第4話

しゅんっ!!


 矢を放つ優姫。それは天音と弥生に向かって真っ直ぐ飛んでいく。そして、二人を掠めるようにその先の闇の中へ吸い込まれるように消えていく。


「来たわ……二人とも」


 ころん……虹色に輝く硝子玉のような物が天音の足元へと転がってきた。


 『魂玉こんぎょく』である。


 優姫の放った矢が闇の奥にいた妖魔を貫いていたのだ。貫かれた妖魔から落ちた硝子玉のような物、魂玉。それは妖魔と化した人間の魂である。魂が凝縮されたと言えばわかりやすいだろうか?


 それが妖魔の源であり、その魂玉を現世うつしよから常世の国へと導いてやる。それが妖魔討伐隊の役割なのである。


 しかし、妖魔を倒し魂玉を取り出したからと言って、全ての妖魔が赦され、常世の国へといける訳では無い。


 人を喰らい、魂を喰らい続け、大きくなり過ぎた妖魔は常世の国へと送れないのである。


 なら、どうなるのか?


 消えて無くなるしかないのだ。


 無となる。


 魂が残れば、ふとその存在を感じることもできるだろう。死ねば逢えることもできるだろう。


 しかし、大きくなり過ぎた妖魔の魂玉……魂は現世うつしよにも残れず、常世にも行けず、ただ消えて無となってしまう。


 だから、そうなる前に斬るのだ。例え、それが生前にとても親しかった人だとしても、大恩のあった人でも、愛した人でもだ。


 心を鬼にして、斬る。


 妖魔から人を護るだけではない。妖魔となってしまった人の魂を救うのも、その役目なのだ。


 それを妖魔討伐隊は歴史の裏側で淡々と繰り返してきた。


「……川姫かわひめ、あと何体?」


「ひい、ふう、みい、よ……四体」


「四体……こんなに数が多いのも珍しいな」


 辺りへと気を配りながら闇の中へじりじりと歩を進める天音と弥生。その補佐をしようと優姫も弓を構える。


「準備はよろしくて、天音?」


「もちろん……」


 すらりと数珠丸恒次を抜刀した天音の前腕にぐるりと数珠が巻かれている。その横で軽々と肩に大斧を担ぎ、仁王立ちで闇を睨む弥生。その姿は女子高生とは思えない風格がただよっていた。


 闇の奥から魚の腐ったような腐臭が漂ってくる。妖魔が現れる前兆の臭い。


「相変わらず……くっせえなぁ」


 鼻をつまみ、しかめっ面をしている天音。


 目の前に広がる闇の一部がゆらゆらとゆれている。そしてそれが次第に形作られていく。


金剛こんごう家の者は、妖魔が具現化する前に斬るんだってな?」


「そうよ……」


「……ふん、確かにそれが効率いいな」


「えぇ……それに己の身の安全にも繋がりますし。妖魔は具現化してからじゃないと、その大きさ、強さは測れない。ならば、具現化するかしないかのぎりぎりを狙い斬る。その瞬間の妖魔は大きさや強さは関係なく斬れますから。ただ……」


「そのタイミングで斬るのが至難の技ってわけだ」


「その通りね。そして……その金剛家の歴史の中で最も長けていたのがあの金剛伊桜里いおり


「……金剛家の汚点」


「……そう、裏切り者の金剛伊桜里。その剣筋はとても強く美しかった。そして……何よりも心に秘めた己の正義を……」


 ちらりと天音を見る弥生。そして直ぐに闇の方へと視線を戻した。


「彼女は誰よりも貫いていた」 


 ぶうんっと大斧を横に払う。


 ぼとり……


 人の様な猿の様な手が地面へと落ちる。その手が二三度ぴくぴくと痙攣し霧散していった。


「エテ公が四匹……」


 天音はそう呟くと、すっと刀を自身の顔の高さまで上げ、鋒を前方へと倒し、刀身を地面と水平になるように構えた。


 闇の中から姿を現した四体の妖魔。全身毛むくじゃらの猿のような姿。ゴリラとチンパンジーを混ぜたような猿であった。そのうちの一体は右手首から先がない。弥生から大斧で落とされた妖魔であろう。しかし、その傷口がじゅくじゅくと泡立ちながら右手が再生されていく。


 その妖魔の姿にも動じること無くにやりとした笑みを浮かべる二人。彼女らに思慕を寄せている者が、二人のその顔を見たら百年の恋も冷めてしまうような、そんな笑顔である。


「行くぜぇ……エテ公」


 僅かな土煙が天音の足元からあがると同時に、その姿が消えた。


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