第6話 倫理の崩壊 Q.E.D.

「犯人が分かったって、本当ですか?」

「先輩、勿体ぶらないで早くしてくださいよ~」

 

 夜景が天の星を押し退けて、喧しく輝く都会に比べて、ここは少し寂しい。

 冷えて澄んだ空気を深く吸い、心を落ち着ける。


「まず、四つの事件は同一犯ではないわ」

「え⁉だって……」

 

 最初からおかしいと不審がってはいた。

 どうしても結びつかない。

「ただし鍵原と田中を殺したのは同一人物だけど」

「推理を聞かせてもらえますか?」

 

 私はこくりと首肯し、続ける。

「まず、今回重要なのは、黒幕が鍵原と田中に依頼して、それぞれ斎藤と坂本を殺させたってこと」

「つまり……どちらも殺人が完了して殺されたと?でもいったい何のために?」

「そこは一旦置いておいて、続けるわね」

 

 そう、その部分は最後だ。

「そして動画と手紙を送りつけたのも真犯人」

 青樹が焦って我慢の限界なのか、先程より強く催促する。

「そろそろ明確にして下さい!先輩」

「それもそうね……一連の事件の黒幕、それは……」

 

 自信を持って、堂々と指をさす。

 少し興奮気味かもしれない。



「——君よ。相原信探偵」



「えっ……!先輩、何を言っているんですか⁉」

「刑事さん、今は冗談を言っている場合じゃ……」

「いいえ。あなたが犯人……」

 

 私だって何度も疑った。

 いや、信じられないというより、願っていたのだ。

「あらゆる手を使って君の情報を調べたわ。でも何も見つからない。それどころか……そんな名前の人物はいない」

「では僕は誰だと言うんです?」

 

 

 あくまで自分から告白するつもりはないらしい。

「加藤幸彦、それが君の本名」

「……」

 彼は驚きと感心の混ざったような表情を見せ、肯定も否定もしなかった。

 一瞥して、私は資料を読み上げる。

「両親は何れも事故死。巨大な落下物の直撃により即死……」


「あれは事故なんかじゃない‼」

 

 いきなり少年が声を荒げて叫んだのには、流石に驚いて気圧された。

 私には同情も慰めも出来なくて、困惑した末に押し黙った。


「もう薄々感づいているんですよね?刑事さん……!」

「推測でしかないけど……少なくとも鍵原と田中はその事件に関与している」

「殆ど正解ですね……」

「僕の父は警察に居たんですよ。ずっと交番勤務でしたけど……」

 加藤重明。それが父の名前だろう。

 これで動機も揃った。

 

 

 しかし……

「あなたが犯人であることは間違いない。でも、この事件を計画が出来るとは到底思えないのよ」

「……」

「もしかして、他に共犯者がいたんじゃないかと考えているんだけど……話してもらえる?」

 

 それを発した途端、急に彼は震えだした。

 そして上着の内ポケットから黒い物を取り出した。

「う、う――」

「やめて……!」

 次の説得の言葉を紡ごうとした時、以前のような破裂音に似た爆音が耳に入る。

 


 しかし、倒れたのは私ではない。

 目先の小さな体だ。

「え……相は、加藤君!」

 必死に呼びかけても応答はない。

 私は呆然としながら、それの目視を拒みながらも、機械仕掛けの頭を回転させた。

 後ろに立っているのは……誰だ。

 拳銃を手にして、何事もなかったかのように恍けた面をしているのは……

 問うまでもなく、分かっている。だが分からない。



「青樹……?」

「いや~先輩、危ない所でしたね~もうちょっとで撃たれてましたよ~」

 嘘だ。少年は指をかけていなかった。あの状態ではまともに打てる状況ではなかった。

 何故だ。何故こいつはあの少年を撃った。どうしてまだ平然と虚言を吐く?

「どうしたんですか~?まるで幽霊でも見たような顔しちゃって~」

「どう、して……」

「あ~!その顔は気付いてる顔ですね~。面倒くさいなぁ……」

 


 悪戯っ子みたいに無邪気に目を細くして、弾を装填する。

 私にその矛先を向けながら。

 私の頭は既に機能を停止しようとしている。

 無意識にもう地面に座り込んでいるとは、相変わらず無様。

 死に様くらいは美しく強く在りたかった……

「うーん、このままお別れも寂しいですから、全部種明かしといきましょうか~」

 寿命が延びたというのに、全く生きた心地がしなかった。

 何をどうしたところで、私は死ぬのだ。


「まず~一人目と二人目は僕が殺したんですよ~それでこの子には三人目と四人目の始末をお願いしたんです。犯罪グループの二人には、架空の犯人を作ってもらい、適当に捜査を攪乱してもらいました~」

「何故、斎藤と坂本を殺したの……?」

「ん?あ~あの穀潰し共ですか~?ただのカモフラージュですよ」

「何を……言っているの?」

「だからぁ~特に理由は無いんですって。あんなゴミ、別に殺しても構わないですよね~?」

 ゴミ……違う。彼らも人間だ。青樹は何を言っている?


「じゃあ、あの少年は⁉」

「そんなに急かさなくても教えますって。その子とはインターネットでコンタクトを取っていたんですよ。先輩と遭遇する手筈も整えてありましたし。でも、実際に会ったのは初めてでしたよ~。まさかあんなに小さいとは想像もつきませんでしたけど~!」

 

 また笑う。若しくは嗤う。


「で、今回の計画に協力してもらいように頼んだですよ~」

 なんてことだ……最初から私は、相原(加藤)少年は、警察はこの男の手の中で踊らされていたというのか!

「犯罪グループの奴らは~僕が交渉しているときに、それが決裂したので、僕と彼で一人ずつ殺させてもらいました~。もうその後の光景に僕哄笑しちゃって‼」

「……」

「あ、今の洒落なんですよ~笑うところですよ~!」

 今度は爆笑している。勝手に、独り善がりに。


「でも先輩~僕はただ塵を掃除しただけですから~。殺したのは少年だけってことになりますよね~!」

「……」

 先ほどの問題提起をほんの少し訂正する。

 この男は平然としているのではない。

 それよりも陰惨で酷薄で狂乱している。

 一片を理解してしまい、畏怖の感情すら芽生えてきた。


「いやでも~さっきのも正当防衛ですし、実質僕は無実ですよね?」

「は、ははは……」

 これ以上意味不明で理解不能の倫理の破綻した理論を聞いていると脳が崩壊しそうだ。

 そんな中、ふと気が付いた。

「じゃあ、これで終わりですかね~」

「あともう一つ!何故こんな事をしたの……」

「はぁ~……それを質問しちゃいますか~」

 

 取り繕って微笑みかけていた表情が一変、性格を代弁しているような歪な面持ちを露わにした。

「僕には妹がいたんですよ~かなり年も下だったから、凄く可愛くて、幸せでした。彼女の笑顔を見ることが僕の唯一の生き甲斐だった……それを、それを‼」

「——お前たちに、壊された‼」

 怒りに身を任せ、私に銃を向ける。

 勿論、私一人死ぬことぐらいどうでもいいことだろうが、こいつを、この虐殺を繰り返す殺人鬼を放っておくわけにはいかない。


「撃たないで!」

 そう叫びながら、後退りした。

 だが、私は至って冷静だ。

 もうこいつの餌食になる気は毛頭ない。

「今更、命乞いですか~?じゃあ懺悔でもしてもらいましょうか~?」


「今よ!」

「ハッタリは通用しませ……」

 その瞬間、あの銃声がもう一度響いた。

 鈍い音を立てたのは青樹だ。

 そして狙撃手は屍と思われた、少年。

「僕、少しは、償えたでしょうか……」

「ありがとう、と言いたいところだけど、ごめんなさい。子供に結局発砲させてしまうなんて……」

「いいえ。僕はもう二人殺していますから……刑事さんが無事で良かった……」

 そうか細い声で言い残し、少年の意識は暗転した。

「加藤君、加藤君!」




「ん、うん?」

「良かった、気が付いたみたいね」

「ここは、病院ですか?」

「ええ。君、五日間も眠ってたのよ」

「そんなに……事件は?」

「青樹はまだ、息があったみたい。でもずっと出てこれないでしょうね……」

「やっぱり辛いですか?」

「まあ、一応相棒だったしね。裏切られたって憎んでいるけど、それと同じくらい悲しくなった……恥ずかしい話だけど」

「青樹さんも元々は正義感の強い優しい人だったらしいですけど……」

「その話誰から?」

「青樹さんが会話しているときに聞こえたんです。その、えっと……」

「あ、鍵原と田中ね……」

「本当か分かりませんけどね」

「そう……」

「ところで、僕の罰は……」

「更生処置は行われるでしょうね。幾ら小さいとはいえ、殺人ともなると……」

「それは覚悟しています。僕はしっかり罪を償えるよう努力します。ですから……」

「……?」

「更生出来たら、恩返しをさせてください!あとお詫びも……」

「そう……楽しみにしてるわ。君がどう成長するのか」

「はい‼」

 


 白く清潔な空間。

 その外は雲が晴れて、積もった雪がここよりも白く輝いている。

 きっと身に染みるような寒さだろう。

 私の人生はやっと意味を見出せた、そんな気がした。

 やっと人を救えたのだ。

 罰することが本来の目的ではない。

 警察とは、正義とは、元々純粋な善良さだった筈なのに。

 人間が作り、人間が変えてしまったその汚点を、少しでも清めるために。

 私の考えは変わらない。

 人間とは悪だ。

 しかし、悪の敵も人間である。

 この世に絶対悪が存在しない限り、多数派こそが正義だ。

 正義も悪も不変ではなく、視点によってその印象は違う。

 だからこそ、私も開き直って、自分の安っぽい正義を振り翳そうと思う。

 強欲に、傲慢に、自分の守りたいものを傷つけないために。



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