朱と灰

四季島 佐倉

第1話 綾辻の持論

 人間は生まれながらにして悪である。私はその思想を抱いて今日までを生きてきた。

 正確に言えば、私の持論は性悪説とは少し違っている。生まれたその時に悪になるとは思っていない。だが世に出た瞬間に必然的に邪悪になる運命を背負わされると私は考えている。

 

 少し言い回しが複雑になってしまったが、要は起源がどうであろうが、いずれ悪に染まるということだ。

 とまあ茶番よりも退屈な自分語りはこのあたりで中断しよう。

 いや、あともう少しだけ。

 

 私の名前は綾辻春香。所謂いわゆる正義の味方と言われる、警察に所属する刑事だ。

 内部を知っている私からすれば、違和感のあるフレーズだが、正義が強者にあるという論が正しいと仮定すれば、皮肉なもので警察はいつでも正義の味方だと断言できる。

 

 

 珍しく大した事件もなく、のんびりと過ごしていた私はティータイムを優雅に楽しんでいた。


「いや~平和って良いですねー」


 隣の机で幸せそうに眠りこける男が一人。

 青樹伊織。恥ずかしながら私の同僚だ。

 もう少し自覚してほしいところだが、気が緩んでいるのかそんな事すら気にならない。

 お茶を飲み干すと私はほっと息を吐いた。

そんな平和ボケした空気を一つの知らせが吹き飛ばす。


         *


「殺人事件、ですか……」

「急に物騒になったわね……路上で殺されたっていう話だったけど」

「先輩、やっぱり冷静ですねー。憧れちゃうな~」


 そう。立場は同じだが私の方が年上なのだ。勿論もちろん歳は言わない。

 更に青樹が若々しい、いや子供っぽいせいでやたらと歳の差があるように見える。

 しかし私もまだ若い……はずだ。

 

 年齢の件は一旦置いておくとして、事件の捜査に駆り出されるとなれば、俄然がぜんやる気も湧く。

 私は肩を回しながら乱雑な部屋を出た。そう胸を張って風を切るように。




 斎藤孝弘。今回路上で殺害された被害者。

 恐らく凶器はナイフだろう。

 腹を一突きといったところか。

 職業は無職。極度の引きこもりで、人との繋がりはほとんどなし。

 犯人の目撃情報はあるものの、候補すら挙がってこない。

 その上、近所の人の中には顔すら知らないという人もいるという始末。


 早速取り調べが進められているようだ。

「だから、道路に倒れていたんですよ!」

「それであなたは、何故なぜその場を立ち去ったんですか?」

 

 真面目な伊達眼鏡刑事こと、島原樹が事細かに記録する。


「そりゃあ、血が出ているのを見て、怖くなって逃げましたよ……」

 近所に住んでいたという中年の会社員、作間智康は今頃罪悪感に駆られたのか、うつむく。



「ふざけるな!」

 違う部屋から怒号が飛んでくる。こことの温度差は相当なものだ。

 その怒鳴りに圧倒されているのは、小太りの柴田良平刑事である。


「俺があんな奴殺すわけねぇだろ‼全くよぉ……あの野郎死ぬときまで迷惑かけんな!」

「落ち着いてください……」

 斎藤の不登校の原因となった生徒、風切達也。

 その態度の悪さと、場を弁えぬ無礼な服装が、彼の本質を代弁している。



「どちらも怪しいですけど……確証がないですね~。あと、犯人が目撃されているらしいですよ……」

「いずれにせよ、まだまだ情報が不十分だから、調査は継続ね」



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