 先程まで妖魔達が現れた場所を見つめながら天音が呟く様に言った。


「何か……?」


「あぁ……はっきりとした根拠なんてねえけどよ……なんか胸がざわざわとするんだよ」


「……あなたのその野性的な勘、結構当たるものね」


「ふん、野性的は余計だろ?まぁ……良いや。しかし、これが続くと厄介極まりねぇなぁ」


 ぼりぼりと頭を掻きながら面倒臭そうに言う天音に、弥生も大きなため息を一つついた。


「そうね……夜更かしも増えるだろうし……お肌のお手入れが大変だわ」


「まぁだ言ってやがる。てめぇら鬼がそんな事気にしてどうするんだ?」


「美しさを保つのに鬼も人間も関係ないわよ」


「精々、その自慢の美貌が保てる様に頑張ってくれや」


 とんっと弥生の肩へと手を乗せる天音。


「当たり前でしょ?」


 そう言って弥生が天音へと微笑みかけた。喧嘩ばかりしているが、なんだかんだ言っても仲の良い二人である。そんな二人の元に優姫が近づいてきた。それに気付いた弥生が手を振っている。


「さぁ……もう帰りましょう?もしかしたら明日も妖魔が出るかもしれないし」


「そうだな……出るかもしれねぇし、出ねぇかもしれねぇ……まぁ、明日は明日の風が吹くさ」


「何それ……でも。天音らしいね」


 優姫が天音の言葉にくすっと笑う。


「心配したってしゃあねぇだろ?うちらは望んでこの道に進んだんだからな。腐れ縁の三人で、とことん進んでやろうや」


 三人は顔を見合わせると無言で頷き、闇に包まれた路地裏の奥へと歩いていった。


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