α 殺人の終焉、平穏の黎明
僕を残して、両親は死んでしまった。
悲しくなかったと言えば、嘘になる。
それなりに恩も感じていたし、ちゃんとした親だった。
僕と妹は路頭に迷うことになった。
妹の名前は……恵梨香だった。
苗字は二人とも覚えてはいなかった。
過去形なのは、彼女が小学校を卒業する年、行方不明になったからだ。
僕は肉体を犠牲にして狂った心に突き動かされるままに、あちこちを駆けずり回った。
結局彼女は見つからなかったけれど。
まさかこの計画が失敗するなんて。
でももう、僕に先輩や少年を恨む気持ちはない。
自分でも理解が追いつかないが、何故だか妙に清々しい。
やっぱり僕のような愚者には鉄格子がお似合いなのだろうか。
彼女を探し求め、伸ばした手は、もう血みどろに、汚れてしまった。
一人目は普通に刺して殺した。
呆気なかった。
二人目は利用価値があったが、面倒だから同じ方法で殺した。
哀れだと思った。
少年に罪を犯させる自分も、最後まで悪党だった相手も。
三人目は少年に狙撃用の銃で撃たせた。
死ぬ瞬間を観察できなかったのを、残念に感じた。
四人目は少年に拳銃で真正面から打ってもらった。
廃棄を少年一人に任せるのは少し不安だった。
別に見返すわけでもない日記に書いていく。
日記とは名ばかりのもので、壁に傷をつけて記しているに過ぎない。
「はぁ……」
少年を先輩にぶつからせたのも当然態とだったが、意外に先輩は気絶、というか眠っていてくれた。
そのおかげでみっちり計画を練り、指示を伝えることが出来たが、先輩の幸せそうな寝顔を見ていて、心が揺らいだ。
きっとその表情が自分にはない要素で満たされていたからだと思う。
僕みたいな偽善者以下の存在とは雲泥の差。
あの時、少年を僕は殺さなかった。いや殺せなかった。
その刹那、己の心情はまだ人間の形を辛うじて保っていたのだと少し安心した。
結局、僕は正義の執行者にも、悪役にもなれず、ただの中途半端なエキストラだ。
誰も救えなかった。
「ごめん、恵梨香。すみません、先輩、少年」
今更の謝罪。
天罰を少しでも軽くしようとしたのだろうか。
贖罪はしっかりと実行しなければならない。
僕は奥歯に仕込んでおいた、爆弾の起爆装置を噛もうとした。
少年の地図のあの×印の位置はこの刑務所だ。
これを押せば、ここは爆発して火の海になるだろう。
大勢の罪人も道連れにしようか、ここにきて迷った。
「でも、他に方法は……」
決めかねている所に見回りの看守が来る。
僕は急いで間抜けに開けた口を閉じ、姿勢を正した。
その人は僕の方に身を寄せ、囁いた。
「組織の命令。あなたを殺します……」
「ぐはっ……」
腹を刺され、痛みを堪えながらも僕はその正体を見抜いた。
「その顔、その声、もしかして……」
見覚えがある、それだけだった。
その女性は今自分に刃物を刺したとは思えない表情をしていた。
「ごめんね……兄さん……」
涙を流しながら、微笑んでいるではないか。
やっとだ。
これでもう悔いはない。
あ、でも最後に遺言と一言感謝ぐらいは。
「ありがとう、恵梨香。姿を現してくれて。こんな醜い僕を葬ってくれて……」
「兄さん……!」
彼女がまた歩き出していくのを見届けると、僕は深い深い眠りについた。
人間は善である。
僕からすれば、彼らは眩しすぎるくらいに、正義の味方だ。
朱と灰 四季島 佐倉 @conversation
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