第2話 踊る捜査線

 熱く燃えるような夏を越え、秋がすぐそこまでやってきている。

 涼しい風が今日は一段と気持ちいい。


「先輩。これが犯人の目撃情報だそうです」

「私としたことが忘れていたわ」

「えっと……灰色のパーカーに藍色のズボン、顔はフードで判明していませんが、体格からして男ですね」

 

 それを青樹が読み終えた時、辺りを見渡していた私の瞳はとある姿を捉えていた。


「その男ってもしかして……あんな感じ?」

「はいーそうですね。特徴もピッタリで……」

 

 ビンゴだ。

「「——いた‼」」

 

 思わず大声を出しそうになるが、咄嗟に口を押さえ、奴には気づかれなかった。

 普段能天気な青樹も緊張しながら、私たちはその男との距離を詰めていく。

「すみません。警察で——」

「……!」

 その一言を言い終える前に、男は踵を返して反対方向に走り出した。

 その動きは確実に……逃走だ。


「青樹!追うわよ!」

「は、はいー!」

 素っ頓狂な声を上げ、醜態を晒しながら青樹は後を追う。

 私も当然全速力で追跡する。体力や足の速さに自信は無いが、自虐している場合ではない。

 滅茶苦茶なフォームで走る私たちは本当に狂っているようにしか見えない。

 うう……恥ずかしい。

 

 羞恥心の働きかけでスピードが増した。見失わないように必死に追跡する。

 そんな固い意志を持って疾走し、曲がり角に差し掛かった時……

 

 その先に少年が。

「あ……」

「えっ……?」

「危ない!」

 瞬間的にブレーキを掛けたものの、衝突は免れない。

 鈍く痛々しい音が辺り一面に響いた。




「——ですか?……あのー」

「綾辻先輩ぃー寝てる場合じゃないですよ~」

 なんだこの妙に腹の立つ声は……

「はっ……」

 私は全てを思い出し、飛び起きた。

 あれからどのくらい経っただろうか。ふと腕時計に眼をやる。

「えっ‼」

 私は呆れてはっとした。勿論自分自身に、だ。

 少なくとも一時間は経っている。


「漸く起きましたね~先輩、ずっと寝てて起きなかったんですよ?」

「すみません……」

 

 その顔をよく見ると先程私とぶつかった少年だった。

「大丈夫、大丈夫。君こそ怪我はない?」

「はい、僕は何ともありません」

「先輩、最初の方は気絶してましたけど、途中からぐっすり眠っているだけだったじゃないですか~心配して損しましたよ」

 

 青樹が腹を抱えて笑うのを少年はあたふたとしながら私と交互に見た。

 な……なんという醜態を晒してしまったのだろうか。

 今日は頗る運が悪いようだ。私は両手で顔を覆い、赤面した。


「逃してしまったようですし、帰りましょうか?」

「ええ、そうね……」

「あ、あの!」

「……?」

「これを……」

 私の目の前に差し出されたのは、一片の紙切れ。

 拡大してみると……それは名刺であった。


「相原信、探偵……⁉」

 人は見かけによらないと思い知った気がした。




「すみません。少し調べて欲しいことがありまして……はい、名前は相原信です」

「はい、ご協力感謝します。では何か判明したらまた連絡をください。失礼します」

 

 何もないはずだ、と自分に言い聞かせながらも、彼の良心に背く行為をしたのではないかと省みる。

 だがこの違和感には決着をつけねばなるまい。さもなければ、石を抱きて淵に入ることになる。


「きっと……私の思い違いよね」

 些か先の衝撃で冷静になれていないのだろう。

 もう日も没するというのに、私の双眸は未だ力が有り余っていた。


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